「踊る」ことに天性の才能と勘を持つ高橋大輔

高橋大輔は、世界でも有数の「踊れる」スケーターだ。音楽を氷上で表現することにおいて、観る者を圧倒する才能を持っている。

個人的には、2012年1月にアイスショー『スターズ・オン・アイス』(代々木第一体育館)で滑った『ロクサーヌのタンゴ』が忘れられない。2005-06シーズンのショートプログラムをあえて選んだ背景に、過去の自分にはできなかった滑りを見せられるという確かな自信を感じた。よく知られている曲だけに、クライマックスに向かうにつれ観る者の期待は膨らむのだが、高橋の滑りはその期待を上回り続けた。スケートの一蹴りが素晴らしい伸びをみせ、起伏に富んだメロディを従えて滑り切った高橋は、会場を完全に支配する。氷から遠く離れた2階の観客席までダイレクトに届く情感は、自然と立ち上がって拍手したくなる濃密なものだった。神懸かり的という言葉を使いたくなる演技には、なかなか出会えるものではない。

2014年ソチ五輪のフリー、深く心にしみる『ビートルズ・メドレー』を最後に競技会から去った高橋は、2016年にはダンスイベント『ラブ・オン・ザ・フロア』でダンサーとしても舞台に上がっている。また、歌舞伎とフィギュアスケートがコラボレートした『氷艶HYOEN2017~破沙羅~』では、板張りの舞台でヒップホップ調の振付を踊って強烈な印象を残した。氷上ではなくても、たった一人で満場を魅了することができるパフォーマーであることを示したのだ。斬新かつ歌舞伎の世界にもはまる振付を手がけたのは、ダンスパフォーマンス集団「東京ゲゲゲイ」だが、依頼したのは彼らのファンであるという高橋自身だったそうだ。高橋は「踊る」ことについて天性の才能と勘を持っているだけでなく、多方面にアンテナを張り吸収しているのだろう。

最初に高橋がヒップホップを踊ってみせたのは、現役時代の氷上だ。当時高橋のコーチでもあったニコライ・モロゾフが振り付けた2007-08シーズンのショート『白鳥の湖 ヒップホップバージョン』は、フィギュアスケートの新しい世界を切り開く革新的なプログラムだった。ヒップホップ特有の激しく上下する動きと、フィギュアスケートの“滑る”動きを見事に融合させた高橋の演技は、伝説的なものとなっている。野心的な振付家であるニコライ・モロゾフも、高橋大輔というスケーターがいなかったらこの作品を世に送り出すことはできなかったかもしれない。

常に挑戦する姿勢と、「自分だけのために」という言葉

芸術面で高い評価を得ながらも、現役時代の高橋は、アスリートとして高難度のジャンプで勝負することからも決して逃げなかった。高橋が銅メダルを獲得した2010年バンクーバー五輪では、4回転を成功させながら銀メダルに終わったエフゲニー・プルシェンコさんが、4回転を跳ばなかった選手が金メダリストになったことについて批判し「4回転論争」が起きている。当時は4回転を入れることが必ずしも高得点につながらなかったわけだが、それでも高橋は果敢に4回転に挑んだ。その結果、激しく転倒するのだが、演技後も高橋は「4回転に挑んだことに後悔はしていない」と言い切っている。

現役復帰を表明する会見でも高橋は、4回転を「2種類2本くらいは入れられるようになりたいですね」とし、技術面でも挑戦する姿勢を見せている。平昌五輪代表の田中刑事も、熱心にジャンプを練習する高橋の姿を見て、現役復帰を予感していたという。ただいえることは、復帰前に比べ今の高橋は、周囲への責任からは自由になっているということだ。

日本男子として、バンクーバー五輪で初めてメダルを獲得し、同年の世界選手権では初めて王者となった高橋は、現役時代は自分のためだけに滑っていたわけではなかっただろう。高橋自身、現役復帰を発表する会見で次のように語っている。

「上から目線のようになってしまうかもしれませんが、今までは『期待に応えたい』だったり、そういう中で戦っていたと思います。ただ今回は、誰かのためにというのではなく、自分だけのためにやっていきたい」

