本記事では、株式会社星海社さま・著者さまより許諾を得て、2018年4月25日発売となる五百蔵容さんの著作「ハリルホジッチ・プラン サッカー後進国日本 逆転の戦術論 (星海社新書) 」より抜粋した内容をお届けします。
 
2018年3月29日時点で本書に電子書籍化の予定はなく、WEBで「全文」が記事掲載されるのは本記事が初めてとなります。VICTORYにて非常に鋭い論考を発し続けている五百蔵さんは、著作においてどのような分析を行なったのか? その一端をご覧ください。なお文中の「注」は断りがない限りVICTORY編集部が補足したものです。また、写真はGettyImagesによるもので、いずれも書籍には掲載されません。予めご了承ください。

<以下、「ハリルホジッチ・プラン サッカー後進国日本 逆転の戦術論 (星海社新書)」より転載>

ハリルホジッチ・プラン サッカー後進国日本 逆転の戦術論 (星海社新書) | 五百蔵 容 |本 | 通販 | Amazon

©GettyImages

ドイツ代表の戦略と戦術

 この大会(※注 2014年ブラジルW杯)に臨む上でドイツ代表の採った戦略方針を改めて確認します。

●当時の気候条件を考慮し、敵陣におけるプレッシングの頻度を減らすことで、運動量やフィジカル面での消耗を避ける。
●ハイプレッシングを減らすことで守備面で問題が起こることが想定されるが、システムやゲームモデル、人選の変更など戦術レベルの調整で対応する。

 目的は、長期にわたるトーナメントを通してパフォーマンスを発揮できるようにする、ということ。その方針にのっとり、本章の冒頭に記したような戦術面での調整が行われた結果、ハリルホジッチのアルジェリアと対する決勝トーナメント第1戦では、次のような狙い、やり方でまとまっていました。
 
●4―3―3で攻撃し、4―1―4―1で守ることで、攻撃→守備、守備→攻撃時の移動をシンプルにし、トランジションを効率的に行い体力を温存。
●中央、サイド双方に関われる機動性の高いCFを起用。
●ワイドにも張れるが、インサイドに入ってゲームメイクにも関われるタイプのインサイドWGを起用。
●攻撃的なMFとしても守備的なMFとしても振る舞えるインサイドハーフを起用し、DFライン前で孤立しがちなアンカーをサポートしながら攻撃する。
●4人のCBによる4バック。SBはサイドのシンプルな上下動に専心し中央の封鎖効率と相手のサイドアタックへの耐久性を確保する。
●ゴールに直結する攻撃を受けるの避けるため、中央からの攻撃をできる限り避け、サイドからビルドアップ(敵陣にボールを運ぶ)する。
●中央を固めつつサイドを中心に攻撃するというやり方を効果的に行うため、5レーン理論を採用し、ハーフスペースを最大限活用する。
●アルジェリアは4バックを採用しているため、ハーフスペースを使った攻撃が有効なはずである。

図表:五百蔵容

これらの狙い、やり方を組み合わせることにより、ドイツ代表の戦術的アクションには次のようなきわめて特徴的で機能的な仕組みが現われていました。

©GettyImages

攻撃のスクエア・守備のスクエア

 次ページの図(注:書籍表記ママ)をご覧ください。採用した戦術、個々の選手のアクションによってドイツ代表のピッチには、ハーフスペースを中心軸に、にそれぞれスクエア(四角形)をなす4つの仮想エリアが形成されていることがわかります。
 
 敵陣に形成されるスクエアでは、四人でボールを保持しながら適時ハーフスペースを使いボールをゴールに向かって運びます。あるいはハーフスペースを使うアクションを囮にしてアルジェリアのBOXサイド、BOX内への侵入をうかがう、そういった裏表の仕掛けができています。翻って自陣では、やはりスクエアを形成することで、自陣のサイドエリアに入ってくる敵に対しあたかも包囲網を敷くかのような防御が可能になっています。

図表:五百蔵容

 これが、この大会におけるドイツ代表の強力で再現性の高い攻撃と守備を両立させる、戦術的な堅牢性の核心でした。レーヴ監督の戦略通り、フィジカル面での消耗を抑制しつつ攻守のバランスを整えたチームになっていたと言えます。
 
