幼少の頃から応援し続けてきた生粋の「カープ女子」

甲子園でカープファンの歓喜が沸き起こったその瞬間、彼女は都内のジュエリーショップにいた。

「古田さん、カープが優勝したよ!」

休憩から戻って来るやいなや、店長は勤務中の彼女にそう伝えた。

「ホントですか!? やったー!!」

あまりのうれしさに、彼女はつい小躍りしてしまった。そのリズムはさながらマツケンサンバのようだった。

「年齢がバレちゃうよ!(笑)」

みんなからそうからかわれても、勝利のステップはやめられなかった。



初デートは神宮球場だったという両親の間に生まれた、古田ちさこさん。休みの日、両親に連れて行ってもらった思い出は、いつも神宮球場だった。当時、ガラガラだった外野席で追いかけっこをしたり、見知らぬカープファンのおじさんに優しくしてもらったり…。千葉にある彼女の家からはディズニーランドのほうが近かったが、彼女にとっての“夢の国”は、この昭和の匂いがする古き良き野球場だった。

「兄はよく父にキャッチボールをしてもらっていたんですが、私は暴投しちゃうし、センスがありませんでした…。だから、父の気を引くために、野村謙二郎さんとか江藤智さんとか、当時在籍していたカープの選手の名前を暗記してましたね」

そんな彼女が子どもの頃から数多く目にしてきたのは、カープの負け試合だった。1991年の優勝を最後に、昨年まで実に25年もの間、優勝がなかった。それどころか、Aクラス入りすることすらままならなかった。

それでもカープを応援することはやめなかった。ついには3年前、もっともっとカープを応援したいという気持ちを抑えられなくなり、当時勤めていた会社を辞めてしまった。それまで、前出のジュエリーショップで派遣社員としてフルタイムで働いていたが、アルバイトとして勤務日数を減らして働くことにしたのだ。社会保険、厚生年金、そして“社員”という立場は失ったが、大好きなカープのために使える時間は飛躍的に増えた。神宮球場、東京ドーム、横浜スタジアムなど首都圏の球場を中心に、できる限り仕事の合間を縫って広島にも足を運んで、年間で50試合ほどを現地で観戦している。まさに、カープに人生を捧げてきた、生粋の「カープ女子」だ。

そんな彼女が、どうして37年ぶりの連覇という快挙を成し遂げた日を、仕事場で過ごしたのだろうか。

思わぬ誹謗中傷を受け、悩んだ日々

「地味な過ごし方ですよね…。でも、どんな手を使ってでも見に行くんだ!とは思わなかったんです」

彼女はそうほほ笑む。

「普段は、行かなくて後悔するぐらいだったら、どんなに仕事が大変で疲れていたって見に行こうとするタイプです。ただ、今回の優勝というタイミングではそう思わなかったんですね」

「カープ女子」として多くの人に知られる存在となった彼女が、本気でチケットを欲しいとSNSなどで発信すれば、もしかすればどこかの誰かが譲ってくれるのかもしれない。だが、当の本人はそんなことをみじんも望んでいなかった。

今のカープを取り巻く熱量のすごさを、ファンながらも感じている。カープの試合を見たいと思ってくれる人たちが今、これまでにないほど数多くいる。本当にカープという球団は愛されている。今年は特にそう痛感したという。

「私は普段から多くの試合を観戦できていますし、運の良いことに、こうしてお話を聞いていただいたり、先日は始球式で台湾に行かせてもらったり…。ただの野球ファンにもかかわらず、本当にいい経験や機会を頂いていると思うんです。だから、これ以上は欲張らなくてもいいかなって。もちろん、自分がすでに持っているチケットの試合でたまたま優勝が決まったら、それはすごくラッキーなことだなって思いますけどね」

彼女がこうした考えに至ったのには、きっかけがあった。それは、数年前にさかのぼる。


2013年――。
カープが16年ぶりにAクラス入りを果たし、球団史上初のクライマックスシリーズへと進出したこの年、「カープ女子」という言葉がさかんにメディアを賑わせるようになった。いつしか彼女も、今をときめくカープ女子の“代表”のように取り上げられ、取材や出演オファーが増えていく。2014年の流行語大賞で「カープ女子」が年間トップテンを受賞した際には、同じカープ女子仲間と一緒に授賞式に登壇し、球場では記念撮影を求められることも増え、多くの野球ファンに知られる存在となっていた。

