「全員集合」のキャンプにあるメリットとデメリット

プロ野球の春季キャンプも、終盤を迎えている。2月24日からはオープン戦も始まり、各球団はシーズン開幕へ向けて徐々にエンジンをかけていく時期がやってきた。

キャンプでの見どころといえば、新戦力の状態や主力選手の仕上がり具合だが、各球団の練習メニューや内容には、正直ほとんど差はない。

もちろん、球団によって練習時間が多少違ったり、観客の多さやチームの雰囲気などの差はある。ただ、「この球団は、他球団と比較して面白いことをやっているな」という分かりやすい違いがあるかというと、そうではない。

プロ野球では、2月1日に12球団が一斉に春季キャンプをスタートさせる。アリゾナでキャンプイン(17日からは沖縄)する日本ハムを除いた11球団は国内の宮崎、沖縄で約1カ月間、シーズンに備えることになる。

球団によって多少異なるが、「4勤1休」もしくは「5勤1休」のサイクルが基本。投手組、野手組がA班、B班に分かれて、そこからさらに3~6人に組み分けられる。日によってメンバーが変わることもあるが、組ごとにローテーションでメニューをこなしていくというのが一般的だ。

筆者は今年、宮崎で昨季王者のソフトバンク、広島を中心にキャンプ取材を行ったが、選手個人で目を引くケースはあっても、練習内容やチームとしての取り組みに目新しさを感じることはなかった。

12球団すべてが、全く同じ日に、ほぼ同じ場所で、「全員集合」でスタートさせる日本球界の春季キャンプ。当然ながらそこにはメリットとデメリットが存在する。

メリットとして挙げられるのは、全選手が揃うことで連係プレーなどを入念に仕上げていくことができること。さらには、新入団選手がチームに溶け込む機会が与えられることだろう。

1カ月間、同じ宿に泊まり、同じグラウンドで汗を流す。シーズンが始まれば全体練習の時間などは限られてくるし、連係の確認やチームワークの形成をするタイミングは、春季キャンプくらいしかない。

その一方で、「全員集合」することによって選手個々の練習時間が制限されてしまうというデメリットも存在する。

プロ野球選手に「キャンプでのテーマ」を聞くと、十中八九返ってくる答えが「シーズンを通して戦えるための体づくり」だ。

ほぼ毎日試合があるシーズン中は、疲労を貯めないために体に負荷のかかるような厳しい練習を行うことはできない。だからこそ、シーズン前のこの時期に、体を徹底的にいじめ抜いて1年間戦える肉体をつくり上げる。

ここでひとつ、疑問が生じる。「シーズンを通して戦える体づくり」は、果たして春季キャンプのような全体練習でないと実践できないのか。

答えは、ノーだ。

選手たちも意味を理解していない練習がたびたび行われている

キャンプでは前述のとおり、選手たちが組み分けされ、ローテーションでメニューをこなしていく。例えば、投手は数人単位で投内連係、牽制、ブルペン、バント練習……。打者はフリーバッティング、ロングティー、ティー、ランニング……。こういった練習を「1組につき何分ずつ」といったスケジュールに沿って行うわけだ。

練習を見ていると、「あれ、もう打撃練習は終わりか」、「牽制の練習、ずいぶんさらっと終わったな」といった場面を多く見かける。

それもそのはず。プロ野球の支配下登録枠は70人。各球団、シーズン中の補強などに備えて数人の「空き」をつくってはいるが、ここに育成選手を加えると全体の人数はかなりの数になる。A班、B班に分けられているとはいえ、グラウンドの数も限られており、どうしても選手1人に対する練習量を十分確保できているとはいい難い。

また、今春キャンプではこんなシーンも見かけた。

メイングラウンドとは別のサブグラウンドで、あるチームの投手組が「走塁練習」と「守備練習」を行っていた。

走者になったことを想定して、一塁から二塁、二塁から三塁、三塁からホームへと還ってくるのだが、サブグラウンドで観客もいないためか、雰囲気は「悪い意味」で非常に緩い。

