隠し球候補から指名確実視されたエリートまで 指名漏れの苦渋を味わった4人

「ドラフト指名確実」といわれながら、会議で名前を呼ばれることのない選手が生まれてしまうのはドラフトの常である。2位の藤岡裕大も、今から2年前、そんな苦渋を味わった一人だ。

藤岡は亜細亜大3年次に.380で東都大学リーグの首位打者となるなど、同リーグ歴代9位タイの通算104安打を記録し、ベストナインを3回受賞。大学日本代表にも名を連ね、2015年ドラフトでは即戦力内野手(三塁手)として注目を集めながらも、まさかまさかの指名漏れ。「本当に苦い思いをした」という藤岡は結局、失意を引きずったままトヨタ自動車に入社するのだが、チームの内野には当時、源田壮亮(現・西武)をはじめ、猛者がズラリと勢揃い。そこで出場機会を増やすために外野に転向すると、その年の若獅子賞を受賞するなど実力の片鱗を見せつけたのだが、内野に対する思いは強く、今春は源田がプロ入りしたのを機に遊撃手に挑戦。外野への成功体験をあっさりと捨てると同時に、遊撃手という新たなポジションで、鉄壁の守備力とMAX150キロを計測する鉄砲肩を活かしたスローイングでスカウトを魅了。もとより定評のある打撃も、「昨年よりもパワーがついてスイングスピードが上がり」(藤岡)、飛距離もアップ。実績と実力を積み上げて、2位指名を勝ち取ったのだ。

3位の山本大貴は、北星学園大付(北海道)時代、無名ながらも一部の球団が最終指名候補に残したことでドラフト当日はテレビ局が学校に入っていたのだが、こちらも指名漏れという憂き目にあっている。「まだ自分の力がなかった」(山本)、と現実を受け止めて進んだ社会人(三菱自動車岡崎)では、3年目の昨季から徐々に登板機会も増え始めたのだが、その矢先に会社のデータ改ざん問題が発覚して都市対抗予選を辞退、3カ月の活動自粛ののちに臨んだ秋の日本選手権では地区予選で敗退……、と三歩進んで二歩下がる状態に。そんな折り、山本は肉体改造に着手。独学で栄養学を学び、連日のトレーニングを行った結果、球速は143キロから148キロにアップ。球の出どころが見えづらいフォームから投げ込まれるスピードボールに加えて、カーブ、スライダーのコンビネーションに磨きをかけて今夏の都市対抗予選で好投、再びプロに視線を向けさせた。

「自分だけ指名がなかったのはショックでした」

4位の菅野剛士は、明治大時代、高山俊、坂本誠志郎(ともに阪神)、上原健太(日本ハム)と同級生。東京六大学リーグでは4年秋に高木大成(慶応大、西武)の持っていた二塁打のリーグ記録を28に更新。3度のリーグ優勝に貢献する活躍で2度のベストナインを受賞、巧打の外野手として注目を集めたドラフト候補生だった。しかし、前出の3人とともにプロ志望届を提出したなかで唯一、名前を呼ばれなかったのが菅野だ。

「自分だけ指名がなかったのはショックでした」

ひと言でいえば、失意のどん底である。それでも日立製作所に入社した菅野は、ルーキー年からいきなり4番を任されて都市対抗で準優勝、若獅子賞と社会人ベストナインを受賞するなど大爆発。「あの悔しさ(指名漏れ)を経験して、社会人野球へ進んで“やってやろう”という強い思いが結果につながった」という。そして社会人2年目の今季は台湾で開催されたBFAアジア選手権で侍ジャパン社会人代表の5番を打つなどステップアップ。左打者のドラフト対象では最上位に位置づけられる存在となったのだ。

「(ドラフトは)自分でコントロールできません。それよりも、自分のできることをやったほうがいい」というメンタリティで自分磨きに明け暮れた2年間。担当の諸積兼司スカウト(今秋より2軍外野守備走塁コーチ)が「社会人No.1強打者。スイング力、ミート力の高い打者で、広角に強い打球を打てる」と評する稀代の中距離ヒッターが満を持して、プロ野球に殴り込みをかける。

ロボット・メカトロニクス学科出身の無印右腕

5位の渡邉啓太も2年前に指名漏れを経験した選手である。といっても前出の3人とは違い、渡邉が歩んだ道は非エリート街道だ。福島のいわき光洋高時代は二塁手兼、球速130キロ台の投手で背番号は「4」。高校最後の夏は県4強で全国経験はない。「大学で野球を続けたい」と東都大学リーグ所属大学のセレクションを受けるも不合格。進学先として選んだ神奈川大学リーグ所属の神奈川工科大学は一般受験で進学したという。

選んだ学部は創造工学部ロボット・メカトロニクス学科。とはいっても「ロボットを作ったりはしません(笑)。スポーツ・健康生活科学コースなので、身体の仕組みがどうとか」を学びながら、野球部では1年春からリーグ戦のマウンドを経験し、2年秋には同リーグのベストプレーヤー賞を獲得、4年の同秋季リーグでは最優秀投手賞を受賞するなど着実に伸長した。2015年のドラフトでは「隠し球候補」として名前を挙げられる存在になりながらも、結局指名漏れに終わっている。