周囲からは「すごいね!」と言われ、彼女自身もただ純粋に喜んでいた。自分の愛するカープがこれほどまでにメディアに取り上げられることはなかっただけに、なおさらだった。

だがそれと同時に、思わぬ誹謗中傷を受けることも増えた。「売れないモデルがカープを使って売名行為をしている」「カープを金もうけの道具にしている」といったものだ。

彼女はジュエリーショップで働くかたわら、モデルの仕事やイベントへの出演、メディア取材や執筆などの仕事もしていた。多くの企業やメディアが、「カープ女子」として活躍する彼女に目をつけ、起用する機会が増えていったのだ。こうした仕事に対してお金をもらうことは、決して悪いことではないだろう。だが彼女の中で、そのことに少しずつ抵抗感が出てきていた。

「ネットでいろんなことを言われ、そのたびにグサッときていました。それは、自分でも『確かにそうだよね』と納得する部分もあったから。有名な芸能人の方がカープファンだと言って受け入れてもらえるのは、もともとの本業で活躍されている方たちだからで、そういった方たちにファンだと言われれば、やっぱりうれしいと思うんです。でも私は、そうした仕事で身を立てているわけでもないから、『誰だよ』ってなるし、そりゃいい気はしないよねって。『カープを使って商売している』と言われれば、確かにその通りなのかもしれないなと思うようになってました」

彼女は、球団からお金をもらったことは一度もない。とはいえ、「カープ女子」として企業やメディアに起用され、お金を稼いでいることにかわりはない。彼女の中で、自分自身の活動に対する疑問が頭をもたげた時期だった。

(C)Chisako Furuta

あらためて気が付いたカープへの想い

だが、それでも彼女は自分の活動をやめなかった。実際に、彼女がブログやSNSでカープの魅力を発信し、メディアに出演することで、応援してくれる人は確かに増えていった。神宮で一人観戦していた頃に比べれば、カープ仲間だって格段に増えた。うまく伝わらないこともたくさんあるが、それでも彼女がカープを好きであること、これまでずっと好きであり続けてきたことに、うそ偽りは一つもない。自分の活動によって誰かが喜んでくれるのであれば、自分の活動にも意味はある。

「私はある意味、カープの『野生の広報』なんだって思うことで、自分の活動に納得できるようになりましたね」

また彼女は、カープに関わる仕事でいただいたお金は全て、カープのために使っていた。広島遠征の軍資金にしたり、カープグッズを買って友達の子どもにプレゼントしたり。企業やメディアからお金をもらい、そのお金は彼女を経由して、球団に入る。これはある意味で、『野生の営業』ともいえるだろう。彼女の中で、少しだけ自信を取り戻すことができた。

「いろんな思いがあって…、ただ言えることは、カープを好きになって、これまで本当にいい経験や機会をたくさんもらってきました。とても恵まれている人間だと自分でも思います。だから、チケットの件もそうですが、これ以上には欲張らないようにしようかなと。でも、喜んでくださる方がいる限りは、カープについて発信し続けていきたいなと思っています」

好きなものは好き。あらためて堂々と宣言することを決めた彼女は、以前より少しだけ、強くなっていた。

一緒に野球観戦する仲間も以前より格段に増えた/(C)Chisako Furuta

涙腺が緩んだ、菊池選手の帽子の裏の数字

2017年9月18日――。
店長から優勝の知らせを聞かされた彼女は、休憩時間にスマホを開いた。そこにはたくさんの祝福のLINEが届いていた。これまでカープに興味を持っていなかった人からのメッセージもあった。それが彼女にはうれしかった。

ひとしきり祝福メッセージを読み終えると、Twitterで優勝の瞬間の動画を探し始めた。そこには、シーズン中に右足首のはく離骨折でチームから離脱している鈴木誠也選手や、胃がんの闘病で苦しい時間を過ごしている赤松真人選手の姿もあった。

