【前編はこちら】張本智和は、なぜ日本卓球界のエースとなれたのか?「勉強が一番」の教育方針

日本卓球界に颯爽と現れたニューヒーロー、張本智和。今年の全日本選手権では、リオデジャネイロオリンピックで銅メダルに輝いた水谷隼を破り、史上最年少優勝を果たすなど、その躍進ぶりはすさまじいものがあります。2年後の東京2020での活躍も期待される“14歳の怪物”はいかなる環境で育ったのでしょうか? 張本家の教育方針から、その答えをひも解きます。(文=千葉正樹(フリーエディター&ジャーナリスト))

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両親からの指導を受け、小学生にして完成度の高い選手に

張本選手の卓球の素質については、両親が指導している仙台ジュニアクラブで育まれた。だが、昔から父親、母親が付きっきりで卓球の英才教育を施し、ハードなメニューをこなしていたかというと、これもまた異なる。

小学生時代、張本選手が父親の宇さんとマンツーマンで練習するのは木曜のみで、それ以外はチームメートとの練習がメイン。そのため、多球練習も交代制で、球拾いも行っていた。つまり、実質的な練習量が突出して多いというわけでもない。

みんなと同様の練習メニューをこなす一方、父の宇さんからの指導で課題をクリアし、自らのスキルを向上させていく智和少年の吸収の早さは顕著だったという。

宇さんは正しいフォームを重視するスタイルで指導し、智和少年は小学生にして無駄を削ぎ落とした動き、優れた技巧、瞬間的な判断力など、卓球選手にとって必要なスキルを身に付けていった。その結果、2015年には小学6年生にして年齢制限のないワールドツアー本戦に史上最年少出場を果たしている。

もちろん卓球で結果を残す一方、この間も勉強をおろそかにすることはなかったという。

中学から故郷を離れた張本少年は東京でホームシックに?

そんな智和少年だが、地元仙台の小学校を卒業するとともに故郷を離れ、2016年4月から単身で東京のJOCエリートアカデミーに身を投じ、ハイレベルな環境で卓球と向き合っている。

JOCエリートアカデミーとは、将来オリンピックなど国際競技大会で活躍できる選手を育成するための事業。味の素ナショナルトレーニングセンターを生活拠点にして、競技力向上のほか、さまざまな能力を育むエリート機関である。ここでは卓球女子の平野美宇選手も研鑽を磨いている。

中学1年生の少年にとって親元を離れるのはつらいことのように思えるが、智和少年は幼い頃から頻繁に卓球で長距離遠征をしていたこともあり、すぐさま東京での生活に順応したという。

宇さんは「東京の中学校では、最初の数学テストでいきなり100点を取ったみたいですね。お母さん(凌さん)も喜んでいましたよ」と語った。実家を離れても、智和少年はしっかり勉強をこなしている模様だ。

仙台から東京へと移り住んだことで智和少年はホームシックになっているのでは、と思えるが、宇さんは「実は、智和を指導するため、ほぼ毎週東京に通っているんです。だから、家族と離れている感じはしないかもしれませんね。あまり会えないお母さんのほうがつらいんじゃないかな」と明かしている。

筆者は以前、JOCエリートアカデミーを通して張本選手にアンケート取材を行い“ホームシックになっていませんか? 故郷仙台を恋しく思うことは?”との質問を投げかけた。すると、本人から次のような返答が届いた。

「東京にいてホームシックになることがあります。ずんだ餅と牛タンが食べたくなるんです」

ずんだ餅と牛タンは、言わずもがな“仙台名物”である。地元宮城から離れて東京に生活の拠点を置いているからこそ、“郷土愛”からこのような返答となったようだ。

ちなみに“智和くんが取材アンケートでこのようなことを答えてくれました”と宇さんに伝えたところ「そんなことを言っていましたか。こないだ(仙台に)帰ってきた時、お母さんが作ったスペアリブをパクパク食べていましたよ(笑)」とのこと。アスリートとして“模範的”なメディア対応を見せる一方、卓球台を離れるとその素顔はやはり“育ち盛りの中学生”であるようだ。

