W杯までの1カ月でチームをつくれるのか
2018年W杯ロシア大会に臨む日本代表に激震が走った4月9日。バヒド・ハリルホジッチ監督が電撃解任され、後任には技術委員長を務めていた西野朗氏が監督に就任した。5月21日からの国内事前合宿から6月19日の1次リーグ初戦コロンビア戦まで、わずか1カ月弱。ゼロからの再スタートで、勝てる組織づくり(チームビルディング)はできるのか。数々の一般企業の組織変革プロセスをコンサルティングしてきたエキスパート・堀内賢治氏に、その可能性があるのか、リーダーに求められる資質とは何かをうかがった。
まず堀内氏は「1カ月でチームをつくって欲しいというオーダーは基本的にはありません。半年、1年間とじっくりと時間をかけて組織を変革し、最終的には業績に繋げて欲しいというリクエストに伴走することになります。1カ月でゴロッと変わるのは難しいですね」と前置きした。ただ「一般企業に当てはめて考えるならば〝会社が変われるかもしれない〟と思えるアプローチ法は、2つあります」と明言。キッカケづくりはできるという。
「一つはポジティブ・アプローチです」
ポジティブ・アプローチとは〝理想のありたい姿に近づく〟やり方。一人ひとりが「どうなりたいのか」「どうありたいのか」を突き詰めて、内から湧き上がるエネルギーを増幅させる方法だ。対極にあるのが、もう一つの方法であるギャップ・アプローチ。ギャップ・アプローチとは「過去の成功体験を〝正しいもの〟として、今の現実と〝あるべき姿〟とのギャップを取り除くべき問題として捉えて問題解決していく方法。目指す姿を実現しようとすると、どこのスキルが足りないとか、戦術はこうあるべきと見えてくる。そのギャップを埋めていく作業」という。だがギャップ・アプローチには致命的な欠陥がある。
「この場合は強いリーダーがいて、リーダーの中に答え(暗黙の理想形)があり、そこに周囲がついていくパターン。そうなると、リーダーの頭の中の答えを当てにいったり、どうしても見えない壁に直面したり、すれ違いが起きることが多いのです」
一般企業を例に出す。トップダウンのノルマを課せられた営業マンは決算ギリギリまでにノルマを達成しようと努力するが、その目標達成値が見えてくると、どうしても力が弱くなってしまう人間心理が働く。その結果、業績の浮き沈みが生まれる。「あるべき姿は、答えがトップの頭の中にある。外から〝MUST〟の目標が与えられる。リーダーのいうことに添う人間は大事にされるが、そうじゃない人間は捨てられる。〝違い〟は封殺される」ハリルホジッチ前監督は「コミュニケーションに問題はなかった」と抗弁したが、一方通行のコミュニケーションである時も多々あった。堅守速攻に異を唱える選手が選外になることもあった。
一方で「ポジティブ・アプローチは〝WANT〟であり、その答えは一人ひとりの中にある」と堀内氏。〝WANT〟は理想を追い求めるから決められたゴールがなくなる。相互作用で、チームとしての強みを膨らませていくため「ドライブが掛かると成果(パフォーマンス)が300%にも500%にも突き抜ける構造になっています」。そして「今回、日本代表が爆発的な力を出すならば、こっちだと思います」とポジティブ・アプローチを推奨した。
戦術論やシステム論より大切になるストーリーテリング
では〝新リーダー〟の西野監督がポジティブ・アプローチを行う上で、着手すべきスタートは何なのか。月並みだが、堀内氏は時間の概念を取り払った「対話の場」と「心理的安全性の確立」と強調する。もっとも戦術論やシステム論を交わすことではない。
「企業でも〝人事制度〟とか〝残業問題〟とか、すぐに〝HOW(手段、方法)〟の部分に目がいきがちになる。そこばかり見ていると上手くいかない。人生とか組織とか社会に対する哲学が組織の中で揃っていないと始まりません。じゃあ哲学とは? サッカーに置き換えるならば〝我々は何者なのか(=日本代表とは)〟〝なぜここにいるのか(=自分を含め、このメンバーが選ばれた理由は)〟〝何を目指しているのか(=ベスト8かベスト16か)〟。そして我々が短期間のチームビルディングで多用するのはストーリーテリング(story telling)と言われる対話手法。それぞれの生い立ちとか、過去の生き様を語りあうことです。だから1カ月しかないと考えるか、1カ月もあると考えるのかは分岐点になります。1カ月しかないと考えてしまうと、こういう話し合いの時間が勿体ないと思ってしまいます。でも1カ月もあると思えれば、話し合いもできるのではないでしょうか」