一応、「実戦を想定」しているのだろうが、三塁走者としてタッチアップをする場面でも、実際に打球が飛ぶわけではないため、個々が「エア練習」のような形で一度ベースに戻り、自分のタイミングでスタートを切る。それも全力疾走ではなく、「とりあえず走る」といった印象だ。人数も多いため、一人が走っている間、他の選手は後ろで暇そうに談笑している。

守備練習もそうだ。
マウンド上で、ピッチャーゴロを想定したノックならまだ理解できるが、筆者が見たのはショートとセカンドの位置に2組に分かれて行う、いわゆる「ゲッツー」を想定したノックだった。

プロ野球の投手が、試合でショートやセカンドの守備につくことなど、まずあり得ない。

当然、そこに飛んでくるゴロをさばくことも実戦では起こりえないことで、果たしてこれが何のための練習なのか、正直理解できなかった。

打球を処理することではなく、追うことで下半身を強化する狙いがあるのか……、と無理矢理に考えてみたものの、走塁練習と同じく人数が多いため、実際に1人の選手が打球を処理する回数は4~5回ほど。

試合では絶対にありえないケースを想定した練習を、投手全員で1人あたり数回こなす程度の練習に、いったいどんな意味があるのか。

思い切って、練習後に一人の選手に雑談交じりで「今の練習は、どういう目的?」と聞いてみると、「よくわからないです(笑)」という言葉が返ってきた。

――選手たちも、「よくわかっていない」のだ。

キャンプだから、全体練習だから、決められたメニューだから、なんとなく練習をこなす。これでは、チームワークの形成はもちろん、「シーズンを戦うための体づくり」に役立つはずがない。

むしろ、「個人練習」の時間として各々が自分に必要だと思う練習を行うなり、休息をとるなりする方が、まだ有効に思える。

ここであげたのは、ほんの一例だ。
春季キャンプを見ていると、どうしても「非効率」に思える場面をたびたび目にする。

キャンプの仕組みを試行錯誤する時期が来ている

2月1日の12球団一斉キャンプインは、日本球界の風物詩でもある。キャンプが不要だといっているわけでも、全体練習が無意味だといっているわけでもない。

ただ、毎年当たり前のように行われている現状のキャンプの仕組みには、間違いなく改善の余地がある。

メジャーリーグのように、投手と野手でキャンプインの時期をずらすのも、キャンプ期間自体を縮小させるのも、やり方としてはありかもしれない。もしくは、自費で個人トレーニングを行える主力選手だけは、後からの参加を許すといったことを考えてもいいかもしれない。実際、外国人選手の中には「メジャー式の調整」で2月中旬になってようやく来日する者も多い。

「体づくり」の時期は個人練習と全体練習を併用し、実際に「キャンプイン」した後はより実戦に近い練習や対外試合を行うといったスケジューリングにしても、いいかもしれない。

特に、前年下位に終わった球団は、上位球団と同じ取り組みをしていてもその差は埋まらない。思い切った練習体系やメニューを考案するなど、試行錯誤してみてもいいはずだ。

ファンにとっても、メディアにとっても、春季キャンプは選手をいつもより間近で見られる貴重な機会だ。だからこそ、形骸化しつつある今のプロ野球春季キャンプに風穴を開けてくれるような、そんなチームが現れるのを期待してしまう。

日本野球が誇る「全員野球」を大事にしつつ、春季キャンプの一番の目的でもあるシーズンに向けた体づくりを、実践する。

現状の春季キャンプは、おそらく「正解」ではない。

最適な方法は、まだあるはずだ。

<了>

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花田雪

1983年生まれ。神奈川県出身。編集プロダクション勤務を経て、2015年に独立。ライター、編集者として年間50人以上のアスリート・著名人にインタビューを行うなど、野球を中心に大相撲、サッカー、バスケットボール、ラグビーなど、さまざまなジャンルのスポーツ媒体で編集・執筆を手がける。