サッカーの本質を強く意識させられる障がい者スポーツ

©高野洋

視覚に障がいを持つ選手がアイマスクを着けて行うブラインドサッカーの試合をできるだけ近い距離、生で見てみれば、サッカーという競技がどういうものか再認識させられる。生身の人間が全力で衝突してコートに倒れる音。フェンスに体ごと激しくぶつかり合ったときに起こる衝撃音。そして、選手の「ボイ!」(注:スペイン語で「行くぞ」の意味。ブラインドサッカーでは守備に入る際、この言葉を発してボール保持者にコンタクトしなければ「ノースピーキング」の反則対象となる)」の掛け声がコートに響く。

視覚以外のあらゆる感覚を研ぎ澄ませて争われるブラインドサッカーでは、まず聴覚に全神経を集中させる。だから観客は試合中に歌ったり、太鼓を鳴らしたりしてはいけない。コート上の選手がボールの音と気配、味方と敵とゴールの位置に集中しているからだ。試合に集中していると、強まった雨足、濡れた芝生で走るボールの速さ、そのとき吹いた突風にまで敏感になる。その代わり、ネットが揺れた瞬間だけは会場の全員が心のままに叫ぶ。激突音と静寂がもたらす緊張が、喜びの瞬間に歓喜となって昇華する。緊張と緩和のバランスが人間に喜びをもたらすというが、まさにそれだ。

また、私たちサッカーファンやプレーヤーが、ここ数年間で何度見聞きしてきた「デュエル」というフランス語も、日々配信されるニュースや、新聞、雑誌、本、記者会見、人によってはミーティングで何百回、数千回とその単語に触れてきた。「デュエル=決闘、球際の戦い、1対1でまず負けない」という大事な言葉は、繰り返されることで記号のように広まった。しかし、ブラインドサッカーを至近距離で見ると争いとしての「デュエル」がある種の実感を伴ってくる。

ブラインドサッカー専門の指導者が側にいる環境があれば、少しの時間でも実際にプレーしてみるといいかもしれない。視界を遮られた状態でボールに触れてみると何年もかけて手なづけたはずのボールが、文字通り足につかない。だから、かすかな音と気配を頼りに、ボールを見つけ出したときの喜びは格別だ。「見つけた。良かった。このボールを大事にしなければ」と思う。「味方が痛い思いをしてつないでくれたボールを、取られたままでいいはずがない」という気持ち、忘れかけていたいつかの記憶が蘇る。心のどこかに刻み込まれた闘争本能が目覚めだす。大事なボールがどこにいるのかを見つけ出し、マイボールにしようと必死になり、全身の神経をボールと仲間の気配、ゴールの方向に集中させる。シュートを外して笑うどころか、「今のはファウルだろ!」とレフェリーにアピールする時間も余裕もない。

ブラインドサッカー日本代表、佐々木ロベルト泉は、2018年3月頭、公式戦での接触プレーで額を4針縫う負傷をした。4針縫ったのは、試合後の話だ。応急処置のみで佐々木はその日のうちにすぐコートに戻った。およそ3週間後の3月21日、「IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2018」でのイングランド戦で負傷し、その開いた傷口は12針にまで広がった。佐々木は23日のトルコ戦も、24日のフランス戦も日本代表のユニフォームを纏い、自分よりひと回り大きな相手と体を全力でぶつけ合いながらコートを駆けた。「僕は日本代表ですから。セレソンだからね」。丁寧語と、いつもの言葉の溶け合い。外来語も自然に馴染む日本語の美しさが胸を突く。

サッカー選手はいつでも、ボールを運び、仲間につなぎ、取られたボールを追い駆け回す。ときどき痛い思いをして、這いつくばってもだ。目的はただ一つ。ゴールネットが揺れる音を聞き、仲間とともに勝利を喜び、叫ぶことだ。

世界最高峰のプレーを見せた名手たち

©高野洋

春分の日となる3月21日(水・祝)から25日(日)までの5日間、品川区の天王洲公園にて「IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2018」が開催された。小雪や雨の舞う肌寒い天候の中、3位決定戦、決勝戦が行われた25日は会場の桜が一気に花開く陽気となった。

第1回となる今大会は、強豪の6カ国が参加して行われた。出場国は、グループAの日本(世界ランク9位)、トルコ(同6位)、イングランド(12位)、グループBのアルゼンチン(同2位)、フランス(同14位)、ロシア(同13位)の6カ国。出場6カ国が3チーム・2グループに分かれ、1回戦総当たりのグループリーグを戦い、各グループ3位同士が5位決定戦、2位同士が3位決定戦、1位同士が決勝戦に進んだ。

晴天に恵まれた25日の決勝は、グループBを2勝、8得点無失点と圧倒的な個人技とチーム力で勝ち抜いた世界ランク2位のアルゼンチンと、グループAを1勝1敗ながら得失点差で勝ち抜けた世界ランク12位のイングランドの対戦となった。0−0のままタイムアップとなったゲームはPK戦で雌雄を決することに。PKを2−1で制したセレステ・イ・ブランコ(水色と白の意味でアルゼンチンの愛称)の歓喜の輪が弾けた。