日本代表選手といえ、ここに辿り着くまでには様々な苦労や背景を持っている。例えば堀内氏がコンサルを手掛けたある企業では、こういう話があった。社内での酒席でも割り勘するなど金勘定や経費にシビアな上司がいた。当然、部下の反感は強い。だがストーリーテリングを行った際、上司は中学生の頃に父親を亡くし、苦労して社会人になった背景があった。もし上司と同じ体験をしたなら…。そこを知ることで周囲は金銭にシビアな理由を理解し、その後の心証は変わった。同じことはサッカーでも当てはまるという。
「この選手は〝こういう人生背景を持っている。個性や価値観は違うけど、彼の生き方は誠実だ〟となったとします。もっと人間的な部分を互いに理解できれば、なぜこの戦術がやりたいのが分かる。それを互いに知らないままに戦術論ばかり話していると、なぜ、そうしたいのかが見えてこない。それぞれの選手で具体的なストーリーは違うけど、根底で共感できるものはあると思います。大切なことが重なる部分が見えてくる。そうすれば〝我々は仲間なんだ〟と認識できる。まずチームビルディングの定義は〝この仲間で良かった〟と思うこと。出場する、しないに関わらず。そうなると、この仲間とともに新たな目標を追いたいという共有ビジョンができる。ストレスが高く、ネガティブに圧倒される環境下では、近視眼的になり〝HOW〟に向かいやすくなる。でも、より高次元な〝WHY(目的)〟の共通理解ができれば物事の見方や捉え方、考え方を柔軟にしてくれます。結果的に〝HOW〟の選択肢が広がることにつながります。遠回りに見えるけど、それが大事。物事が動きやすくなります」
よく知るべきは戦術や策略ではなく、ピッチ外の人生観や生き様、価値観。その見えない部分を赤裸々に明かすには「心理的安全性、安心感の確立」が大事になる。
「同じ問題が起きたときに10人が10人、同じものの見方をするとは限らない。リーダーが強いと自分の見えている事象が正しいと思ってしまう。でも問題のとらえ方、感じ方はそれぞれで違う。多くの組織は、全く同じ事実や事象を見ても一人ひとりが違って見えている、捉えていること自体を知らない。これが問題を産み出す原因となっている。個々のとらえ方が違うことを認知できると、他人の意見に耳を傾けることができる。そうなれば次は自分の話も聞いてくれる。本音を言いやすくなる安心、安全の場ができあがる」
すべてのスタートになるリーダーの情熱と本気と覚悟
©飯間健リーダーはチームに心理的に安全な環境を与えることができるかどうか。その手段としては段階的な環境づくりが有効だ。
「例えば西野監督と主将の長谷部さん、まずはコアメンバーになる人同士で話し合います。次に旧メンバーを加える。最後に新メンバーを加える。いきなり全員で話し合いをしていくと、それぞれが見えているものが違うので平行線になりやすく、決裂のリスクもありますので。また監督と選手だけではなく、スタッフも入れて話し合うことも良策だと思います。これはミニチュア組織という考え方なのですが、企業では営業部や開発部などの部門構成や年齢、性別、管理職と非管理職を集めた話し合いの場を設けることもあります。すべてのセクションを縮小した形で話し合うことで意見の相違や葛藤が生まれ、違った立場の人間の一言が解決に導くこともある。でも選手だけとかコアな関係者同士だけでやると、問題がすべて持ち込まれない可能性もある。ミニチュア組織で解決できた問題は、組織全体でも解決にもつながりやすい」
腹を割って話せるかどうか。互いの違いを認められるかどうか。その安全・安心な環境をつくるため、リーダーはどのような資質が求められるのか。
「巧みな説得術は必要ではありません。ベタな言い方ですが必要なのは情熱と本気と覚悟。そして自分は〝スーパーマン〟じゃないということをさらけだせるかどうかではないでしょうか」
日本サッカー界にとっては未曾有の危機。誰も正しい解決法を持っている訳がなく、その答えは全員で見つけていかないといけない。
「他国では過去にもW杯イヤーに監督交代の事象はありましたが、ほとんどが1次リーグを突破できていない事実がありますよね。そんな中、大体はリーダーが方向性を見出してくれると思いがちだけど、本当にそうなのか。実は〝西野監督自身も分からない〟が本音じゃないでしょうか。確かにリーダーは強くないといけないとなるかもしれない。でも例えば企業でも同じですが、現在は3~5年の計画を立てれば業績が付いてくる静的環境下ではない。先が読めない動的環境下。静的環境下では牽引タイプのリーダーで機能しますが、先が読めない変化が激しい世界では全員がリーダーシップを発揮する必要があります」
