(C)荒川祐史

東京2020は無形のレガシーを創る大会に

1964年の東京オリンピックは、東海道新幹線や首都高の開通など有形のレガシーが数多く残った大会だった。だが、2020年東京オリンピック・パラリンピックで目指すべきは、そうした再開発型の大会ではないと間野氏は言う。

「2020年は若い人たちを中心に、スポーツを活用したソーシャルビジネスを考えてもらいたいと考えています。今の日本は数々の社会問題を抱えています。いじめや貧困、健康寿命、こうした社会の問題を解決するためにスポーツをどう使うのか。オリンピック・パラリンピックを開催した後に何を見いだすのか。スポーツによってどんな価値を伝え、何の課題を解決していくのか。“ゴールデン・スポーツイヤーズ”をきっかけに皆さんと一緒に考えることができれば、本当のレガシーを創ることができるのではないでしょうか」

ラグビーワールドカップ2019、東京2020オリンピック・パラリンピック、 ワールドマスターズゲームズ2021関西。3年連続で世界的なスポーツイベントを開催する日本にとって、この3年はまさに“ゴールデン・スポーツイヤーズ”とも呼べるものだ。日本全体でレガシーに取り組むには絶好の機会が来ていると間野氏は言う。

また間野氏はレガシーを考える際には、多面的な視点が必要だとも話す。有形か無形か、ポジティブかネガティブか、計画的か偶発的か。そんな中、東京オリンピック・パラリンピックでは、日本はどういったレガシーを創り出すべきなのか。間野氏は必ずしも自国のためだけのレガシーではなく、この日本という国だからこそ、他国のために遺すレガシーを創り出してもいいのではないかと語った。

IOCには206の国・地域が加盟しているが、過去31回の夏季大会のうち、74の国・地域がメダルゼロに終わっている。本来はメダルや結果が目的ではないイベントではあるはずだが、そこから生まれる歓喜や感動というものはやはり何物にも代えがたい素晴らしいものがあるのもまた確かだ。だからこそ、これまでメダルの獲得がない国や地域に対して日本は何を残すことができるかを考えていってはどうかと話す。

「ホスト国としてゲストにとって本当に心に残るおもてなしを考えないといけません。なんで他の国を応援しないといけないのか?と思う方もいるかもしれませんが、日本人だからこそできることなのではないかと思います。本当のおもてなしとは何なのか」

コーチの派遣や競技者の受け入れ、そして「1区市町村」で競技力向上の支援、さらにはパラリンピックの支援など、日本ができること、考えるべきことはあるのではないかと間野氏は提案した。

(C)荒川祐史

若い世代がオリンピック・パラリンピックを「自分ごと」にできるかが課題

IOC憲章の変化によって2012年のロンドンオリンピックからは、招致段階でレガシーに関する計画を含めることが義務づけられた。間野氏はロンドンが目指した5つのレガシー創出(※)のうち、若い世代の啓発には若干の課題が残ったという。その理由について間野氏は分析する。

(※ロンドンオリンピックにおける招致段階からのレガシープランニングは以下の5つ
 ①イギリスを世界トップのスポーツ大国へ
 ②東ロンドンの都市開発
 ③若者世代の啓発
 ④オリンピックパークの設計
 ⑤イギリスを創造的なビジネス国家のイメージへ)

「おそらくですが、若者にスポーツを“させよう”、ボランティアを“させよう”とすることばかりに意識してしまったことに理由があったのではないかと思います。フランスはそこを見た上で、スポーツをしていない人たち、好きではない人たちでもオリンピックに関わる機会を創ることを考えています」

2024年大会の開催地に決まっているパリではユヌス・センターを設立し、若者、アスリート、テクノロジーの組み合わせによって3つのゼロ(①貧困、②失業、③カーボン排出量)を達成することを目指している。

アスリートを“活用”するという点では確かにスポーツは関係しているが、その達成目標はスポーツとは直接関係ない。しかし、若者を中心にスポーツを“活用”して社会問題を解決すること、「スポーツ・ソーシャルビジネスを創り出すことが最高のレガシーです」と、間野氏は言う。

では若い世代が“自分ごと”として東京2020オリンピック・パラリンピックを捉えるためには何が必要なのだろうか。

その一例として、昨年開催された『渋谷民100人未来共創プロジェクト』が紹介された。間野氏が三菱総合研究所時代から関わっているレガシー共創協議会と渋谷区によって開催され、東京2020オリンピック・パラリンピックを契機として次世代を担う若者が社会づくりに積極的に関わっていくことを目的とし、地方自治体(渋谷区)や企業(レガシー共創協議会会員)などとの連携を通じて、その具体化までを一貫して目指すオープンイノベーションプロジェクトだ。応募した満18歳から29歳の若者が4分野(スポーツ・健康、文化・エンターテインメント、共生、コミュニティ)に分かれてワークショップを開催。その後コンテストが開催され、優れたアイデアには渋谷区長賞、企業賞などが表彰された。結果的にスポーツと関係のない9つのプロジェクトが受賞したと間野氏は言う。

「若い人たちに“自分ごと”として参加してもらうことが大事だと考えています。今は一部の大企業や自治体が仕切っていて、どうしても“他人ごと”のようになっています。皆さん一人ひとりがレガシー創りに参加できるということを考えてもらいたいと思います」

目に見えるものではない無形のレガシー。そのためアイデアやビジネスプランが描かれた事業計画書という有形のものが重要性を増すと、間野氏は言う。紙に書かないことは人には伝わらない、そして記憶も薄れていく。ビジネスプランコンテストの実施など若い世代も多く巻き込んでいく機会がさらなるアイデアに繋がっていく。

メダルの数や記録ではなく、終わった後に何を残していくのか。残ったものを託されるのは間違いなく若い世代である。正しい世代交代をしていくためにも、無形のレガシー創りには若い人たちの力が必要といえるだろう。

<了>

(C)荒川祐史

[PROFILE]
間野義之
早稲田大学スポーツ科学学術院教授・スポーツ政策論
1963年12月2日生まれ、横浜市出身。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了後、株式会社三菱総合研究所に入社。研究員、主任研究員を務め、中央省庁・地方自治体のスポーツ・教育・健康政策の調査研究に従事。同社退職後、2002年4月より早稲田大学人間科学部助教授、03年4月の同大学スポーツ科学部設立に伴いスポーツ科学部助教授に。専門はスポーツ政策。早稲田大学スポーツビジネス研究所所長。著書に『スポーツビジネスの未来2018-2027』『オリンピック・レガシー:2020年東京をこう変える!』、『奇跡の3年 2019・2020・2021 ゴールデン・スポーツイヤーズが地方を変える』など。

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新川諒

1986年、大阪府生まれ。オハイオ州のBaldwin-Wallace大学でスポーツマネージメントを専攻し、在学時にクリーブランド・インディアンズで広報部インターン兼通訳として2年間勤務。その後ボストン・レッドソックス、ミネソタ・ツインズ、シカゴ・カブスで5年間日本人選手の通訳を担当。2015年からフリーとなり、通訳・翻訳者・ライターとして活動中。