14年と15年の違いは「脱力」にあり

JARTAの中野崇と申します。VICTORY編集部さんからオファーを受け、今回は身体動作の観点から見た田中広輔(広島カープ)選手のプレーを分析させていただきます。
 
田中選手は、2014年からレギュラーを獲得している選手ですが、2015年に今のバッティングスタイルを確立したのではないかと推測しています。その根拠を幾つか挙げますと、まずは「構え」です。2014年までは、ピッチャーとキャッチャーの方向に向けて「横に」揺れるような動きが中心でした。それが、15年からは縦に揺れる要素が加わっています。
 
外見的には後ろ側、左股関節の部分。向かってキャッチャー側の股関節を、構えの段階では14年の時点では内側に締めていました。股関節の内旋(ないせん)という動きです。この動きが、15年からは減っています。以後、ずっとこのスタイルを進化させている形に見えますね。
 
この両者の違いは、「左の腰が回るのを抑えたい」という動きの有無です。左の股関節に関し、我慢の仕方が従来と変わっています。14年までは、内側に締め付けて我慢するというスタイルでやっているんですが、このやり方だと筋力を使うのです。対し、15年以降は筋力を使わず我慢するようなスタンスに変わっています。
 
これがどんな違いを生むか。筋力を使って我慢していると、すでにそこで力を使っているため、そこから急激に腰をぐっと回してスイングを開始する際に瞬発力が足りなくなるんです。例えるなら10段階のうちすでに5までパワーを使っているから、残っているパワーが5しかないイメージです。
 
それに対し、15年以降はうまく脱力ができているため、余力をスイングに使えるんですね。脱力したところから急激に力を入れて急加速するプレーに、大きな向上がみられます。トップアスリートが共通して持つ資質を、田中選手も手に入れつつあるように思います。この「左わきを我慢する」スタイルの違いは、バッティングのトップの位置(急加速する直前の、弓を引き絞ったような状態)に大きく作用します。これは後ほど説明いたします。

16年の打率低下に観る「ダウンの力」

15年から16年にかけては、少し打率が下がっています。これはあくまで外から見た印象ですが、股関節の動きに少し邪魔している要素が入っているように思います。具体的には、グリップの高さが変わっています。バットを両手で握る位置が、ちょっと高くなっているんですね。あくまでこの動きから推察するに、16年に関しては「上から叩く」意識が出ていたのではないかと思います。要は、真下に向かうベクトルが強く出ているということです。
 
スイングを構成する力は、作用する順番に以下の3つです。
 
(1)ダウンの力(上から真下にバットを叩きつける力)
(2)レベルの力(腰[股関節・体幹]の回転)
(3)ハンドルの力(脇を締める・手首を返す力)
 
なぜ、このうち「ダウンの力」が強く出たかというと、他の2つの力が何らかの理由で減っているのではないかと思います。特に「レベルの力」、腰の回転が減っていることが推測されます。それを補完するためか、もしくは上から叩こうという意識を増やした結果そうなったかはわかりませんが、変化が見て取れました。
 
16年は、遠く飛ばすためのスイングスピードは上がっている可能性があるものの、タイミングを合わせるのに少し難が出てきた印象を受けます。左の腰の回転が開始する際に、急激に加速する動きが減ったため、タイミングを外されたときには14年・15年に比べて崩れやすくなっていたのではないかと思います。
 
しかしこの構えは、16年から17年にかけて大きな飛躍をしています。まず、左の股関節の動きを取り戻したこと。そして進化が見られたのは、左腕の動き。ひじの高さが上がり、脇が開いているような見た目になりました。
 
これは、スイングを急加速するためにとても大事な動きです。陸上競技でいうと、「助走を長くとっている」というところでしょう。スイングを開始する際は左肘がぐっと体の前に入ってきて、脇が締まる動きが入ります。この動きは、左の股関節と一緒で、力みながらスタートすると急加速がしにくいです。ところが、17年の田中選手は左肘の位置が上がり、力みが抜けたことで急加速ができるようになったという解釈をしています。
 
後ろ側の肘を高く上げるスタイルは、メジャーリーガーにもよく見られます。誰の目にも分かるほど大きく上がっている、というわけではないのですが、私の目からみるとこのあたりの動きは「進化」と呼んでよいのではと思います。

スイングを強化した“アウトエッジ”の動き

もう一つのポイントとしては、足の上げ方の変化です。14年から15年にかけ、右足を上げきった際に、上げた逆側の軸足側に体重がグッと乗るような下方向の動きが出てきています。これは15年から出てきた動きですが、16年では少し乗るタイミングが遅れており、17年からまた取り戻しています。
 
14年まで、田中選手の動きは「我慢するスタイル」だったと述べました。力を入れて締め付けて我慢するため、さらに細かい動きはやりにくい。これは、冒頭に述べた「横揺れ」から「縦揺れ」に移ったことも関わっています。リズムを横揺れでとっているところから、足を上げて急激に縦の動きを入れるというのは難しいですから。

