東京マラソンの大成功を受け、日本の各地で1万人を超える大型レースが続々創設。ランニングは大ブームとなった。第1回大会から東京マラソンに携わり、2012からはレースディレクターとして大会を作ってきた火付け役の一人でもある早野忠昭氏(以後、早野RD)はどう感じているのだろうか。

ランニングのイメージを一変させた「東京マラソン」

「ランニングブームと言われるのが嫌いで、定着するものにしたい、と思ってきたんです。かつてのランニングは『健康のため』『痩せるため』というストイックな方が多かった。でも『走った後のビールが好きだから』と言う理由でもいいんですよ。ただ走るだけでなく、音楽、ファッションなどの要素が入ることで、ランニングの敷居は下がる。カジュアルなイメージになれば、多くの方が走り始めるんだろうなというのを第1回大会の前から考えていたんです」

ランニングを苦しいものから、楽しいものへ。東京マラソンがランニングのイメージを一変させた。そしてコロナ禍になり、ランニングを取り巻く状況も変わってきた。

「コロナ禍になりランナーが増えたというデータもあります。それは前向きに健康的に生きていくことの素晴らしさを皆が気づいたからじゃないでしょうか。そして走った結果として健康になる。でも、走る人が増えたのに、コロナ禍で大会がなかなか開けず、バランスが取れていない状態でした。また大会があっても以前と比べて出場するのに心理的なブレーキをかけている人が多い印象です」

 それでも今年3月には東京マラソン2021が行われ、約2万人のランナーが駆け抜けた。一般ランナーの出場は3年ぶりだった。東京マラソンが開催に踏み切ったことで、その後は多くの大会が開催に向けて積極的な姿勢になっている。日本各地で多くのランナーが大会に参加する〝景色〟が戻りつつあるようだ。

新たな取り組みによって生まれたチャリティ文化

東京マラソンは、10万円以上の寄付者の中で希望した方による「チャリティランナー」としての参加も人気が高まっている。当初は〝金持ちランナー〟と揶揄される雰囲気があったが、近年は数日で定員に到達するほど。多くの人がマラソンを通じてチャリティの素晴らしさを実感するようになった。

©東京マラソン財団

「日本にはあまりチャリティ文化が根付いていませんでした。でも、誰かのために走ることで、その感動は普通に走ったマラソンよりも意義深いものになるんです。寄付先の子どもからお礼の手紙をもらい、涙する人もいます。一方で、どれだけの人が救われてきたのか。これまでの寄付金累計は約35億円です。チャリティの美しさや素晴らしさを東京マラソンというプラットフォームが提供できていることに大きな意義を感じています」

東京マラソン2021はチャリティランナーの新規募集を行わなかったが、東京マラソン2020は総額7億2413万7443円もの寄付金が集まった。その寄付先は40事業にも及び、寄付者自身が選ぶことができる。走れる幸せが誰かの幸せにつながっていく。東京マラソンはただのスポーツイベントではなく、社会的にも大きな役割を担っている。

 なかなか当選できない東京マラソンだが、東京マラソン財団オフィシャルクラブ「ONE TOKYO」のプレミアムメンバー(有料会員)になれば、3回の東京マラソン出場権獲得のチャンスがある。また入会者限定イベントにも参加できて、充実したランニングライフを送ることができるだろう。さらに、入会基準タイムを満たした走力のあるランナーのための登録制プログラム「TEAM ONE TOKYO」も始動している。

「もともとは男子でいうと2時間半からサブスリーぐらいの準エリートを対象にしようと始めたんです。このレベルのランナーの出場できる権利を少し増やすことで、エリートの強化にもつながる。市民ランナーのなかではサブフォーも速い。そのレベルを目指すランナーたちのプロジェクトもやっていますし、ビギナー向けの練習会もやっています。トップ選手だけでなく、市民ランナーを含めた全体の底上げができるようになればいいなと思っています」

参加者の裾野を広げる新たなランニングイベントを開催

 今年10月16日には「東京レガシーハーフマラソン2022」を開催する。出場者1万5000人の大規模レースで、スタート・フィニッシュは国立競技場だ。

「フルマラソンは大ごとですよね。だけどハーフなら走れるかな、と感じている人は多いと思います。東京マラソンのロゴは直線的なんですけど、レガシーハーフは曲線的で少し太くしている。ソフトな印象を持たせているんですよ。すべての人のためのランニングイベントになればいいなと考えています。『もうひとつの東京マラソンはじまる。』がコミュニケーションワードで、走る人・支える人・応援する人とともに新たなレガシーを築いていきたいです」

フルマラソンはまだ無理でも、「東京を走りたい!」というワクワクした気持ちがあれば、レガシーハーフから挑戦すると無理がないだろう。東京五輪のマラソンは国立競技場がスタート・フィニッシュの予定だったが、幻のコースになった。しかし、パラリンピックマラソンはじめ、スポーツの祭典が行われた場所を走れる喜びを感じることができるはずだ。

最後に早野RDに、東京マラソンの〝未来像〟をどう描いているのか尋ねてみた。

「まずは日本一の大会を目指して、第7回大会(2013年)からワールドマラソンメジャーズ(現アボット・ワールドマラソンメジャーズ)に入ることができました。10回大会(2016年)を迎えたときに、次の10年で世界一の大会を目指そうと思ったんです。その過程のなかで世界的なパンデミックという予想外のことが起きました。世界一の大会にするためには大きな柱が3つある。まずは世界一安全・安心な大会。そして参加者に温かくて優しい大会。最後に世界一エキサイティングな大会。それぞれがうまくいったときに、ニューヨークシティやロンドンを抜いて、東京が世界一の大会だと言われるようになると思います」

 日本のスポーツ界に大きな影響を与えてきた東京マラソン。世界一愛される大会を目指して、まだまだ進化は続いていく。

「東京マラソン2021」でキプチョゲの快走が実現したワケ【早野RDインタビュー前編】

今年3月に行われた「東京マラソン2021」は大袈裟ではなく、日本のスポーツ界にとって〝歴史的な1日〟になった。コロナ禍のなか、男女の世界記録保持者とともに約2万人ものランナーがTOKYOを駆け抜けた。男女で大会記録が誕生すると、東京駅前のフィニッシュには3年ぶりとなる〝感動シーン〟が続いた。世界的なパンデミックのなか、東京マラソン2021はいかにして〝完遂〟したのか。東京マラソンのレースディレクターである早野忠昭氏(以下、早野RD)に話を伺った。

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酒井政人

著者プロフィール 酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。