ミケルソンのルールの“活用”が巻き起こした騒動

(C)Getty Images

舞台は世界最高峰の4大大会の一角、1895年の第1回大会から今年で118回を数える歴史と伝統、格式を持ったゴルフの全米オープン。今大会の会場となったシネコックヒルズは、暑さと強風でプレーの続行を危ぶむ声が上がるほどでした。

“事件”が起きたのは3日目。PGAツアー通算43勝は歴代9位、生涯獲得賞金ランキング歴代2位という偉大なゴルファー、フィル・ミケルソンが、前代未聞のプレーを見せたのです。

天候の影響でカラカラに乾き、固くなってしまった13番ホールのグリーンに苦しめられたミケルソンは、6打目のパッティングであろうことか、動いているボールを打ち返したのです。

「あえて2打罰を受けた。このルールを“活用”した」
ミケルソンはプレー後、自らの行為を「動いているボールを打った場合は2打罰を受ける」というペナルティを受け入れる前提で、「ボールが止まったところからやり直す」というメリットを選び取ったというのです。この「故意の反則」は、全米のみならず世界のゴルフファンを巻き込んで論争を呼んでいます。

横浜ベイスターズの前球団社長・池田純氏は、「ゴルフが紳士のスポーツでマナーを何より大切にしている」という前提があるとした上で、ミケルソンのプレーにある種のプロとしての凄みを感じたと言います。

「私のような素人から見ても、いけないことだというのはわかるし、『え?』とは思いましたが、同時に思わず『プロだな』とも感じたんですよね。というのは、動いているボールを打つと2打罰が科せられるというルールをミケルソンは当然知っていて、理解した上で戦略的にこのルールを利用した。行為自体に賛否があるのは当然だと思いますが、ボールがグリーン外に転がり出ていって不利な状況になるリスクと天秤にかけて選択をしたわけです」

池田氏が指摘するのは、ミケルソンのプレーがルールを理解した上で「あえて」行われたプレーだったことです。たしかに、賛否両論はありますが、連日熱戦が繰り広げられているサッカーのワールドカップでも、得点に直結するようなシーンであえてファウルをして相手やボールを止める“プロフェッショナル・ファウル”が存在します。また、アメリカンスポーツの代表格、バスケットボールで試合終了間際に戦略的にファウルをして時計を止める“ファウル・ゲーム”は、相手にケガを負わせるようなファウルでない限り、立派な戦術として受け入れられています。

「プロスポーツの世界はルールがあるならそれを熟知し、それを良い意味で活用するのは当たり前ですよね。そこがプロだと思うんですよ。私も球団社長をやっていた時は、(日本プロフェッショナル)野球協約を熟読し、ルールの範囲内で、ルールをうまく活用しながらアッと言わせるようなことをして勝負しようと常に考えていましたからね。今回のミケルソンのプレーは、『重大なルール違反行為に及んだ場合は失格になる』という条項もあるそうなので、失格のリスクを背負うに値するかどうかといわれると厳しいところもありますが、このままボールが転がり続けると2打以上打つことになってその後のプレーにも大きな影響が出てしまう。そう思ったからこそルール、ペナルティをわかった上であのプレーを選択したのでしょう」

ミケルソンの主張も池田氏と同様で、ルールの活用を主張。大会を統括するUSGA(全米ゴルフ協会)もこの主張を認め、「単にボールを打ち返しただけで重大な違反行為ではないので失格には当たらない」という裁定を下し、2打罰のみを適応しました。

世間の猛批判を受けて謝罪 問題の本質は追究すべき

(C)Getty Images

しかし、動いているボールを打つというゴルファーに“あるまじき”行為に対する世間の声は想像以上に大きく、関係者やメディア、世界中のファンからの批判を受けたミケルソンは結局、「自分の行動を恥じ失望している。落ち着くまでには数日かかった」という謝罪コメントをメディアを通じて出すことになりました。

「いろいろな意見があるのは承知していますが、世間の圧力に負けてほしくなかったなという気持ちもあります。ミケルソンが『プロゴルファーとしてルールを活用しただけで、ルールのあり方や、変わっていないことが問題だ』と言ってくれたらもっとかっこいいのになと考えている自分もいますね」

池田氏は、ミケルソンが当初の主張を曲げ、全面謝罪ともいえるようなコメントを出したことで、今回明らかになったルールの構造的問題がそのままにされてしまうことを危惧します。

「マナーに問題があって、それに対する批判があるのは十分理解できますが、ルールの中で決められたペナルティを受けたわけです。もしそれでも問題があるというなら、ミケルソンの行為に対する罰則が適正かどうか? ペナルティのバランスが問われることになると思います。そう考えると、これを機に『ルール自体がどうなのか?』という議論が起きてしかるべきです。ワールドカップでも、ビデオを判定に用いるVAR(Video Assistant Referee)が導入されて、ルールの運用が進化しましたよね。ルールというのは、時代に合わせて、世論に合わせて、技術の進化に合わせて、変わっていくべきものだと思います。『そんなことをする選手がいるとは思わなかった』は通用しない。すべてのことは起こり得ると考えて、それに対応することが必要だと思います」

実際、ミケルソンのプレーそのものより、ミケルソンのプレー続行を許可する裁定を下したUSGAを非難する声も多く上がっているそうです。

マスターズ、全英、PGA選手権ではすでに優勝を果たしているミケルソン。過去2位が5回といまだ優勝のない全米オープンで思わぬ目立ち方をしてしまいましたが、彼が普段から温厚でファンサービスにも積極的なゴルファーだということは、地元アメリカのファンがもっともよく知るところ。謝罪で禊ぎが済んだとの声もあるようで、ミケルソンの行為に端を発したこの問題は、ペナルティの損得勘定、故意の反則をどう裁くのかというフェーズに移行すべきなのかもしれません。

<了>

取材協力:文化放送

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VictorySportsNews編集部