「本田はパチューカ全体に化学反応をもたらしてくれる」

――百瀬さんは、かつてメキシコリーグでプレーされていましたが、本田選手がパチューカに加入し、メキシコリーグでプレーするというニュースは、どう受け止めましたか?

百瀬 「えっ! 何かの話題づくりかな?」っていう感じでしたね(笑)。それくらいサプライズでした。すぐに副会長に連絡して「これ、本当なの?」と聞いたら、「うん、本当だよ。私たちも非常にうれしく思うし、こういう偉大な選手に来てもらえたことはチームとしてもプラスに捉えているんだ。今、会長も隣にいて、『よろしくと伝えてくれ』と言っているよ」と言われましたね。

――その「プラスに捉えている」という点ですが、パチューカが本田選手に期待していることというのは、どういった部分なのでしょうか?

百瀬 まず本田圭佑という選手の存在について、彼らはロシアのCSKAモスクワに所属していたときから注目していたそうです。また、各年代の国際大会、北京オリンピックやW杯などを見てきて、「彼のスピリットに惹きつけられた」と言っていました。彼はその後ミランに行きましたが、決して満足のいくシーズンは過ごせなかったでしょう。それでも、世界的なビッグクラブで10番を付けた選手がメキシコリーグに来ることは比類ないことで、その影響を会長はイメージできていたのだと思います。いろいろな化学反応をパチューカにもたらしてくれると期待しているはずです。

――具体的には、どのようなことが化学反応として考えられますか?

百瀬 彼の規律、魂、サッカーかける情熱が、大きな影響を与えてくれると考えているようです。選手やコーチ、フロントスタッフといったクラブに対してはもちろんのこと、パチューカは小学校から大学まで全寮制の学校施設を持っているのですが、そこで夢や目標に向かって頑張っている子どもたちにとっても、ビッグクラブでプレーした選手の存在は大きな刺激となるでしょう。いかに素晴らしい選手であるかは、これまでのキャリアを振り返れば、クエスチョンは付かないとも言っていました。グループ全体に与える影響の大きさは、計り知れないでしょう。

コンディション不良に苦しむも、本田が抱く使命感

――ただ本田選手はここまで、コンディション不良によりベンチ入りもできていない状況です。

百瀬 右ふくらはぎの肉離れですからね。すでにチームには合流しているようですが、再発してしまったら、リハビリをする時間がまた必要になりますから。チームとしても「100%完治しないと出場させない」と、非常に注意を払っているところです。私がメキシコに行って彼の様子を見てきた時も、入念に一つひとつの動作を確認しながら、筋肉と会話をして、自分の体とコミュニケーションをとっているように見えました。彼自身が一番、自分のコンディションはわかっていると思います。出場すれば必ず結果を出さなければならないという使命感を持って自分を追い込んでいるでしょうし、それはある意味でモチベーションにもなります。追い込まれて「イヤだな」と思うタイプと、追い込まれて力を発揮するタイプの選手がいますが、彼はこれまでも追い込まれて力を発揮してきた選手ですからね。

――ミランでは満足いく出場機会を得られませんでした。パチューカでは試合に出続けることがより求められるでしょう。

百瀬 メディアから「今回、リトルホンダには何を言われたんですか?」と聞かれたとき、彼は「無難な選択をしている自分に腹が立った」と答えたんです。ただ『無難な選択ってなんだろう』と考えても、周りからはわかりにくいですよね。彼は常にリスクを負った選択をしているように見えますし、だからこそ、結果が出ないこともあるのだと思います。おそらく彼は自分の中で常にチャレンジできる場所を探しているのでしょう。その会見のときもメキシコリーグのことを、「南米と比較しても良い選手が集まっていて非常に競争力の高いリーグであり、自分がチャレンジができるのはここだと思った」と口にしていました。またクラブについても、「チーム・フロントの熱意と熱さに惹かれた」と言っていました。「選手以前に人として尊敬の念を抱いていた」という会長の言葉は、彼の心に響いたのでしょう。入団会見での話を聞いていて、そういう印象は受けましたね。ただ、メキシコリーグで活躍するのは簡単ではありませんし、監督も特別扱いするような人物ではありません。実際、監督は開幕戦から3連敗しましたが、そのときにメキシコ代表選手を3人起用していないんです。当然メディアからは「なぜ本田やメキシコ代表選手を使わないんだ?」と聞かましたが、「私にとってはどこの代表であろうが関係ない。1週間練習した中で、チームに最もフィットしている選手を出場機会を与えるのが私のスタイルだ」と答えていたんです。

――本田選手が求めていたチーム内での競争ですね。

百瀬 そうですね。監督に「本田選手はどこで起用したいんですか?」と聞いたとき、「できれば本田自身に聞いて、そこで起用したい」と言っていました。あとは彼自身がどうフィットして、ポジション争いのライバルに勝てるかでしょうね。

――その競争に勝つことができれば、パチューカはクラブW杯の舞台にも立てます。今回、欧州代表はレアル・マドリードです。欧州からメキシコに戦いの場を移して、夢だったクラブと世界一をかけて争うというのも、夢のあるストーリーです。

百瀬 現地でも『レアル・マドリードの10番を目指していた男』と書かれていました。トーナメントの組み合わせはまだ決まっていませんが、レアル・マドリードと対戦できる可能性は十分にあるでしょう。彼自身もクラブW杯の出場に大きな意義を見いだしているでしょうし、それが日本で中継されることも意識しているでしょう。そうした意味でも、この1年は彼のキャリアの中でも大きなものになるでしょうね。

パチューカのスタジアムは富士山6合目!?