得点王は、4点を決めた決勝戦PKの第一キッカーを努めたマキシミリアーノ・エスピニージョ(アルゼンチン)と、ダニエル・イングリッシュ(イングランド)の2人。ベストゴールキーパーはPKを含め1度もゴールを割らせなかったダリオ・レンシナとなった。大会を通して、勇敢かつフェアプレー精神にのっとったプレーを見せた選手に与えられるTANAKA Great effort awardはトルコのハサン・シャタイ、MIPにはダニエル・イングリッシュが選ばれた。

MVPに選出されたのは的確な縦パスと、機を見てのドリブル突破、強烈なシュートで攻守の要として活躍したフロイラン・パディジャ(アルゼンチン)。コート上で披露した背番号4の卓越したプレーは、有料入場試合にふさわしいものだった。かつての同国フル代表の名手フェルナンド・レドンドを彷彿とさせる、華麗な縦パスと危機察知能力、長髪をなびかせボールを運ぶドリブルは、ブラインドサッカーを初観戦する観客のため息とゴール後の歓声を呼んだ。コート上でのオンプレーの存在感はもちろん、セットプレー時のアプローチにも目を見張るものがあった。コーナーキックの際に味方の動きに並走し、シュートコースをギリギリまで隠し、自らが狙う際には足元のボールを氷上にあるかのようになめらかに滑らせボールの音と気配を消した。気配が消えたボールから強烈な炸裂音のシュートがゴールを襲うのだから、DFもGKも堪らない。

3位には、グループリーグで日本を0-2で下し、3位決定戦でロシアを1-0で下したトルコが輝いている。堅固な守備とともに、機を見て大胆な縦パスを相手陣内中央ゴール前に送り込むプレーはシンプルかつ脅威だった。

2020年のメダル獲得を目指す日本は5位に

©高野洋

2年後の2020年東京パラリンピックでのメダル獲得を視野に大会に臨んだ日本も前向きな印象を残した。21日の初戦イングランド戦で、エース黒田智成が持ち前の個人技から素晴らしい2ゴールを決め2−1と幸先の良い船出。23日のトルコ戦では引き分け以上の結果を残せば決勝進出が決まる優位な条件の元で臨んだが、そのトルコ戦ではエースの負傷による途中交代との試合途中から雨足が強まるコートのコンディション変化に泣かされることとなった。

トルコ戦、開始間もなく、黒田がコンタクトプレーで耳を負傷した。押し気味にプレーを進める日本だったが黒田が途中でピッチを退くと、流れに若干の変化が見え始める。結局0−2とリードを許すと必死の反撃も及ばず試合終了。グループAはイングランド、トルコ、日本が1勝1敗で並んだが、総得点の差で日本は24日のフランスとの5位決定戦に進むこととなった。

黒田は試合後、左耳鼓膜穿孔(せんこう)で全治4週間という診断を受けている。穿孔とは、体の器官の一部に穴が空くこと。聴覚だけの問題ではない。体のバランスを保つ三半規管に支障をきたしてしまった。24日の5位決定戦、フランス戦前、アップの際から自らの出場は叶わないまでも、ボールを足元から離さないままチームに声をかけ続けた黒田に、日本代表が奮い立った。

日本代表選手の大きな「ボイ!」の掛け声が凛と澄んだコートに響く。「ボイ!」は自らと相手選手の安全を守るための掛け声であると同時に、相手選手を威嚇し、味方を鼓舞する勝どきの声でもある。高い位置で絡め取ったボールを保持し、世界ランク14位のフランスにボールを触らせない。前線3人、川村怜、佐々木、加藤健人のドリブルとパスワークで相手を翻弄する背後には、攻守で抜群の存在感を見せる田中章仁が控えた。フランスの足をコートに止めると、前半9分には川村がゴールネットを揺らした。

前半9分、攻撃に切り替わった瞬間にGK佐藤大介がゴールスローで託したボールを、右サイドで川村が受けた。ボールを左足でコントロールすると迫ったDFを1人ルーレットでかわし、そのままゴール前に侵入。「シャンシャンシャン」とドリブルで中央に切れ込み、左足を振った。シュートは前方のDF2人の間、GKの右脇下を抜き、ゴールネットを揺らした。

サッカーやフットサルでは左右両足で素早くボールに触れ、ボールの方向を変えるドリブルは「ダブルタッチ」と呼ばれる。ブラインドサッカーのドリブルもダブルタッチで前に運ぶ。うまい選手はこのダブルタッチを「3拍子」で行うという。「シャンシャンシャン、シャンシャンシャン」と相手を揺さぶり、「3拍子」の「2拍目」でボールを離す。意表をついたトーキックを繰り出したり、DFやGKを外すには格好のタイミングだ。川村のシュートは、まさに3拍子の2拍目で放たれた。

