6月14日。競泳日本勢の会場練習開始日に合わせてブダペストに着くと、空港の景色は日本と大きく異なり、待ち受けていた大会ボランティアを含めてマスクをしている人の姿はほとんど見当たらない。入国後のコロナ検査会場まで車を運転してくれた女性ドライバーは「ボランティアも定期的に検査を受けているから、心配しないで!」と明るく話しかけてきた。選手やメディアなど大会参加者に事前に送付されたコロナに関わる規則では、出国前48時間以内に受けた検査の陰性証明書やワクチンの接種証明書を持参することが求められ、現地入り後に受ける検査で陰性となればその後はマスクの着用は「optional(任意)」であり、追加の検査も不要であることが記されていた。大会期間中、日本や中国といった一部の国を除けば、マスクを外している選手団やメディアがほとんど。取材では公共交通機関を使って会場へ移動することも多かったが、路線バスの車内で1人だけマスクをしていると好奇の視線が集まるのを感じた。

 東京五輪とは違い、外部と遮断する「バブル」方式は選手たちには適用されなかった。五輪では競泳の公式練習で「密」を避けるため、会場で練習できる時間や使えるコースを割り振ったが、今回はその制限もなし。雄大なドナウ川のほとりにある屋内会場のプールは、コロナ禍以前のように選手でごった返した。メインプールが混雑したため、報道陣が入れないサブプールに選手が移って練習するという、カメラマン泣かせの事態も。今年2月の北京冬季五輪ではメディアも「バブル」に入り、競技会場とホテル以外への移動はできない日々だっただけに、自由に街中の飲食店やスーパーに入れることがとても貴重な経験のように感じた。

 競技が始まると、決勝レースは多くの観客で会場がにぎわう。特に男子のクリシュトフ・ミラク、女子のカティンカ・ホッスーら地元ハンガリーの選手には地鳴りのような声援が届けられた。国内主要大会は無観客での開催が続いていただけに、ともに決勝でミラクと戦った日本選手2人もこれを歓迎。男子200メートルバタフライで3位に入った本多灯(日大)は「今までは観客がいない中での静かなレースだった。歓声は力になる。最高に楽しかった」。同100メートルバタフライで日本史上初の表彰台となる銀メダルに輝いた水沼尚輝(新潟医療福祉大職)は「自分がその立場(ホーム選手)になったら、こういう感じになるんだなというのを楽しみながらやることができた。来年、期待します」と福岡大会を思い描きながら胸を高鳴らせていた。

 ブダペスト大会は、もともとは国際水泳連盟(FINA)のスケジュールには入っていなかったものだ。2022年は5月に福岡大会が予定されていたが、コロナの影響で来年7月に延期。本来は2021年に行われるはずだった福岡大会は、再度の日程見直しとなった。2度目の延期決定後、FINAは規制が緩和されている欧州ならば開催が可能と判断し、ブダペスト大会が急きょ決まった。

 そんな経緯で決まった大会は、全てが順風満帆だったというわけではない。序盤には水球男子のカナダがチーム内に陽性者が出たため、途中で棄権。選手を取材するミックスゾーンではこの頃から「マスクの着用を勧めます」との注意書きが貼り出され、持参していなかった海外の記者にはボランティアがマスクを配って回った。他の国よりもコロナ対策に力を入れていた日本の選手団からも、競泳、オープンウオーター、飛び込みの選手やコーチが陽性となった。

 2021年10月に福岡県北九州市で開催された体操の世界選手権は、選手団を「バブル」で包み、コロナの感染者を最小限に抑えた。ただ、定められた練習時間以外は十分に体を動かすことができず、選手からは不満の声も上がった。今回の世界水泳に参加した日本のある選手は「規制や対策は必要。だけど、日本もどこかで状況を変えて、進んでいかなければいけない」と指摘する。来年の世界水泳は2024年パリ五輪の予選も兼ねる大会となる。選手が最高のパフォーマンスを発揮できるような環境を整えながらも、陽性者が続出するような事態は避けたい。今大会には、福岡大会の組織委員会関係者も視察に訪れた。1年後に向け、規制と緩和のバランスを見極める重要なタスクが待っている。


VictorySportsNews編集部