 しかし、ドイツ代表が大会に入って行った戦略レベルの変更も、戦術上の仕組みもハリルホジッチには見えていました。レーヴのプランには綻びの種が潜んでおり、彼は巧みにそれを隠していましたが、そのメカニズムを見抜いたハリルホジッチのプランにより手痛く暴露されることになります。

©GettyImages

ハリルホジッチの智略――ドイツのスクエアを破壊し、分断せよ

 ドイツが仮想的に形成するこの二つのスクエアをいかに崩し、機能不全に追いやるか。ハリルホジッチの戦略は、そこに絞られていました。レーヴがこの戦略・戦術を用いているからこそ、どうしても手薄になってしまうスペース、局面が存在します。それをいかなる手段であぶり出し手に入れるか、ハリルホジッチには見えていました。結果としてアルジェリアは、ドイツが使いたいと考えていたハーフスペースを逆に使って反撃し、ドイツゴールを脅かすことになったのです。
 
 それでは、レーヴのドイツ代表を追い詰めた、ハリルホジッチ・プランの概要、方法を分析してみましょう。
 
 まず次ページ図をご覧ください。ハリルホジッチは、ドイツ代表がアルジェリア陣に形成したいスクエアに対応した、SH・SB・DH・CBによるスクエアを形成、プレッシングをはめ込んでいました。ドイツ側が起点を作ろうとするハーフスペースに対し強烈な圧力をかけ、ここ(図×印)に入るボールを奪うことが意図されています。その瞬間、ボールを失うドイツの選手に対してアルジェリア側は2対1、もしくは3対1の数的優位を得られます。

図表:五百蔵容

 ドイツ代表は失ったボールに対し即時カウンタープレッシングをかけてきますが、この数的優位を活かし、準備されたパスワークでボールをキープ。ドイツ側ががら空きにしているハーフスペースを駆け上がるSHに託すか、ドイツ陣、アンカーサイドで待つCF・トップ下に送り、やはり空いたハーフスペースを駆け上がるSHとの連係で素早くドイツのBOXへ迫ります。
 
 この反撃を成り立たせるため、ハリルホジッチは事前に三つの手段を用いています。一つ目は、守備ブロック全体を自陣に引き、ミドルゾーンの自陣側を主要なプレッシングゾーンとすること。二つ目は、CFのスリマニ(当時はスポルディング所属)に、裏を突いたり、裏を突くと見せかけてバイタルエリアに引かせたりなど、ドイツCBと駆け引きさせること。さらに三つ目、自陣からのロングボールをスリマニの動きに合わせて放ち、ドイツのDFラインを強制的に下げること。
 
 これによって、ドイツ代表のアタッカーとインサイドハーフを自陣に引き寄せ、かつそのDFラインを上下に操作することによって彼らの陣形全体を間延びさせ、攻撃スクエアを形成したいエリアと守備スクエアを形成したいエリアを分断します。前記したドイツ代表の仮想スクエア図をここでご覧いただければ、この分断によって攻撃・守備のスクエア共に自壊することがわかると思います。両スクエアの重要な頂点を構成するインサイドハーフ(もしくはポジションチェンジでここに入る選手)の動きがバランスを崩され、敵陣側か自陣側どちらかに引っ張られてしまうからです。

図表:五百蔵容

 これらの戦術的なアクションは、最終的に次のような状況を生み出します。
 
 4―3―3(4―1―4―1)の泣き所である「アンカーサイドのスペース」が暴露されるだけでなく、その周囲に広大なスペースが形成されます。それは、ドイツの攻撃スクエアを崩して奪ったボールを受けポストプレーを行ったり、ロングボールを利用したりしてドイツCBと駆け引きをするCFスリマニに大きな自由が与えられることをも意味し、そのことでドイツのハーフスペース戦略を逆用するアルジェリアの反撃はより容易に、よりスピーディになります。
 
 このような構造を備えたスピーディな反撃で、アルジェリアはドイツの守備陣の準備が整わないうちにドイツゴールを脅かすことに何度も成功していました。この反撃が成立するということは、既述の通りドイツ側の狙いが機能不全にされているということです。GKノイアー(バイエルン・ミュンヘン)の見事な対応やアルジェリア側の仕留めのミスがなければ、続く準々決勝ではフランス、準決勝では開催国ブラジル、決勝ではアルゼンチンという強豪中の強豪を次々に下して大会を制したドイツ代表は、このベスト16で姿を消していたかもしれません。

