米国のエースとして期待されたメジャー通算197勝のクレイトン・カーショー投手(ドジャース)が、過去の負傷歴を理由に大会期間中にけがをした場合に適用される保険に加入できず、現在けがをしているわけでもないのにWBC出場を辞退することとなった。報道はこれに端を発するもの。例えばアルゼンチン代表FWリオネル・メッシ(パリ・サンジェルマン)が、こうした書類手続き上の理由で、国・地域別の世界一を決める大会であるサッカーW杯に出場できなくなることなどあり得ないだけに、「最高の選手がプレーする。これこそW杯がW杯たる理由だ」とし、WBCの“権威”に開催国の一つが疑問を投げかけた形だ。
国際サッカー連盟(FIFA)が主催し、所属クラブに選手の派遣義務があるサッカーW杯や、国際オリンピック委員会(IOC)が主催する五輪と異なり、WBCは所属球団の意向が絶対的。数十億単位の年俸で雇う選手がWBCで疲弊すれば、その後のシーズンに影響するだけに、派遣に消極的になるのは当然といえる。そして、そうした問題の最大の要因は、WBCを巡る“いびつな構造”にある。
WBCを巡る”いびつな構造”。ビジネス面での問題も
WBCを主催するのは各国が加盟する世界野球ソフトボール連盟(WBSC)ではなく、大リーグ機構(MLB)とMLB選手会が2005年に50%ずつ共同出資して設立した事業会社「WBCI」(本部ニューヨーク)。独立した統括団体でない以上、MLBの事情が優先されるのは当然のことだ。
ビジネス面でも、この構造が大きな問題となる。FIFAがW杯における各国の代表スポンサー、グッズの商品化権を認めている一方、WBCでは代表チームが獲得したスポンサー収入、グッズ収入などを主催者であるWBCIが全て吸い上げ、最終的な収益を団体ごとに分配するシステムを取ってきた。
第1、2回大会でWBCは1800万ドル以上の利益を生み、スポンサー収入の70%ほどが日本からのものだったといわれる。WBC側は「運営リスクを取っている」と正当性を主張するが、東京ラウンドについては読売新聞社に運営権、放映権料などは広告代理店に売却し、大会売り上げの半分を早々に確定させるなど、実際には日本側に収入面でもリスクの面でも依存する形でスタートしたのは明白な事実だった。
しかし、収益配分は米国の66%に対して、日本はたったの13%。この不平等な状況に2013年の第3回大会を前に、日本プロ野球選手会が異議を唱え、スポンサー権などが認められない限り不参加とすることを決議。大会成功のため日本野球機構(NPB)の12球団と選手が全面的に協力し、連覇を達成するなど大会を主役として盛り上げてきた一方で、日本の持つべき権利を差し出す形で運営されるWBCの構造の問題点が浮き彫りとなった。
その中で、NPBは日本代表「侍ジャパン」をWBC期間だけでなく常設化することで、通年のスポンサーを募ることを発案。WBCIと交渉を重ね、WBC開催期間中の日本代表のスポンサー権、グッズ収入などが日本側に帰属することを確認するに至った。2014年11月にはNPBとプロ野球12球団の出資で侍ジャパンを統括する事業会社「NPBエンタープライズ」が発足。WBCを巡る活動が、世代別の代表チームを含めた日本球界発展のための利益になる形が確立した。
実際に、今大会でも侍ジャパンと三菱UFJ銀行、コナミデジタルエンタテインメント、花王(「サクセス」ブランド)、興和、日本コカ・コーラ(「檸檬堂」ブランド)など日本を代表する企業が呼称権、ロゴ使用権などを活用できるパートナー契約を締結。ラグザス(「カーネクスト」ブランド)は2月25、26日(宮崎、対ソフトバンク)、3月3、4日(バンテリンドーム、対中日)の壮行試合を特別協賛している。
今回の第5回大会でも、依然としてグローバルスポンサーとしてNIPPON EXPRESSホールディングスやコナミデジタルエンタテインメント、興和、THKといった日本企業が名を連ね、WBCという大会自体が日本に依存している傾向にあるのは事実だ。「世界一」を決める“権威ある国際大会”としての地位を確かなものにしていくには、大会の主催権を含めた大局的な視点は必要だ。ただ、日本側に利益を還元できる仕組みになったのは大きな変化。アディダス、キリングループなど日本代表チームのスポンサー収入が大会主催者に吸い上げられることなく日本サッカー協会に入るように、サッカーW杯や五輪では当たり前だったことが、野球でも形になったといえる。
”権威”の確立へー。前回大会の初優勝を経て、変わってきた米国内の潮目
大会の“権威”を確立する上で運営面とともに重要になるのが、先述したカーショーの不参加にもつながる選手の派遣問題だろう。そもそもMLBが設立したWBCI主催の大会にもかかわらず、スター選手の参戦は第1、2回のデレク・ジーター内野手(ヤンキース)やジャンカルロ・スタントン外野手(現ヤンキース)ら一部だけ。“ドリームチーム”が実現することはなく、米国では「世界一決定戦」という認識が浸透していないのが実際のところだ。
米メディアによると、放映権料も同時期の全米大学体育協会(NCAA)のバスケットボールが1000億円近いのに対して、その10分の1ほどにとどまるといわれており、主要な放送局での中継はなし。常に大会の存在意義が問われてきた。
ただ、前回大会での初優勝を経て、米国内の潮目は変わってきている。今大会は大手のFOXスポーツが米国での独占放映権を獲得(金額は非公表)。地上波、ネットにより全米で簡単に視聴が可能となった。さらに、メジャー屈指の打者であるトラウト(エンゼルス)が昨年7月という早い時期に米国代表の主将としてWBC参戦を表明したことで、多くのスター選手が続いた。2022年ナ・リーグ本塁打王のカイル・シュワバー外野手(フィリーズ)、2018年MVPのムーキー・ベッツ外野手(ドジャース)らが参加を明言。ついに“ドリームチーム”が実現すると、米国内での注目度が高まっている。
1月23日付のサンケイスポーツの取材では、WBCIのスモール社長が取材に答え、トラウトの参戦表明にWBCIが強くかかわっていたことを明かしている。日本も大谷やダルビッシュ、吉田正尚外野手(レッドソックス)、鈴木誠也外野手(カブス)、さらに日系選手初の代表入りとなるラーズ・ヌートバー外野手(カージナルス)と過去最多タイの5人のメジャーリーガーの参戦が実現。ドミニカ共和国にも昨季サイ・ヤング賞(最優秀投手賞)に輝いたサンディ・アルカンタラ投手(マーリンズ)らメジャーのスターが名を連ねる。それだけ主催者側、つまりMLB側も今大会の成功へ力を入れているということ。MLBの協力姿勢は、大会の位置付けを一変させるだけのインパクトがある。
ロサンゼルスタイムズ紙は「WBCは現状のままで満足なのか、それ以上を望むのか、自問する必要がある」と提言。MLBのシーズンを優先する主催者側のスタンスが変わらない限り、サッカーW杯のような“真の世界一決定戦”にはなれないと断じている。とはいえ、1930年に始まり22度開催の歴史を持つサッカーW杯、1896年にスタートし夏季だけで32度開催の歴史を持つ五輪に対し、WBCは2006年に始まり今回でまだ5大会目。権威の面でも、ビジネスの面でも、それらに追随していけるか。確実に機運が高まりつつある中で迎える今大会が、一つの岐路となりそうだ。