いつでも変わらず力を出すためのルーティーン「チョレイ!」

©The Asahi Shimbun/Getty Images

JOCエリートアカデミーに所属してからの張本選手の成長ぶりは、著しいものがある。2016年12月には世界ジュニア選手権で優勝を果たし、U-18世代で史上最年少(13歳163日)となる世界一の座に輝いた。

2017年にはITTFワールドツアーで初優勝を経験し、2018年1月に行われた全日本卓球選手権では男子シングルスの頂点に立った。14歳にして日本一のタイトルを手中にしたのである。

年齢制限のない大舞台でも躍進を続ける張本選手のメンタルの秘訣はどこにあるのか。それを誰よりも熟知している父・宇さんに伺うと「どんなに頑張って練習しても、本番で力を出せなくては勝てません。本番で普段通りの力を発揮できることがアスリートとして大切なこと。メンタルは指導者が教えるだけでは育たないので、智和は生まれ持った資質があるのかもしれません。私にもできなかったことが、すでにできている」と語っている。

「智和はどんなに大きな大会でも、普段と同じように準備をして、緊張する場面でもいつも通りの動きをしています。逆にそれが小さな大会だったとしても、集中して戦っている」(宇さん)

張本選手といえばポイントを取ったあとの「チョレイ!」の大きな掛け声でも注目を集めた。「チョレイ」という言葉について特別な意味はなく、本人も「自然に出てきた掛け声」と語っている。これについて宇さんは「勝負の場では、精神力が大切です。だから、声を出して自分を奮い立たせ、積極的になっているんだと思います。『チョレイ!』は昔から使っている掛け声ですね」と答えている。

この掛け声については母の凌さんも「大きな声を出すことで自信がついたみたいで『それで自分のリズムがつくれるなら、続けてみたら』と言ったことがありました」と語っている。

この掛け声の大きさついては批判的な論調で報じるメディアもあったが、張本選手にとっては昔から当たり前のことをしているにすぎない。どのような勝負の場でも、いつもどおり力を最大限に発揮する。「チョレイ!」はそのためのルーティーンでもあるのだ。

張本選手が向き合っている2020年への大きな課題とは

©The Asahi Shimbun/Getty Images

これまで“日本卓球界の将来を背負う逸材”といわれてきた張本智和。その成長は加速度的に速く、2018年の卓球チームワールドカップでは日本男子チームの第1シングルスを任されたように、14歳にしてトップ選手の一人として認識されるまでに至った。

以前から張本選手は自身の目標について「2020年の東京オリンピックで、金メダルを2つ獲得すること」と公言している。

この金メダル2つとは、男子団体と男子シングルスの頂点を指している。そのためには、馬龍、許キン、樊振東(以上、中国)、ドミトリ・オフチャロフ、ティモ・ボル(以上、ドイツ)といったトップ選手の壁を超えなくてはならない。14歳の張本智和にとって、今後“このライバルたちをどうやって打ち破るか”が最大の課題となることは間違いないだろう。

卓球で世界のトップを目指す一方で「勉強が一番、卓球は二番」という家庭環境で育った少年は、勉強もおろそかにすることなく、毎日課題と向き合う生活を続けている。

2020年には高校2年生になっている張本智和は、どのようなプレーヤーへと成長を遂げるのか。そして、とてつもなく巨大な“頂点の壁”という課題をいかにしてクリアするのか。地道に、かつ着実に力を着けていくその姿から、今後も目が離せなくなりそうだ。

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千葉正樹

2004年から在籍したクルマ雑誌の編集部でモータースポーツを担当し、2007年からはサッカー媒体で各メディアの編集員を歴任。2015年からはフリーランスとして活動し、サッカーを中心にモータースポーツ、グルメ、バイクツーリング、温泉など、執筆活動は多岐にわたる。