平和の観点からは歓迎すべきことだが……
平昌オリンピックに北朝鮮が韓国との合同チームを組んで参加する、この決定が韓国の国内だけでなく国際的に大きな物議を醸している。
韓国と北朝鮮の意向をふまえ、IOC(国際オリンピック委員会)が正式に合同チームでの参加を認めた。これで北朝鮮が韓国とともに入場行進すること、スキー、スケート、女子アイスホッケーの3競技に北朝鮮選手が出場することが決まった。
「平和」の観点から単純に見れば「歓迎」すべき動きだが、まず韓国の国内から「大会直前に北朝鮮選手が加わることで韓国女子アイスホッケーチームに影響を与える」という反発が起こった。まだ正式決定前だったが、アメリカ強化合宿を終えて帰国した韓国女子代表チームをこの報せが待っていた。韓国女子代表のセラ・マリー監督も戸惑いを隠さなかった。オリンピックに向けてチームを仕上げてきたのに、突然、新しい選手が加わることでチームワークへの影響が大きいことはもちろん容易に想像できる。今大会は23人の登録が認められている。「北朝鮮の選手が加わればその数の韓国選手がベンチを外れることになる」、その動揺と影響。「もし救済措置が認められ、合同チームだけが増員が認められれば、大会に参加する他国との関係において不平等が生じる」「北朝鮮選手を試合に出すために、韓国選手の出場機会が奪われる」といった喧々囂々(けんけんごうごう)の議論が噴出した。
一方で、なぜ女子だけで、男子は合同チームを組まないのか? それは「女子はメダルどころか1勝すら遠いから大勢に影響がない。7人もの帰化選手を擁する男子は勝利の可能性があるから混乱を与えるわけにいかない」という判断が背景にあったと推測される。そのことも、韓国国内で批判の対象になっている。さらにその背景には、文在寅大統領が、南北合同チームの結成を周囲に一方的に通告したことへの反発もあるという。
繊細な政治判断を要する国際問題化したオリンピック
要するに、「スポーツが政治に利用されている」「政治の判断がスポーツの現場に土足で立ち入っている」という不快感、拒絶感が大きく広がっている。各競技連盟が、オリンピックへの厳しい出場基準を定める中で、そうした取り決めを頭越しにする超法規的な決定はまさに政治そのものだ。平昌オリンピックはにわかに政治的な動きと連動し、国際的な関心を集める出来事となった。
南北朝鮮合同チームの実現によって、アメリカのトランプ大統領の北朝鮮に対する非難もトーンダウンしている。武力でなく、話し合いによる解決を探る動きにシフトする見通しが出てきた。北朝鮮の参加は最悪の事態を回避する大きな分岐点になったとも考えられる。
だが、確かに、素直に歓迎ばかりもできない状況は生じている。IOCの正式決定を受けて「一件落着」かと思いきや、これに反発し、韓国内で金正恩主席の等身大の写真を燃やすなどする動きがあった。それに対して北朝鮮メディアが、このような動きがあれば合同チーム参加も再考せざるをえない、といった声明を出した。北朝鮮は徹底して平昌オリンピックを政治的に利用し、立場を有利に展開しようとする姿勢が明らかだ。そして、韓国はもとより他国も北朝鮮の意向に追従する形になっている、その不快感が国際的に広がってもいる。
韓国を牽制する意味もあって、「開会式には参加しない」としていた安倍晋三首相が、24日になって「参加」の意向を表明した。これも、南北合同チームが実現した中で、そこに参加しないことの意味が国際的に変化した情勢への対応だ。それほど、平昌オリンピックは繊細な政治判断を要する重要な国際課題になっている。
スポーツを愛し、スポーツに携わる立場から、この問題をどう捉え、対応したらいいのだろう? 平昌に限らず、2020年の東京オリンピックでも同じテーマを抱える可能性がある。
建前は遠くても意外に近い“スポーツと政治”
オリンピックと政治といえば、真っ先に思い出すのはモスクワオリンピック(1980年)のボイコットだ。ソビエト連邦(当時)のアフガニスタン侵攻に抗議して、西側諸国がモスクワで開かれるオリンピックの参加をボイコットした。金メダル獲得を目指していたレスリング、柔道、マラソンなど多くの日本選手が出場の機会を奪われた。その後のオリンピックで金メダルを獲得した選手もいれば、競技者としてのピークを逸し、メダルに手が届かないまま競技人生を終えた選手もいる。その是非はいまも議論されている。あれから38年が経過したことで、ボイコットの影響を受けた選手たちのその後の人生への影響も現実として見えている。
スポーツと政治という観点では、『ピンポン外交』がすぐ頭に浮かぶ。その舞台は日本だった。1971年、名古屋で開催された第31回世界卓球選手権に、中国が6年ぶりに参加。これをきっかけにキッシンジャー大統領補佐官が極秘に訪中、ニクソン大統領の訪中を決め、日中国交正常化につながった一連の動きは『ピンポン外交』と呼ばれ、まさに世界の歴史を動かした。これを仕掛けた中心人物のひとりは、荻村伊智朗(のちの国際卓球連盟会長)だった。荻村は1954年、56年の世界選手権男子シングルスのチャンピオン。ただ卓球選手であるだけでなく、幅広い国際感覚、卓球を通じた国際親善や社会貢献をプロデュースする発想と実行力の持ち主だった。ピンポン外交は、荻村が前年(1970年)に訪中し、周恩来首相と会談したのをきっかけに始まったといわれる。つまり、政治がスポーツに介入したのでなく、スポーツの側から政治的な打開の場を提供した、スポーツの側に主導する人材がいた。そこが、今回の南北合同チームの実現と決定的に違うところである。
スポーツの祭典に参加するならルールを守るべき
綺麗事を言えば、スポーツと政治は別であるべきだとも言えるが、現実的に、スポーツと政治は密接に関係している。政治力なしに、巨大化したオリンピック、世界経済の一翼を担う分野になったスポーツビジネスは成立しない、円滑に動かない。むしろ、スポーツが政治とどう連動するか、政治家にスポーツの可能性をもっと深く認識され、意識革命をもたらす必要があることは、以前、『VICTORY』で「衆院選、スポーツは各政党マニフェストにほとんど記載されていない。」というコラムでも指摘した。それ以上に、スポーツの側に、政治家を超える展望と発想、そして実現する行動力と人望を持った人材を育てることこそ、重要なのだと、今回の騒動は教えているように思う。
にわかに起こった合同チーム実現を他国の人々が手放しに歓迎できない違和感のひとつは、スポーツの良識を逸脱している、という事実もあるだろう。
北朝鮮がオリンピックに参加するなら、つまり国際舞台に登場するなら、本来はオリンピックのそしてスポーツのルールとマナーを遵守する大前提を互いに確認するべきだ。本当は「もう遅い!」「選手登録の締め切りは終わりましたよ」とするのがスポーツのルールに則った作法だろう。
仮に特殊な国際情勢に鑑み、「平和の祭典」を大きな使命と謳うIOCが、その使命を果たすために多少の例外措置を採るというならそれは容認されて良いと思う。しかし、国際的な取り決めを遵守せず、自分たちの論理で強行する傾向の強い北朝鮮が、スポーツの舞台でも傍若無人に身勝手を押し通し続けることを許すのは違うだろう。そこはしっかりと、スポーツのマナー、スポーツのルールに従うことを北朝鮮が受け入れる前提を確認するのは、IOC、そして平昌オリンピック組織委員会がするべき最低限の務めではないだろうか。
<了>
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