「勝ち方」を熟知する、これ以上ない戦力
1月3日、鹿島アントラーズはブンデスリーガ2部1.FCウニオン・ベルリン(ドイツ)より内田篤人が完全移籍で加入することを発表した。2010年夏にFCシャルケ04へ旅立った内田が8シーズンぶりに再び鹿島でプレーする。
ドイツに渡ってからも相思相愛を続けてきた鹿島と内田。鹿島から発表されたコメントからも、古巣への強い愛情がにじみ出ていた。
「鹿島へ帰ってくることになりました内田篤人です。2010年にシャルケへ移籍した時から、また鹿島でプレーしたいという思いは常にあり、ドイツにいる時もずっとアントラーズを応援していました。伝統あるこのクラブの選手として、どう振る舞い、どういう姿勢で戦うべきか、自分なりに理解はしているつもりです」
鹿島にとって内田が戻ってくることは願ったりだ。昨季、勝負強いと言われ続けてきたクラブが、目前にまで迫っていたJリーグ連覇を逃したことは、賞金や理念強化分配金を合わせておよそ10億円を失っただけでなく、タイトル獲得でしか得られない自信や勝者のメンタリティを塗り重ねられなかったことを意味する。
内田は、鹿島で3連覇を経験したあと、ブンデスリーガや欧州チャンピオンズリーグ、W杯で無二の経験を積んできた。その影響力は計り知れない。3月で30歳を迎える“ベテラン”は勝ち方を熟知しており、足りなかったものを埋め合わせる人材としてこれ以上の適任者はいない。
ウニオンで見られなかった「内田らしさ」
とはいえ、昨夏から加わったウニオン・ベルリンでは公式戦の出場はわずか2試合に留まる。1部昇格を狙うウニオン・ベルリンでポジションを奪うことができなかったことは残念ながら認めざるを得ない事実だ。
ウニオン・ベルリンの強化担当者であるヘルムート・シュルテも「彼の持つポテンシャルを見せることができなかった」とコメントしており、期待するプレーでなかったことがうかがわれる。内田のシャルケ時代の恩師であるイェンス・ケラーを途中解任したことからも、彼らの本気度が伝わる(ケラーが解任されたとき、ウニオンは2部の4位だった。現在は6位)。本腰を入れて昇格を狙う彼らを満足させられなかったのだろう。
ただ、チームにフィットできなかったのも、本人のパフォーマンスが上がらなかったのも、2シーズンもプレーから遠ざかっていれば致し方ない。
9月10日の第5節フォルトゥナ・デュッセルドルフ戦、9月20日の第7節SVザントハウゼン戦の映像を確認しても、内田らしさを見ることは難しく、簡単なパスミスやトラップミスが散見された。守備の1対1でも対応は軽く、速さ勝負でも負けていた。しかし、10月5日の練習試合では、相手よりも先にポジションを取って攻撃に厚みを加え、パスのアイデアでチャンスを演出している。試合を重ねればもっと良くなっていくことが期待できた。
しかし、そのタイミングで10月17日の練習で左太ももの肉離れを発症。異国の地で味わうさらにピッチが遠くなる感覚は、いずれは鹿島でキャリアを閉じる心づもりだった内田の決断を早めたに違いない。
鹿島・鈴木常務はあつい信頼を示す
鹿島としては、当然のことながら、内田を戦力として獲得した。メスを入れた右膝の状態についても詳細な情報を手にしており、問題ないという判断の下、オファーを出している。
ただし、2年近くリーグ戦から遠のいているため、サッカー選手として1年間のシーズンを戦い続けるコンディションにはすぐに戻らないと考え、「怪我をした場所より他の部分が心配。しっかり体をつくらないといけない」(鈴木満常務取締役)と慎重な姿勢を示す。
だが、強化部門の責任者である鈴木常務が内田に示す信頼はあつい。
「ここでプレーもしていたし、ベストパフォーマンスも把握している。コンディションさえ整えば戦力として活躍することも期待できる。ここの流儀も知っていて、海外のクラブもW杯も経験したことは大きい。伝統の継承という意味でも期待が持てる。小笠原の後継者としても期待している。これからは昌子とかが引っ張っていくことになるのだろうけど、中間に入る選手が必要だと感じていた」
鹿島は、ずっと小笠原満男を中心としたサッカーを展開してきたが、その小笠原もつねにピッチに立つのは難しくなってきた。昌子ら成長著しい選手もいるが、まだまだ勝ってきた経験は少ない。そこを埋める存在として、30歳になろうとする内田の復帰は、メッシーナから戻って来て以降、人が変わったようにチームのために働くようになった小笠原と重なる。
鹿島には、独自の哲学や流儀がある。しかし、それは鹿島に居続けるだけではなかなかわからない。
「ここのことも知っていて、なおかつ高いレベルの他所のクラブも経験している。そういう人が、ここの良さを語ることが、他の選手にとってはとても貴重な言葉になる」
鈴木常務は、プレー面だけでなく、内田が加入することで起きるさまざまな効果を期待していた。
古巣復帰は、大いなるチャレンジである
現在、鹿島の右SBには西大伍と伊東幸敏がおり、そこに内田篤人が加わると人員過多に見える。しかし、西は昨季最終節で右膝内側側副靭帯断裂という重傷を負った。簡単に言えば筋断裂だ。クラブとしてはW杯前の中断前後での復帰と予想しており、さらに西自身は右SB以外でのプレーを希望している。むしろ内田を補強しないと右SBの層が薄くなるところだった。
また、柴崎岳がスペインに渡った昨季、鹿島はどうやってボールを前に運ぶのかを課題としていた。そのなかで西が務めた役割は大きく、西のパスから攻撃が始まっていたと言っても過言ではない。今季開幕当初、その西を欠くことが決定的である以上、同じくボールを持てるタイプの内田にかかる期待は大きい。
欧州からの帰国は“都落ち”の印象を与える。しかし、内田にかかるプレッシャーの大きさは計り知れない。2シーズンもほぼプレーしていない選手を鹿島以上に温かく迎えるクラブもないだろうが、内田も期待に応える自信がなければ戻ってこないだろう。
内田が縦に速いだけの選手ならJリーグでも活躍は難しいかもしれない。確かに、清水東から加入したばかりの頃は、スピードを生かした突破が一番の武器だった。しかし、すぐに鹿島だけでなく日本代表でも欠かせない選手へと成長を遂げたのも、シャルケでも何度も怪我でポジションを失いながら最終的には奪い返してきたのも、彼が非常に賢い選手だったからだ。大怪我を負った右膝はすでに完治している。あとは、体をアジャストしていくだけで、その時間をどれだけ短くできるかの勝負となる。
ところが、内田は賢いだけの選手でもない。時に賢さは楽な道を提示する。無駄な動き、無駄な走りを少なくするだけでなく、先が見通せるだけに努力も無駄に感じさせてしまうことがある。内田がそれだけの選手ならとうの昔に引退していただろう。
欧州チャンピオンズリーグで活躍できたのも、怪我を負いながらW杯ブラジル大会で孤軍奮闘できたのも、2年もの長い期間、孤独な戦いを続けることができたのも、彼が並みの精神力でないことを示す。
古巣への復帰は決して楽な道ではなく、大いなるチャレンジである。
<了>
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