「鈴木選手が仲の良い若手選手2人に担がれてファンの前まで連れて行かれて、帰りはエルドレッド選手におんぶしてもらっていました。その姿がほほ笑ましかったですね。赤松選手は仲良しの菊池(涼介)選手と肩を組んで手を振っていました。菊池選手の帽子の裏には、(赤松選手の背番号)38の数字が書いてあって…。今シーズン、こうしてグラウンドに一緒に立ったのは初めてでしたけど、ずっと一緒に戦ってたんだなって思って」

彼女のスマホには、そうしたシーンをスクリーンショットした画像が山のように保存されていた。それらを宝物のように眺めている彼女の顔には、喜びと共に、安堵の表情も見て取れた。

「去年は25年ぶりの優勝ということもありましたし、黒田(博樹)さんと新井(貴浩)さんの抱擁シーンなんて涙なしには見られませんでした。でも、今年の優勝は、去年よりももっとうれしくて感動しましたね。今年はたくさんのけが人が出ましたし、9対0からの逆転負けや、3者連続ホームランでのサヨナラ負け、3夜連続のサヨナラ負けもありました。チームは本当に苦しかったと思うんです。そんな中、誰かが抜けたら誰かがその穴を埋めて、本当にチームとしてまとまっていたなって。苦しんでいる姿を見てきていたからこそ、がんばってきた選手たちが報われたなって思って、本当に感動しましたね」

休憩中、彼女は、お店に置いていたカープグッズの「イケメンカープ付箋」に「V8」と書いて顔に貼り付け、自撮りをした。翌日はスポーツ新聞を買いあさって、お店に持って帰った。お店のスタッフからは、「何やってるんですか?」とちゃかされた。それがまた心地よかった。

優勝翌日、買いあさったスポーツ新聞を抱えてご機嫌な古田さん/(C)Chisako Furuta


カープはこれから、昨シーズン、成し遂げられなかった“日本一”という忘れ物を取りにいく戦いが始まる。

「カープにはたくさんの夢を見させてもらってきて、ありがとうという気持ちでいっぱいです。自分をこんなにも幸せにしてくれた人たちには、やっぱりもっと幸せになってほしいですね」

彼女の想いは、ただただ真っすぐで純粋だ。愛するカープを応援するために、今自分ができることをやりたい。選手、監督、コーチ、カープに関わってくれた全ての人たちへの感謝の思いを持って。

古田ちさこは、これからも決してこの気持ちを隠したりはしないだろう。だって、好きなものは好きなのだから――。

<了>

ガチすぎるカープ女子、CSの見所を語る!「注目は薮田投手にタナキクマル」なぜ誰もがマツダスタジアムに魅了されるのか? 設計に隠された驚きの7原則とは元選手の広報担当・小松剛氏に聞く カープ 猛練習の本質カープの勝敗と商売をめぐるファンとの駆け引きどん底から這い上がってきた剛球サウスポー・高橋昂也(広島)9月21日、マツダスタジアムにて優勝クッキーとビールを片手に記念撮影。この日、優勝が決まる可能性もあったが、「選手の疲労とその後のスケジュールを考えたら、18日に決めてくれてよかった!」と古田さん/(C)Chisako Furuta

【プロフィール】
古田ちさこ(ふるた・ちさこ)
千葉県出身。カープファンの両親の間に生まれ、幼少期からカープを応援し続けてきた生粋の「カープ女子」。現在は都内ジュエリーショップでのアルバイトと、学生時代から続けてきたモデルの仕事をしながら、カープを応援し続け、年間50試合以上を球場で観戦している。
Twitter(@chisakofuruta)、Instagram(@chisakofuruta)、ブログでカープ愛を随時発信。

Twitter(@chisakofuruta)Instagram(@chisakofuruta)古田ちさこオフィシャルブログ「こいぶみ。」Koboパーク宮城にて/(C)Chisako Furuta

野口学

約10年にわたり経営コンサルティング業界に従事した後、スポーツの世界へ。月刊サッカーマガジンZONE編集者を経て、現在は主にスポーツビジネスの取材・執筆・編集を手掛ける。「スポーツの持つチカラでより多くの人がより幸せになれる世の中に」を理念とし、スポーツの“価値”を高めるため、ライター/編集者の枠にとらわれずに活動中。書籍『プロスポーツビジネス 私たちの成功事例』(東邦出版)構成。元『VICTORY』編集者。