堀内氏によるとリーダーとリーダーシップは似て非なるものという。リーダーとは〝役割〟そのものを指す。一方、リーダーシップとは〝機能〟で、その対象が人の心。与えられた課題は他人事になってしまうこともあるが、それを自分事として取り組めることになれば効果は違う。例えばV字隊列を組む渡り鳥の群れは先頭(リーダーシップ)を入れ替えることで何千キロもの距離を飛ぶことができる。個々の強みを解放することは大きな集団の力を生むことにつながっていく。そうしたマインドを選手全員が持てるように、リーダーである西野監督が素直にHELPを求め、問題解決のための意見を出しあえる雰囲気をつくるのは肝要だ。
堀内氏が一貫して唱えていたのはハリルホジッチ監督のアプローチとは真逆のやり方。ただ選手の意見ばかりを取り入れるのでは、チームが一つにならないのは明白だ。
「一歩を踏み出す、具体的なイメージは伝えないといけない。こうありたいということを集約して、全体に対して言語化するのはリーダーの仕事になる。そこはリーダーが機能しないといけないところです」
組織づくりには様々な方法があるだろう。だが組織変革のエキスパートの言葉は参考になるところも多いのではないだろうか。そしてすべてのスタートになるのはリーダーの情熱と本気と覚悟。ロシアW杯に賭ける想いが伝わるかどうかは、西野監督のここまでの生き様に問われている。
【まとめ】
①1カ月間でのチームビルディングは可能。ただしハリルホジッチ方式のギャップ・アプローチは少ない時間内で実現するのは難しい。選手個々が自ら理想に近づこうとするポジティブ・アプローチの方が望ましい。
②誰もが何でも話せる「安全・安心な対話の場」をつくること。心理的な安全性をチーム全体に浸透させ、リーダー自身が弱さをさらけ出し、助力を求められるかどうか。リーダーの情熱と本気と覚悟を伝播させられるか。
③戦術やシステムを語る前に1人、1人が大切にしているものを明らかにする「対話(storytellingなど)」を行い、根底で共有できるチームとして大切な部分を見つけること。
④リーダー一人が奮闘する牽引型ではなく、全員がリーダーシップを発揮できるよう支える、奉仕型リーダーが望ましい。ただ「船頭多くして船山に登る」にならないよう集約した意見を元に具体的な方向性を言語化する必要がある。その際に覚悟、情熱、本気を周囲に伝播させられるどうか。
堀内賢治(ほりうち・けんじ)
【株式会社グーデックス代表取締役/組織開発コンサルタント】
前職金融機関で総務人事を経験。04年に独立しグーデックスを起業。1部上場機械メーカー、大手流通企業グループ、中堅専門商社、老舗食品メーカーなど様々な業種のコンサルティングを手掛ける。
特集・五百蔵容。「砕かれたハリルホジッチ・プラン」著者がVICTORYに綴った記録
「砕かれたハリルホジッチ・プラン 日本サッカーにビジョンはあるか?」(星海社)上梓を機に、大きな露出を獲得しつつある書き手・五百蔵容(いほろい・ただし)氏。2018年4月だけで、地上波テレビを始め多くのマスメディアに進出を果たしています。VICTORYではサイト発足後いち早く氏の卓越した分析力に着目、これまで多くの記事を執筆いただきました。ここでは、その一部を紹介いたします。
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世代交代を求める声に待ったをかける長友佑都 「真司や圭佑が出ていたら…」
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【全文】緊急会見のハリル監督が日本への愛情を語る「私から辞めることはない」
サッカー日本代表は31日に行われたワールドカップ・アジア最終予選のオーストラリア戦に2-0で勝利し、6大会連続のワールドカップ出場を決めた。その試合後の公式会見で、「プライベートで大きな問題があった」と明かしながらも、質疑応答を避けたヴァイド・ハリルホジッチ監督が、1日にあらためて会見を行った。そこで語られたこととは――。(文:VICTORY SPORTS編集部)