五輪前に語った、天然の気のある回答と宿題

昨秋のカナダ遠征、帰国前日に藤澤五月と話をした。まだオリンピックまで3カ月近く時間があったが、本番前はバタバタするだろうから早いうちに、目標であったり抱負だったりを聞きたかった。「メダルを狙います」まで直接的でなくとも、「夢の舞台ですから楽しんできます」くらいのコメントを引き出すつもりでいた。

しかし、日本のエースの口は思いの外、重かった。長い遠征を終え蓄積した疲労もあるだろうが、「まだそこまでイメージはしてなくて」と苦笑いを浮かべたのち語ってくれたのは、

「オリンピックというのは他の大会と違ってプレッシャーとかストレスとかあるとは思うんですけど、それを準備の段階でできるだけ少なくしたいな、という気持ちはある。いかに心地良い状態で大会に臨めるか。細かいことですけど、移動とか食事とか、バスタブやドライヤーあるかないかとか、ベッドの柔らかさとか」

という、オフアイスの過ごし方などのディテールだった。

原稿的には小ネタにはなるけれど、まさか「藤澤、マイナスイオンのドライヤー熱望」と大見出しは打てない。

続けて「あとは」と言うので言葉を待つと、「私は喉が弱いのでマスクとネックウォーマーとのど飴は持っていきます」というさらなる小ネタを出してくれた。ちょっと天然の気がある彼女らしい追い打ちではあったが、同じくこれでは見出しにはならない。

切り口を変えてみる。ソチ五輪後、藤澤五月というカーラーは大きな決断をしてきたと思うけれど、この4年は早かった?

「チームを変えたり、勝てなかった時期があって、今、思うと結構あっという間でしたね。悔しい思いはしたけれど、そのぶんダラダラ過ごすことがなかったのでそう思うのかもしれません」

過去から未来へと話を繋げ、ポジティブな言葉を待つのはインタビュアーの常套手段だ。念願の、8年越しのオリンピックへ。そんな思いを口にしてほしくて、畳み掛ける。

オリンピックという大舞台、全試合地上波で放送されます。日本中が藤澤五月に注目することになるけれど、自分のどんなショットに注目してほしいですか。

彼女は圧倒的な練習量をバックボーンにした多彩なショットが強みだ。石半個レベルで求められる精緻なドローも、早いウェイトのテイクも、いずれも苦にしない。オープンなハウスでフリーズを連発し2点を取るエンドもあれば、4失点覚悟の苦しいハウスをランバックトリプルで打開する離れ業もやってのける。

「自分の…ショット…。プレー……」

藤澤は呟き、少し頬づえをついて考えた後、「すいません。これ、宿題にしてもいいですか。オリンピックまでに考えておきます」。そう言った。

(C)The Asahi Shimbun/Getty Images

口にするのは常に反省や課題、感謝 完璧を求める求道者のような姿

メディア嫌いではないが、取材対応は決して得意なほうではない。それでもどんな質問でもしっかり考えて、思い出して、正直に答えてくれる彼女が回答を保留するのは初めてだった。

少し気になって取材ノートを引っ張り出し、過去の彼女のコメントを遡ってみた。

「練習量を信じてプレーできました」(2011年2月、日本選手権初優勝)
「アイスに慣れてきたとき、いつ仕掛けるのかアイスの読みに応じた決断が課題」(2013年3月、世界選手権初出場で7位)
「私の力が足りなかった」(2013年9月、ソチ五輪代表決定トライアル敗退後)
「やったぜというより、ありがとうという感じです」(2016年2月、ロコ・ソラーレ移籍後に日本選手権制覇)
「永遠の課題はアイスリーディング」(2017年シーズンイン直前)

真面目か。

他チームの選手やメディアが彼女の得意なショットを挙げ、スーパーショットを語ることはあっても、当の本人の口からは反省や課題、チームへの感謝が先に並ぶ。自画自賛どころか自分のプレーについて自分から言及したことは数えるほどだ。

以前、「スキップってみんなそうだと思うんですけど、自分のショットは割と忘れちゃうんですよ。むしろ『あれを決めていれば』という悔しさが残ることのほうが多いです」と言っていたこともあった。

確かに彼女は、「あの新しいパス、よく通したね」と言えば、「あれはスイーパーが運んでくれたから」と返すし、「きれいなヒットロールだったね」と振っても、「ほんとはもう半分、隠したかったんです」と悔しさをにじませる。照れ隠しもあるのかもしれないが、最後には必ず「いやー、まだまだです」と付け足す。その姿は常に完璧を求める求道者のようだ。そしてその道に終わりはない。常に飢えているからこそ、あんなに楽しそうにカーリングをするのかもしれない。

平昌五輪の前日に語った宿題の答えと、追試

(C)Getty Images

2月8日、平昌五輪開幕式の前日だ。ソウルへ向かうフライトの搭乗直前、珍しく彼女が話しかけてくれた。

「あの、宿題なんですけど」

しっかり覚えていてくれたようだ。真面目で誠実で少しシャイな、いかにも彼女らしい切り出し方だった。

「戦術、ってしておいてください」

曖昧な答えではあった。いつもに増して攻めるカーリングをするとか、そういうことなのだろうか。あるいはチームとして新しいショットセレクションを大舞台で試すのだろうか。

「まだ分からないけど、いい試合はやってきます」

答えになっていないのだが、時間もなかったので、「じゃあオリンピックの宿題としてどのショットに満足したか、終わったら教えてください」とだけお願いしておいた。

そして「いよいよ、オリンピックだけど」と水を向けると、軽く首をかしげる。

「うーん、実はそんなにいつもの遠征と変わらないんですよね。これ、着てるだけで」

袖を掴んで腕を広げる仕草で日本選手団の公式スーツを示した。多少のリクルート感は否めないが、よく似合っている。日本のエースには記者泣かせの一面もあるが、晴れ晴れとした表情をしているのが救いだった。「楽しんできて」としか言えなかったが、大きく「はーい」と返事をしてくれ、笑顔で出発ゲートをくぐっていった。

アメリカ戦で見えた課題と手応え

(C)Getty Images

迎えた初戦のアメリカ戦、ロコ・ソラーレ北見は序盤から相手にプレッシャーをかけるようなセットアップに成功した。吉田夕梨花、鈴木夕湖が相手のフロントエンドに投げ勝ち、この日のホットハンド・吉田知那美は難易度の高いトライを幾度も成功させ、得点の契機を生んだ。

ウィック、ランバック、ダブルテイクアウト、ヒットロール、カマー、レイズ。多彩なショットをメンバーに求めた藤澤が出発前に残した「戦術、ってしておいてください」という暫定の回答はあながち嘘ではなかった。

肝心の藤澤のショット率は決して高くはなかったが、だからこそ「いやー、まだまだです」と言いながら、予選ラウンド後半に向けて。彼女は課題を力に変換してくるだろう。五輪期間中に追試「どのショットに満足したか」の回答を得ることができるだろうか。もし答えが出るとしたら、日本の予選ラウンド突破はかなり現実的になってくるだろう。求道者の完璧なショットを待ちたい。

<了>

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1979年神奈川県出身。フリーランスライター。著書に『BBB ビーサン!! 15万円ぽっちワールドフットボール観戦旅』『日々是蹴球』(講談社)がある。カーリング09年から取材を始め、Yahoo!ニュース個人で「曲がれ、ストーン!」を連載中。https://news.yahoo.co.jp/byline/takedasoichiro/