Getty Images

――そのためにも、まずはメキシコリーグに出場して活躍することが必要です。メキシコで活躍するために、カギとなるのは何でしょうか?

百瀬 語学ですね。私がメキシコでプレーして感じたのは、スペイン語ができないと「ボールをくれ」とアピールしようと「ヘイ! ヘイ!」って言っても、見向きもしてくれない。でも、言葉でケンカできるようになると、相手も「おっ?」となる。バッと言うと、やっぱり相手は反応しますから。言葉の重要性は、すごく学びましたね。サッカーに限らず、ビジネスでもなんでも海外で成功するためには、現地の言葉を話せることは必須だと思います。英語でも伝わる部分はありますが、母国語がスペイン語なら、スペイン語で伝えてもらうほうが絶対にうれしいわけです。海外でプレーする以上、言葉は大事ですし、ヨーロッパで成功している選手たちは語学に関して努力していると思いますよ。長谷部誠選手(フランクフルト)、吉田麻也選手(サウサンプトン)、酒井高徳選手(ハンブルガーSV)と、各クラブでキャプテンマークを巻いている選手がいますが、それは本当にすごいことですよ。なかなかマネできることではありません。外国籍選手がキャプテンとして、チームをまとめるわけですから。

――それはもしかしたら、パチューカの会長が本田選手のスタイルを認めたのと同じように、彼らも各クラブで認められ、語学もしっかりできた結果かもしれませんね。

百瀬 そうですね。本田について素晴らしいなと思ったのは、今回の新加入会見で、現地のサポーターたちに向けて、スペイン語で挨拶をしたところです。

――彼が挨拶をする動画はSNSでも出ていましたが、スペイン語だけでしかやりませんでしたよね。あれはすごく良いアピールになったのかなと思います。

百瀬 人の心を動かすのは、そういうところでしょうね。新体制発表会見でも、「Hola! Yo soy Keisuke!(やぁ! 私は圭佑です)」と、子どもが話すレベルではありますが、その伝えようとする思いは、ファンに刺さりましたよね。さらに「このスペイン語は、昨晩覚えたばかりなので、みなさん話しかけるときはゆっくり話かけてください。お願いします」と、冗談も交えていました。今回、初めて彼と近くで接しましたが、非常に魅力がある人物ですね。“本田圭佑”という人物をどう伝えていくのかを本当によく考えているんだなと。彼はすべてのリスクを背負って、覚悟を持って戦っているんだと思います。その部分が、他の選手にはない魅力かもしれませんね。

――その点では良いスタートが切れたと思います。ですが、次に大事になってくるのはプレーですよね。メキシコでプレーすることを考えると、真っ先に気になるのが標高の高さです。

百瀬 パチューカのスタジアムは、標高2400メートルですからね。メキシコシティも2000メートルあり、僕がいたトルーカという町は2650メートルで、一番高いところにあるんです。

――もう山の上じゃないですか。

百瀬 そうです。2400メートルというと、ちょうど富士山の六合目ぐらいですからね。

――百瀬さんは現役時代、どうやって順応していったのですか?

百瀬 私は当時15、16歳だったので、「標高」と「海抜」という言葉を知らなかったんです(笑)。だからあまり空気の薄さなどを感じたことはなかったんですよ。いま、振り返ってみても、「走れなかった」というのはなかったですね。気持ちの問題かもしれませんが…(笑)。ただ、意識するようになると、本当に息があがるんです。2月にトルーカのクラブ創設100周年記念の試合があって、アップで20分くらい走ったときは、めまいがしましたよ。

――「標高」と「海抜」という言葉を覚えたばかりに(笑)。

百瀬 「あれ? やっぱり標高が高いんだ」と、25年後に知りましたね(笑)。

――ほかの外国籍選手がチームに加入したときに、見ていて息があがっているなという選手もいませんでしたか?