それでも社会人の強豪・NTT東日本でも進化を続けた渡邉は、侍ジャパン社会人代表に2度選出、10月のアジア選手権で優勝するなど、実力も実績も積み上げて今秋のドラフト指名を勝ち取った。最速147キロの直球を中心に、スライダー、カットボール、ツーシーム、チェンジアップを織り交ぜて球のキレで勝負する、癒し系の雑草男。そのサクセスストーリーをぜひとも見てみたい。

154キロ左腕は就職浪人を経験した苦労人

6位の永野将司はケガの影響で、企業から内定取り消しを喰らった苦労人である。その永野は大分の県立日出暘谷高(現・県立日出総合高)出身で、大学は九州国際大に進学。2年秋から先発として頭角を現すと、最速149キロをマークするなど急成長した超素材型左腕。しかし4年次に左肘を故障してトミー・ジョン手術を受けたため、内定していた関西の企業から「内定取り消し」を言い渡されている。その後1年半におよぶリハビリ&就職浪人生活を送っていたときに、左腕を探していたHondaの練習に参加、なんとか入社にこぎつけると1年目の昨秋、社会人デビューとなった日本選手権関東代表決定戦の東芝戦でデビュー。「やっと投げられた」という安堵の気持ちがリミッターを解除したのか、150キロ超の快速ストレートを連発する衝撃デビューを果たしたのだ。このド派手な快投で注目を集めると2年目の今季の都市対抗、JR四国戦でも150キロ超のスピードボールを披露、プロへの道をこじ開けた。

いまだ未完ながら、181cm、83kgの恵まれた体格からMAX153キロの直球とキレるスライダーは、かつてロッテで活躍した河本育之を彷彿とさせるハイポテンシャルな苦労人は「1年目から即戦力として期待」(高橋薫スカウト)されている。

高校時代は陸上部、高校野球未経験の育成ドラ1

「高校野球未経験でプロ入り」などというありえない経歴で育成1位指名されたのが和田康士朗だ。中学までは軟式野球をしていた和田だが、進学した小川高(埼玉)では「野球部の人数が少なくて」(和田)、陸上部に入部。ところが高1の夏、テレビで夏の埼玉県大会を見ていると、「中学時代のチームメイトがベンチ入りしていて、かっこいいな……と」。野球への想いを抑えきれなくなった和田がこの時選んだのが小川高校野球部……ではなく、地元の硬式クラブチーム・都幾川倶楽部硬式野球団だった。

昨季の全日本クラブ選手権埼玉県予選を1位通過するほどの強豪で腕を磨いた和田は高校卒業時、「高いレベルを経験できたので、腕試しに」選んだのが大学の野球部……ではなく、BCリーグの合同トライアウト。そこで和田の潜在能力に惚れ込んだのが、富山サンダーバーズの吉岡雄二監督だ。同監督いわく「左バッターを取るつもりはなかった」はずが方向転換、同リーグのドラフト1位で入団することになった……、というなんとも漫画チックなお話なのである。

和田の持ち味は、50m走5.8秒の快足と遠投107mを誇る高い身体能力、そして柳田悠岐(ソフトバンク)ばりのフルスイングだ。BCリーグでは68試合に出場して打率.271、1本塁打、14打点、14盗塁。成績そのものは決して飛び抜けたものではなく、身長184cmに対して体重はたったの72kgとまだまだ子どもの身体だが、それでもドラフト指名を受けたのは、異常なまでの成長曲線と計り知れない潜在能力があるからこそ。高校野球未経験者がBCリーグをわずか1年でクリアしプロの世界に飛び込んだ千葉のワンダーボーイに注目だ。

そして最後の一人、育成2位の森遼大朗は「びっくりするくらい美しいフォーム」(山森スカウト)で最速145キロのストレート、スライダー、ツーシームを投げ込む右の本格派。しかし在籍した都城商(宮崎)野球部は、一時は部員数15名と存続の危機に直面。そんな危機的状況に瀕するチームを昨秋、今春、今夏ともに県4強に導いて、育成ながらもドラフト指名を勝ち取った“成り上がり”である。

そんなこんなの道のりを経てプロの世界へとたどり着いた千葉ロッテのルーキーズ。この中で唯一毛色の違う「超大物」の安田尚憲にしても、あえていえばライバル・清宮幸太郎のハズレ1位の入団だ。それぞれの描く想いと背負う期待は“八人八色”だが、思わず肩入れしたくなるような経緯の面々。そのストーリーは今まさに始まったばかりである。

<了>

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小林雄二

1968年生まれ。広島県出身。広告代理店、プレジャーボート専門誌の雑誌社勤務後、フリーの編集・ライターとして活動。野球、マリンスポーツ、相撲をはじめ、受験情報誌や鉄道誌など幅広い分野で編集・執筆活動を行なっている。