7社から甘い汁

 2012年、理事長に北の湖親方が返り咲いたのを機に危機管理担当として相撲協会に入った。北の湖理事長の後ろ盾を得て我が物顔で権勢を振るう元顧問を巡っては、金銭面の疑惑も渦巻いていた。両国国技館改修工事を巡り、斡旋手数料などの名目で業者から個人的に金銭を受け取ったことが今回、司直の手で明るみに出た。判決文によると、東京地裁が認定したのは計7社からの受領。電気設備工事で約7800万円、サイネージシステム工事で約630万円、パチンコメーカーとの力士等の名称等利用許諾契約の仲介で約4200万円、飲食物販の出店や営業で約540万円、取組映像のVOD配信で約580万円など、見事なほど多岐にわたっている。国技のありとあらゆる利権に手を出し、甘い汁を吸っていたことの証左だ。

 国技館の改修に際し、協会には建設委員会があり、計画や費用などが話し合われることになっていた。しかし、委員会に入っていた中堅親方は「自分たちが集まった会合の場では既に小林顧問の意向で話が固まっていた。突然、業者を変えたりして、強引そのものの手法だった」と説明する。協会側は訴訟を起こすに当たり、取引業者や協会内の関係者から事情を聴くなどして調査を重ね、綿密に証拠を固めていった。

苦しい弁明

 外堀を埋め、相撲協会は2017年12月に訴訟を起こした。その間、元顧問による解雇無効の地位確認訴訟でも東京地裁、高裁ともに元顧問の訴えを退け2019年3月に協会の勝訴が決まっていた。今回の件で昨年10月に東京地裁で本人尋問が行われ、小林元顧問は苦しい弁明を連発した。例えば電気設備工事絡みで業者から自身の会社に入金があったことに「私は斡旋手数料には関与していません。会社のやつがやっていました。自分は『えっ』と思いました。金額が大きくてびっくりしました」と言ってのけた。

 元顧問で有名なのが、インターネット上にも動画がアップされている金銭受領のシーンだ。パチンコ契約に絡み、相撲協会の親方衆に配るという名目で500万円を受け取る場面が記録されている。映像について元顧問は、業者との間に入った知人の顔を立てるために一度は札束を受領する演技をしたと説明。「苦労している●●くん(知人)を見ていたので助けてやりたいと思い、協力してしまいました。うかつでした」と語った。動画の中で現金を手渡しした業者側に「絶対こればれんようにしてくれる?」と念押しした発言には「ちょっと本当らしく演じてしまいました。できるだけ真実っぽくやった方がいいと思いました」との証言。法廷からは失笑が聞かれた。これと合わせて計1700万円を一度は受け取り、後で返還したとする元顧問の主張に、地裁は「被告小林の供述は、信用することができない。これ(ネット上の動画など)により原告(相撲協会)の社会的評価は著しく低下し、信用が毀損された」と一刀両断だった。

権力の後ろ盾

 まさにやりたい放題の構図だった。国技館にある相撲協会事務所の奥の部屋に、自身のオフィスよろしく調度品を用意し、自室を設けた。関係者によると、その部屋には理事だった貴乃花親方(元横綱)や千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)がよく出入りしているところが目撃されていた。相撲協会内では経理担当の女性職員やお茶屋と呼ばれる相撲案内所の女将との親密な関係が指摘されていた。地位確認訴訟では、東京地裁は「原告(元顧問)が所持する採用辞令は原告又はその指図を受けた者において偽造したものと推認される」と判断。協会内にも協力者を仕立てた構図が浮かび上がった。

 その一方で2015年11月には、当時事業部長だった八角親方(元横綱北勝海)に、協会の内部留保金が多すぎると内閣府などから指導を受けているため、ある大手銀行の社債を70億円で買わなければならないと話を持ちかけた。巨額にまつわる提案は内閣府や文部科学省、スポーツ庁などへの確認の結果、事実無根であることが判明した。