百瀬 私がユースチームでプレーしていたときに、日本から滋賀選抜が来て、試合をしたんです。そのときは19-0で勝ったんですよ。

――やっぱり影響があったんですね。

百瀬 子どもたちは酸素が足りなくなったと思うんですよね。酸素ボンベをいっぱい持ってきていましたし、高山病にならないようにしていたと思うのですが。私は高山病も知りませんでしたからね。大人になると知ることが増えて、心配が増えますね(笑)。海外からメキシコに来た人は、標高とか海抜とかの影響があるんだなというのは、そのときに初めて知りましたね。なんでみんなバタバタ倒れるんだろう……と思いましたから。

――本田選手は、どう対応すればいいのでしょうか。

百瀬 彼自身も標高の影響は感じていて、「やっぱりきついですね」という話はしていました。標高が高いことはわかっているわけですし、その中で90分どう戦うかは、個々でイメージすることです。全力で90分走り切れるはずはありませんし、サッカーは90分走りっぱなしのスポーツでもありません。オンとオフの使い分けは、ピッチ内でもイメージするでしょうね。イタリアのときよりも、ロシアのときよりも、オランダのときよりも、そういうことは考えるでしょうね。

――ボールのフィーリングも変わると言われていますよね。

百瀬 蹴ると「ポン」って浮くから「オレ、こんなにキック力あったっけ?」って思いますし、サイドチェンジがきれいにできるんですよ。あとは、無回転のフリーキックを打つ場合には、これまで以上の無回転シュートが打てるんじゃないかなと思いますね。気圧は人間にコントロールできるものではないですし、いきなりストンと落ちたり、グーンと伸びたりするのは、ボールの蹴った位置次第です。中央でミートできれば、絶対に無回転は打てるので。ただ、無回転で打ったときは、横にブレたり、縦にブレたり、落ちたり、伸びたり……それは打った本人もどういう変化をするかわからないはずです。無回転で蹴ると、本当に面白い変化をするんですよね。

――そうするとメキシコリーグでは、そうした「魔球」のようなシュートが多かったりするんですか?

百瀬 ミドルシュートは多いですね。ミドルから決める選手が多い。ペナルティエリア外から打ってくる選手は本当に多いですし、メキシコのサッカーはボールを持たせてくれる時間も長いです。イタリアよりもフリーになる時間は長くなるでしょうし、打てるタイミングを見計らって打ってくると思います。監督次第でもあるでしょうが、ミドルシュートを打つことに対してマイナスには考えないはずです。そこからこぼれる球もあるでしょうし、セカンドボールをしっかり拾える連係ができれば、本田が打った途端に前に詰めたらGKもこぼすかもしれない。そこまで共有できていたら、得点につながるチャンスはつくれますよね。

日本代表への影響は?

――日本のサッカーファンが気にしているのは、やはり日本代表への影響だと思います。

百瀬 W杯も見据えて、自分がプレーできるところはメキシコだと選択していると思います。しっかりプレーして結果を出せば、日本代表に呼ばれる可能性もあるでしょう。そこへの葛藤、自分自身との戦いはあるでしょうね。W杯は彼の中で非常に大きな意味があると思いますし、何回も出られるわけではない。サッカー人生をかけてやっている部分があるでしょうから、ロシア大会に懸ける思いというのは、年齢的にも誰よりも強いでしょうね。メキシコに行ったから簡単に代表に入れるとは思っていないでしょうし、競争のあるところに行くことで自分を高められること。それと特別扱いせずに平等に見てくれることが、成長を促してくれることを理解しているわけですから。サッカー人生をかけたシーズンになるでしょう。それくらいの決意、覚悟を彼からは感じました。

――もし8月31日、9月5日に開催されるワールドカップ予選に招集されることがあれば、メキシコから日本、さらには中東のサウジアラビアと、長距離移動が続きます。クラブとしては懸念もあると思いますが……。

百瀬 パチューカのヘスス(・マルティネス)会長の話を聞いていると、日本代表での活動に対して100%理解を示していますし、代表で活躍することへの敬意を感じます。パチューカにはメキシコ代表の選手もいますし、非常に協力的な考えを持っている。「名誉なことだ。頑張ってこい」と、まるで父親のような目線で所属選手を応援するというスタンスに徹しています。ですので、もし代表に選ばれて、本人が行きたいというなら、引き留めることはなく送り出すでしょうね。そうしたすべての経験を、グループ・パチューカ全体に還元してほしいと考えています。それはお金で買えないものですからね。

VictorySportsNews編集部

【プロフィール】
百瀬俊介(ももせ・しゅんすけ)
1976年5月31日生まれ、埼玉県出身。1992年、中学卒業後に単身メキシコへ渡り、トルーカのユースチームに加入。翌93年、同クラブのトップチームとプロ契約。メキシコリーグで日本人初のプロサッカー選手となった。その後、メキシコ、エルサルバドル、アメリカのチームを渡り歩き、2001年にトルーカで現役引退。現在は、コネクト株式会社 取締役会長を務める。

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河合拓

2002年からフットサル専門誌での仕事を始め、2006年のドイツワールドカップを前にサッカー専門誌に転職。その後、『ゲキサカ』編集部を経て、フリーランスとして活動を開始する。現在はサッカーとフットサルの取材を精力的に続ける。