佐藤の小気味良いゴールスローから川村のゴールに至るまでの一連の流れを音だけで振り返ってみる。繰り返し聞いてみるとそのボールの響きがどこか馴染んだ響きを持っている。取り組みを締める相撲の「跳ね太鼓」の奏でだ。このゴールは日本が「GKが攻撃の第一歩」とする練習から繰り返してきた。シュートの瞬間ゴール前に詰めていた加藤も含め、様式美のような美しいゴール。黒田の元に駆けた川村が喜びを分かち合う。フェンスを挟み、コート内外で喜び合う2人の日本代表エースの姿が印象的だった。試合はこの川村のゴールで1−0で終了。歓喜の雄叫びを上げた日本代表が、2020年東京パラリンピックのメダル獲得に向け、確かな一歩を踏み出した。

川村は姿勢良く、自信に満ちた表情でこう語った。「日本代表がこれまで積み重ねてきた日本のサッカー、貪欲にゴールを狙っていく形はできたと思います。でもまだまだ貪欲に2点目、3点目を狙っていかないといけない。あの1点に関しては冷静に、練習通りに決められたと思います。監督やコーチングスタッフの分析もありました。(引き分け以上で決勝進出が決まるトルコ戦での敗戦だったが)これが僕たちが与えられている試練、経験をさせてもらっているんだということをチームで話し合いました『この試合こそが、本当に大事な試合になるぞ』ということを胸に試合に臨みました。『今日何が何でも勝ちに行くぞ』『これが成長するチャンスだ』と声を掛けました。これまで取り組んできている、攻撃的なサッカー、自分たちが主導権を握るサッカーがヨーロッパの強豪相手でも発揮できている、という実感はあります」日本の背番号10を背負う川村は、アクサ生命保険株式会社に勤務し、Avanzareつくばでプレーしている。あんま・マッサージ・指圧師の資格を持ち、プレー面でも精神面でもチームをけん引するキャプテンは、「チャンス」の「チ」に少し力を込めた。

グルメやグッズも充実し、活気に満ちていた大会会場

©井上俊樹

大会5日間でのべ3094人もの観客が観戦に訪れ、ボランティアスタッフものべ274人が参加した。ブラインドサッカー体験教室やキッチンカーがずらりと並び食欲をそそったフードコートも大盛況で、花見とともにサッカーとスタジアムグルメを楽しむ家族連れ、カップルの姿も数多く見られた。

協賛企業や品川区のブースもそれぞれに趣向がこなされ、イベントを盛り上げようとする人々の活気で満ちていた。目を引いたのは物販ブース。連日グッズを買い求める観客が列をなした。さながらバンドTシャツのような「ブラサカジャパン」デザインのTシャツで写真撮影に応じてくれたた男性女性はいずれも物販の大学生ボランティアスタッフ。女性が手に持つ「アクビちゃん」のトートバッグはタツノコプロがブラインドサッカー普及のために協力して誕生した。「アクビちゃん」グッズは文具などレパートリーも豊富で、「かわいい!」と大盛況だった。

選手との共同開発によって、ブラインドサッカー日本代表オフィシャルバッグを発表したのがMOTHER HOUSE。タウンユースにも適した洗練されたデザインのバックパックには、趣向がこなされている。ペットボトルや折りたたみ傘を片手で収納できるだけでなく、白杖を折りたたんで収納できるポケット内部には、収容物が落ちないための深みが施されている。このバッグを背負って観戦に訪れた元日本代表の落合啓士選手は「ポケットが分かりやすいんですよ」と喜々としてチケットを取り出した。日本のために戦う同士の息づかいを全身で感じ、自らもまた再び日の丸を胸にコートに立つ決意でにコートの空気を伺う彼の佇まいもまた、新しいことが始まる春の気配に満ちていた。

同大会は引き続き、2年間同会場にて行われる予定となっている。また、大会の映像は引き続き公式HP(http://www.wgp-blindfootball.com/)で楽しむことができる。優勝したアルゼンチンの魔法のようなプレー、そして日本代表選手の心技体揃った勇姿を堪能してほしい。ブラインドサッカー日本代表は、2010年東京パラリンピックでのメダルを、本気で獲りにいっている。

最近サッカーから遠ざかっているファンやプレーヤーにとっては宝箱のような魅力がブラインドサッカーにはある。思いもよらない方法で相手を置き去りにする術も、オンプレー時やセットプレーでいかに気配を消し相手を欺くかのアイディアも、もう耳なじんだはずの「デュエル」の実感も、息を潜めて見守ったボールがネットを揺らしたときの喜びも−−。われわれが忘れていた、知らなかった蹴球の魅力が、ブラインドサッカーには満ちている。

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井上俊樹

1976年生まれ、川崎市育ち。編集者。上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒。ベースボール・マガジン社に2001年入社。入社後は『週刊サッカーマガジン』編集記者として活動。2009年3月で同社退社後、現在はフリーランスの編集者として活動中。サッカー関連の書籍では共著に『心のゴールネットをゆらした日本代表監督8人の言葉』(2012年、学研)、編書に『世界のサッカースタジアム』(2015年、ベースボール・マガジン社)など。