平昌五輪で連覇を果たした羽生結弦、また銀メダルを獲得した宇野昌磨という後輩が日本男子の黄金時代を築いている今、高橋は心おきなく自分の滑りたいスケートを追求することができるだろう。ダンサーとしても舞台を経験した結果、「自分にはフィギュアスケートというものが軸にないとダメだなと思った」として氷上に戻ってきた高橋だからこそ、フィギュアスケートでしかできない表現を演技の中で見せてくれるはずだ。

また今季を前に行われたルール改正の影響で、多数のスケーターがプログラムに入れる4回転ジャンプの数を少なくすると予想される。平昌五輪までは4回転ジャンプが猛烈な勢いで増え、技術面の高度化が著しかった男子シングルの向上のベクトルが、今度は芸術面に向いていくだろう。その中での高橋の復帰は、フィギュアスケートの芸術面において日本だけでなく世界に刺激を与えるに違いない。ダンサーとしても舞台に立った高橋が、フィギュアスケートならではの表現をどのように氷上で見せるか、楽しみにしているのはファンだけではないだろう。「表現は年齢に関係なく成長できると思う」と語っている高橋の演技は、フィギュアスケートの表現とはどうあるべきなのか、これからの道筋を示してくれるかもしれない。

町田樹、友野一希が、高橋の復帰に語った言葉

ソチ五輪に出場後引退、現在は大学院に通いながらプロスケーターとしても活動する町田樹さんは、高橋の現役復帰について次のようにコメントしている。

「むしろ若いスケーターにとっては、チャンスだと思っています。経験豊富なベテランスケーターと一緒に競技会ができるということは、これから次世代を担うスケーターにとっては最大のチャンスだと思いますので、大いに刺激にして、むしろ若いスケーターに激励の言葉を贈りたい」

羽生の故障による欠場と無良崇人さんの引退のため、繰り上がりで出場した昨季の世界選手権で5位に入り、チャンスを見事に活かした友野一希は、日本男子の中で期待される若手の一人だ。7月初旬のアイスショーで今季の新プログラムを披露した友野は、高橋の復帰について次のように語っている。

「小さい頃から、氷上であれだけの演技ができることを本当に尊敬していた選手。今もまだ追いついてはいない雲の上の存在ですが、もしかしたら全日本選手権の最終グループで一緒に競技ができるかもしれないという、すごく光栄な気持ちがあります」

しかし同時に、友野は高橋を追う意志も示した。

「でもやっぱりこの先、自分が思い描くような世界のトップで闘っていける選手になるには、高橋大輔選手に追いついて追い越すぐらいの気持ちで練習していかないといけないんだな、とあらためて気持ちが引き締まりました」

日本男子躍進の土台をつくった偉大な先輩・高橋が、実際に競える存在として目の前にいることは、友野ら若手にとって最高の刺激になるだろう。若い選手が自分の滑る姿から学び、吸収していくことを、きっと高橋も待っている。

昨季までキャスターとして取材をしていた高橋は、男子シングルの現状も熟知している。平昌五輪の金・銀メダリストである羽生と宇野について「彼らは別次元。誰が見ても彼らは世界を引っ張っているふたりです。一緒に戦える位置までいけるか分からない」としながらも、次のように語っている。

「全日本選手権の最終グループに入って、一緒に6分間練習や公式練習をしたいなという気持ちはあります」

羽生、宇野らと共に高橋が6分間練習をする、全日本選手権の最終グループ。思い浮かべるだけで高揚する場面だ。高橋の復帰は、今季の日本男子シングルをこの上なく贅沢に、そして豪華にしてくれるだろう。

<了>

[追悼]名プログラム『CARUSO』にフィギュアスケーター・デニス・テンの永遠の命を感じたい。

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沢田聡子

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。シンクロナイズドスイミング、アイスホッケー、フィギュアスケート、ヨガ等を取材して雑誌やウェブに寄稿している。金子正子元日本水泳連盟シンクロ委員長責任編集による『日本シンクロ栄光の軌跡 シンクロナイズドスイミング完全ガイド』の取材・文を担当。ホームページ「SATOKO’s arena」(http://www.satokoarena.sakura.ne.jp/)