右足を上げて前に出していって、要は弓をグーッと引き絞って一気に加速する直前の力をためるような動きの場面です。その時に、左半身が一緒に引っ張られていくと体の構造上スイングの急加速ができないのです。
 
理想的には、バットはピッチャー側の半身だけグーッと進んでいく動きが必要になります。このとき、やはり左ひざの動きと連動する左の股関節がカギになります。14年まで、田中選手は股関節を内側に締め付けるように左ひざが内側に向いています。そのままの動きで右足でステップを踏むので、より力む必要があるわけです。そうすると、そこから急加速をすることが難しくなります。
 
しかし15年からは、左膝が内側に入る動きが改善されています。右足でステップを踏む際に、左ひざが外に向くような動きになっているんです。これは、“アウトエッジ”という動きになります。足裏の外側でちょっと我慢する、ひざが内側に入るのを防ぐ動きです。

アウトエッジの動きで我慢し、最後の局面で足の内側に体重をかけながら、ひざを内側に入れ、腰を回すという順序になります。強いスイングをするためには、腰のスイングを最後まで我慢する必要があります。この動きは、15年から出始めています。このあたりが、「15年からスタイルが確立されてきたのだろう」という考える根拠です。

バッティングにおける「トップ」とは?

バッティングにおいて、踏み出して極限まで弓が引き絞られたような状態になることを「トップ」といいます。「割れ」と表現することもあります。要は、バットが加速する直前、振り出す直前の一番力が溜まった状態のことを指します。動きとしては、右半身と左半身が別々の方向に引っ張り合うような状態です。一瞬しか作れない、苦しい体勢です。バッティングだけでなくピッチングでも、ゴルフでも、サッカーでも使われる動きです。
 
田中選手は、この「トップ」の動きが16年から17年にかけて明らかに進化しています。右足をステップさせて踏み出していくため、左半身をその場にとどめ右半身が逆に進んでいくような動きになります。この右半身が動き、左半身がとどまる動きの差が、17年にかけて明らかに大きくなっています。
 
これはほんの少しの差なのですが、田中選手のグリップの位置が身体の中心ラインから見て離れているように見えます。また、バットの回転半径自体もピッチャー方向にバットが倒れることで小さくなり、身体に巻き付くようなスイングになっています。優秀なバッターは多くこの動きを身に着けていますが、田中選手もまた習得しているようにみえます。ほんの少しの違いですが、バットって長いですし1キロほど重量ありますから、このほんの少しが大きなプレーの差になるのです。
 
こうした動きが出ているのは、察するに身体の中心ゾーンの動きが向上しているように思います。身体の中心ゾーンというのは、一本線ではなく、小さな関節がたくさん集まっている部分です。一つ一つの関節の動きは小さいのですが、1ミリずつしか動かないような関節がたくさん集まり、合計として大きな動きができる部分なのです。
 
身体の前でいうと胸骨、それから肋骨。触っていただけるとわかると思いますが、胸にちょっと平らな部分があります。そこが胸骨です。肋骨はその周りについており、一本一本はすごく小さな動きですが、合計すると大きな動きを作ることができます。背中側にも背骨がありますが、横からすべて肋骨がついてるため、やはり合計として大きな動きを繰り出すことができます。
 
そして、仙腸関節(せんちょう・かんせつ)。骨盤にある関節で、中心ゾーンに含まれます。数ミリしか動かない関節ですが、16年から17年にかけてそこの動きが向上しているのです。田中選手の動きの向上は、股関節に加え、この仙腸関節の動きも加えないと説明がつかないのです。

仙腸関節の動きが向上すると、何が違うのか?

先ほど、トップの動きの説明として、左半身を残しながら右足を出していく動きについて述べました。中心ゾーンの動きが向上すると、上半身の動きが改善されます。するとどうなるかというと、仮に腰が先回りしてしまっても、上半身をぎりぎりまで残すことができるのです。変化球などでタイミングを外されても、ぽんと合わせてレフト側に流すといったプレーができるようになります。イチロー選手のような動きですね、イチロー選手はものすごく上半身が柔らかいので。
 
また、上半身をねじらないまま我慢できるようになっています。上半身をキャッチャー側にねじりすぎると、例えば内角が打ちにくくなったり、振り遅れたりということが起こったりします。ひねることで、肩の動きを阻害してしまうようなこともあります。これが改善され、あまりひねらなくても我慢できるようになっている。
 
こういう動きが、16年から17年にかけて進化しています。スイングがトップスピードまで到達するまでの早さ、急加速がうまくなっている。バッティングにおいてはトップスピードに到達する早さが重要なのですが、そのレベルが非常に向上していますね。
 
一つだけどこかの筋力が上がったというよりは、要素が全体的に一つ一つ向上していき、小計として立ち上がりの速さが上がっている印象です。どこどこ「だけ」がよくなった、というふうに説明はつかない。非常に良いパフォーマンスの上がり方をしていると思います。

<了>

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VictorySportsNews編集部