アルジェリア代表の「戦術的デュエル」

 ここで、主導権をアルジェリア代表にもたらしたこの試合のハリルホジッチ・プランにとって、どのような「戦術的デュエル」が重要だったか、確認してみましょう。既にあげた図中に、戦術的デュエルが要求されたポイントを追記してみます(次ページ図)。

図表:五百蔵容

 ドイツ代表の攻撃スクエアを潰しに行くSH・SB・DHは、ドイツの攻撃陣に自由を与えないデュエルが要求されています。それができてはじめて、人数的、状況的に受け手の準備が不十分なまま、ハーフスペースにボールを出してしまうという事態へと、ドイツを追いやることができます。そのボールを奪ったあと、再奪取されないボールキープのデュエルも求められます。前述の通り、ドイツ代表はボールを奪い返すためカウンタープレッシングをかけてきますから、例えばアルジェリアの左サイドSHスダニ(ディナモ・ザグレブ)はそのコンタクトに耐え、ボールを持って前を向くか、同サイドで対ドイツスクエアを組んでいるCBハリシュ(アカデミカ・デ・コインブラ)、SBのグラム(ナポリ)、DHラセン(ヘタフェ)らにクリーンなボールを落とし、反転してドイツ陣のハーフスペースに走り込むことが求められていました。この4人それぞれがドイツ代表とのコンタクトプレーに正面から応じるだけでなく、必要であればパスワークを駆使してドイツのカウンタープレッシングをかわし、グループでボールキープして敵陣に生じるスペースへ素早くボールを送り込まなければなりません。
 
 この「戦術的デュエル」にしくじると、ドイツ陣アンカーサイドで待つスリマニにボールを託せず、戦略上決定的な起点を得られなくなります。そのスリマニは、ドイツの両CB(ボアテング、メルテザッカー)、アンカーのラーム、ラームのサポートに戻ってくるインサイドハーフ(クロース、シュヴァインシュタイガー)とのデュエルを凌ぎ、ボアテングらの裏に出るか、ハーフスペースを駆け上がるスダニや逆サイドのSHフェグリ(アルメリア)にボールを供給してラストプレーにつなげることが求められていました。
 
 本当に、このような「正面衝突」が必要だったのか? 個の力において自らを上回るドイツ代表のスター選手たちとの直接対決を避ける戦略の模索、採用という選択肢はなかったのでしょうか。
 
 そのような選択肢はないのです。あったとしても二義的なものだったでしょう。なぜなら、ドイツ代表の戦術、やり方、その骨格を直接叩くことこそが勝利への最短・最善の方法だからです。なぜ、それが最短・最善なのか。骨格を叩くことができれば、こちらの手筋に対して相手が取り得る応手の選択肢を狭めることができます。強いチームであればあるほど強固な戦略・戦術的な骨格を備えており、だからこそそれを容易に別の骨格に置き換えることができないからです。
 
 ハリルホジッチはこれらの「戦術的デュエル」に耐え抜くことが、ドイツ代表という最強の骨格を持つ敵に勝つ大前提となると、選手たちに伝えていたはずです。その戦いに耐えるフィジカルが、敵の強大さにひるまないメンタルが必要だと。そのデュエルを活かすソリューションとしてのタクティクス(戦術)は、既に用意してある、と。
 
 就任以来、日本代表にも重ねて向上を要求している、「タクティクス・フィジカル・メンタル」。ハリルホジッチは同じ要件を、アルジェリア代表にも求めていたことでしょう。アルジェリアの選手たちはそれに応え「戦術的デュエル」をやり抜き、覇者となるチームを土俵際まで追い詰めたのでした。完全に主導権を握れていた前半に先制できていれば、ベスト8に進んでいたのは彼らだったかもしれません。

<転載ここまで>

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五百蔵容

著者プロフィール 五百蔵容

いほろい・ただし。株式会社セガにてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。ゲームシステム・ストーリーの構造分析の経験から様々な対象を考察、分析。web媒体を中心に寄稿・発言しています。