手も足も出なかった前半45分

 前半は、4-2-3-1のトップ下で先発したMF鎌田大地が「あのようなサッカーをしたまま後半も終わっていたら、間違いなく一生後悔するような内容」と自嘲しながら振り返り、右サイドバックで先発したDF酒井宏樹も「大崩れしないことが大事だと思ったけど、それにしてもひどかった」と嘆いたほどの出来。先制点を奪われただけでなく、前半で試合を決められていたかもしれないほどの状況から、後半に盛り返して逆転勝利を収めることができたのはなぜか。

 まず、前提として挙げられるのは、前半を1失点で耐えたことだ。特に前半終了間際にFWハバーツにネットを揺らされたが、今大会から導入されている半自動オフサイドテクノロジーでオフサイドが認められ、ノーゴールとなったことは大きかった。

勝利を呼び込んだシステム変更

 そのうえで。多くの選手が指摘したのは、4バックから3バック(3-4-2-1)へシステム変更したことだ。ドイツは攻撃時にMFムシアラが流動的なポジション取りを繰り返すなど、3-2-5のような形で迫ってきており、4-2-3-1では守備でほとんど後手に廻っていた。左サイドハーフの位置で先発し、ハーフタイムに交代で下がったMF久保建英は「僕が見る限りではどこをどうしたらいいのかなというのが難しかった。途中から引くしかなくなって、奪ってからも行けなくなり、繋げなくなるという悪循環だった。どこかで何かを変えないといけないかなと思っていた」とピッチ内で感じていたことを包み隠さず説明。後半は3バックにしたことにより、相手とのマッチアップがマンツーマン状態になり、前半まったくはまらなかった守備が改善された。

 また、今までなら試合の終盤に使う程度だった3バックを後半の頭から採用したこともポイントの一つだという。勝因を聞かれたMF遠藤航は「個人的には、後半の始めにシステムを変えたことかなと思っている。最初の15分はちょっと様子を見て、のような感じだと、あそこまでプレスをハメることは出来なかったと思う」と語る。

 3バックは練習でさほど時間を割いて取り組んできた訳ではないというが、元々は森保監督が広島で指揮を執った2012年からの5年半の間にJリーグを3度制した時のシステム。決勝点を獲った浅野拓磨はちょうどその時代に広島で才能を開花させた選手でもある。森保監督は2018年の日本代表監督就任以降、4バックを基本システムとして採用してきたが、ミーティングなどでことある毎に3バックをオプションとして持っていることを選手たちに理解させてきた。W杯という大舞台でそれが生きた。

 指揮官の采配で言えば、交代策がことごとく当たったことも大きい。2得点を決めたのはいずれも後半途中からピッチに立った選手たち。75分の同点ゴールは、57分から出場したMF三笘薫がロングドリブルで左サイドを攻め上がり、75分から出たFW南野拓実がスルーパスを受け、シュート性のクロスを放ち、これがGKノイアーの手を弾いてゴール前へ。こぼれ球をワンタッチで流し込んだのは71分にピッチに立ったMF堂安律だった。83分の勝ち越しゴールも、57分から出場したFW浅野拓磨によるものだった。

 また、相手の不用意な対応を突く形になった浅野のシュートをアシストしたのはセンターバックで先発したDF板倉滉。彼を含める全員がW杯初出場の選手たちだったことも、ある意味、森保采配が生んだ初戦の勝利と言える。森保監督は11月1日の代表選手発表の際、26人中19人がW杯初出場ということについて、「経験のない選手が持つ、成功したいという野心に期待する」と話していた。

復活を遂げた“デュエル王”

 そして、勝因として忘れてはいけないのが、遠藤の復帰だ。11月8日のブンデスリーガの試合で相手選手と頭部が激しく接触し、脳震盪を起こして救急車で病院へ直行した。「正直、最初に入院したときはもう無理かなと思った。結構、頭が痛かったし、気持ち悪くて吐いたりしていたので。でも、その次の日くらいからだいぶ回復して、もしかしたら普通にいけるかもと思って、あとはコンディションを回復するだけだった」。ドイツ戦の後にこう語った。

 出番なく終わった2018年ロシアW杯の後、浦和からベルギーリーグのシントトロイデンに移籍し、その後、ブンデスリーガのシュツットガルトへステップアップ。2年連続でブンデスリーガの「デュエル王」になった。積み重ねてきた努力をしっかりと形にしている今、森保ジャパンは遠藤なしではチーム力が落ちるほどの「軸」となっている。

 「間に合って良かった」という遠藤の言葉は、指揮官はもちろん、チーム全体の声でもあっただろう。この日は攻め込まれながらもデュエルの局面では相手を圧倒。恐怖や不安がないはずのないヘディングの場面でも躊躇なくプレーした。

 75分に酒井が下がって南野拓実が入った後は、浅野、南野、堂安、三笘、鎌田、伊東純也と、実に6人のアタッカー陣がピッチに立った。守備的な選手は3バックとワンボランチの遠藤のみ。大胆な采配を可能にしたのはボランチ1枚でも守り切れる遠藤の「個の力」と、絶対にW杯のピッチに立つんだという強靱な意志があったからだった。

いざ、グループリーグ突破へ

 大事な初戦で世界をあっと驚かせる大金星を挙げた日本。その3時間後には、グループEのもう一つの試合ではスペインがコスタリカを7-0というまさかの大差で撃破した。初戦を終えてE組1位はスペイン、2位日本、3位ドイツ、4位コスタリカだが、勝負の行方はまだわからない。ドイツにはスペインに勝つ実力があり、場合によっては三つ巴になる可能性もある。日本にとっては第2戦のコスタリカ戦も初戦と同じ重要性がある。チームは中3日での戦いに集中していく。


矢内由美子

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。ワールドカップは02年日韓大会からカタール大会まで6大会連続取材中。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。