 なぜこれほどまでの振る舞いを続けられたのか。権力の源は北の湖理事長の威光もあったが、関係者によると、危機管理担当として知り得た多様な情報で力士や親方ら協会員の弱みを握ることにつながったことや、法的なバックアップが挙げられる。例えば、くだんのパチンコ動画も不問に付された。当時、調査に当たった危機管理委員会で委員長を務めたのが宗像紀夫外部理事。かつては東京地検特捜部長も歴任した宗像氏は調査した上で、後になって返却したので問題はないとの結論を出した。一度現金を受け取ったことが前提の判断で、一般社会では到底受け入れられない感覚だ。ちなみに宗像氏はその後、元顧問の裏金問題を相撲協会が調べる際、週刊誌上で八角理事長が協会を私物化しているとの論陣を張り、調査に横やりが入るような様相だった。

かばった貴乃花親方

 元顧問への風向きが一変したのが2015年11月、北の湖理事長の死去だった。翌月の12月18日の理事会で、理事長代行を務めていた八角親方が理事長に就任したのが大きなポイントとなった。パチンコ動画や銀行の社債を購入する必要があるとのうそ八百などで八角理事長の元顧問への不信感は強まっていた。関係者によると、翌年1月5日、理事長は新年のあいさつで「建設費の無駄遣いや自分を陥れる抵抗勢力は排除する」と宣言。これに慌てたのか、元顧問は相撲協会へ姿を現さなくなった。欠勤が続き、協会側は2016年1月下旬に元顧問との業務委託契約を解除。それまでの疑惑を晴らすべく専門家の協力を仰ぎながら調査に着手した。

 このとき、元顧問をかばったのが貴乃花親方だった。2015年12月18日の理事会では宗像外部理事や千賀ノ浦理事らとともに、同日に理事長を選出することに反対の姿勢を示した。さらに、契約解除を言い渡された元顧問と2016年2月に一緒に協会を訪れたほどで、ある協会幹部は「貴乃花も小林に洗脳されている」と危惧していた。翌月の理事長選では八角理事長との一騎打ちを迎えることになるが、元顧問と懇意だった女性職員と貴乃花親方が事務所近くで密談している目撃談もあった。

 同じ頃、協会内には、ある大きな一門の理事候補者が元顧問に弱みを突かれ、貴乃花親方に投票するように脅されているとのうわさも出た。結果は6―2で八角理事長が再任され、元顧問の疑惑解明の流れがストップすることはなかった。角界の大きな事案だったにもかかわらず、YouTubeチャンネルの「貴闘力部屋」では6月末時点で元顧問の件を積極的に扱っていない。

元顧問の誤算

 大相撲が日本社会で長く存続しているのは、第一に、厳しい稽古で鍛えた力士たちが、土俵上で白熱した取組を披露し、ファンを魅了してきたことに由来する。元顧問の行為は、こうした力士たちの汗と涙の結晶で築き上げられてきた有形無形の伝統や財産を悪用し、甘言を弄しながら私腹を肥やしていたことになる。

 もし元顧問が2016年1月で角界を去らずに蓄財を続け、後になって公になっていたとしたら、それこそばく大な裏金が暴露された可能性があり、公益財団法人としてのガバナンスを大いに揺るがす事態も想定できた。それだけに、角界と長年取引のある企業の担当者は「八角体制には、これまでできなかった〝小林斬り〟をスパッとやったというすごさがある」と感想を口にする。その上で「小林元顧問の誤算は、親方衆の中に自分以上に頭のいい人はいないと思ったことではないか。相撲界で失敗する外部の人は、みんな同様のミスでいなくなってしまう」と分析した。

 勝訴確定を受けて、八角理事長は「裁判が終了し、安堵しております。日本の伝統文化である大相撲を、今後、永遠に存続させていくために、同様のことが二度と起きないよう、改めて気を引き締め、公明正大な協会運営に尽力致します」とコメントした。観客制限や巡業の中止など新型コロナウイルスの影響で赤字決算が続いている相撲協会。10日初日の名古屋場所(ドルフィンズアリーナ)は久しぶりに通常開催で実施される。8月には少ない数からではあるが巡業も再開。コロナ禍からの本格的な立て直しに向け、相撲界に垂れ込めていたどす黒い雲がタイミングよく取り除かれた夏を迎える。


VictorySportsNews編集部