アメリカ挑戦「息子たちにチャレンジが大事なんだと気付いてほしい」

――昨年8月の世界選手権で日本代表が金メダルを獲得し、池選手は11月からアメリカのリーグでプレーしています。向こうの生活には慣れましたか?

「ご飯を作るのが大変ですね。朝ご飯作ってトレーニング行ったらもうお昼ご飯で、午後のトレーニングが終われば夜ご飯の支度で。日本とアメリカを行ったり来たりなので、時差ボケとの戦いなどを伴いながらのコンディション調整って結構難しいなっていうのを感じています。でも、『池、来シーズンも来てくれよ』ってチームメイトが早速言ってくれていて、なじめているのがうれしいですね」

――ケビン・オアー日本代表ヘッドコーチのご自宅も近いそうですね。

「ケビンの家は30分くらい。一緒にブラックバス釣りをしました。先日はケビンが僕の拠点のコテージに来てくれて、手巻き寿司を作ったりもしましたよ」

――あらためて、このタイミングでアメリカに挑戦した理由を教えてください。

「身体と経験値のピークというのがおそらく2020年くらいなのではないかと思っていて、2019シーズンは(パラリンピック)直前なので日本代表チームの精度を高めていく1年にしたいですし、その前のこの1年というのが自分の人生にとってもベストなタイミングではないかと考えました」

――金メダルを取ってもなお学ぼうという心掛けが素晴らしいですね。

「自分を見つめ直してみて、もっと知識や経験を持ってないと成長できないと思ったんです。さまざまな特徴の選手たちと一緒に一つのトライに向かうプロセスや判断力をもっともっと高めたい。なおかつアメリカには大きい選手や速い選手、高さのある選手がいる。そこでプレーをすることで自分のフィジカルを上げられるチャンスがあると思ったんです」。

――高知にいるご家族は渡米について何か言っていましたか?

「小学生の息子が2人いますが、『えっ! すごーい!』って(笑)。実は今回の渡米には、父親としてのメッセージも含まれているんです。息子たちが今後スポーツや仕事において何かを達成したいとき、壁に当たるときに、チャレンジすることが大事なんだ、ということに気付いてほしい。今の環境の中で自分の物差しだけで判断するのではなく、広い世界に行くといろんなものが見えるんだということを自分の選択肢として当たり前に持てる子に育ってほしいという思いがありました」

(C)浦正弘

プライドか、自分の輝きか。2つの競技のはざまで

――池選手は19歳の時に交通事故に遭い、左足を切断、左手にまひを負いました。その後、車いすバスケットボールでロンドンパラリンピックを目指したものの代表から落選。2012年、32歳の時にウィルチェアーラグビーに転向しました。決心したきっかけは何だったのでしょうか?

「転向の数年前からウィルチェアーラグビーに誘われてはいたんですが、車いすバスケをやっていたので断り続けていたんです。でもロンドンパラリンピックで日本とアメリカが銅メダルを懸けて戦っているのをテレビで見て、“自分もメダルを懸けた場所で輝きたい”という気持ちが強くなりました(※1)。また、テレビを見ながら“もうちょっとこうしたらうまくいくな”とか、“自分だったらこうプレーするな”とか、その舞台で戦う自分像が見えたんです。結果的にその試合で日本は負けてしまいましたが、見終わった瞬間に“自分はこの競技をやろう”って決心していました」
(※1 ウィルチェアーラグビー日本代表の最終結果は4位)

――でもその時点では、転向したからといって代表になれる保証はない。怖さはなかったのでしょうか?

「まったくなかったですね。自分がその場所でどう戦うか、どうやるか、何が必要なのかがパパパっと見えてきたので。ルールが全て分かっていた状況ではなかったんですけど、それまで10年以上積み重ねてきたものの上にウィルチェアーラグビーのスキルを継ぎ足していけば、今までの自分がそのまま全て生かせるなと思いました。状況判断、戦況を見る力、戦略を読む力、パス、チェアースキル、キャッチも含めて、ハンデ(※2)に対する言い訳や葛藤もなく自分を全てぶつけられる競技だったんです」
(※2 ウィルチェアーラグビーは四肢に障がいがある人のために考案されたスポーツで、車いすバスケットボールより障がいの重い選手が多い)

(C)浦正弘

――それまでは長く車いすバスケットボールをやってきたことに対するプライドやこだわりもあったと思います。ロンドンパラリンピックを見たときにそういったものが吹き飛んだということですか?

「まさにそうです。周りも応援してくれていましたし、感謝も含めて車いすバスケで代表に入らないといけないと思っていました。でも病院のベッドで“友人のために何かを残そう”と決めたのに、“何も残ってないじゃないか”と気付かされたんです。世界と戦える大チャンスがあるのだから、その場所で輝くことが全てだって思えるようになりました」

――この話を世の中の人々に置き換えてみると、スポーツに限らず仕事においても、今いる場所に対するプライドや執着があったりして、新しいことへの挑戦がなかなか決断できないという局面も少なからずあると思います。

「頑張っていても先が見えなくなる瞬間ってあると思うんですよ。そこから抜け出せないときって、自分自身が“しんどい”“忙しすぎる”という言い訳をつくりすぎて、日々に追われて新たな努力をできずにいるから、現状への愚痴が出てくるのかなと思います。そういう時こそ新たなことを始めることで、今まで自分がやってきたことの価値観を超えるものを見いだせるんじゃないかな、と思います。もちろん、一生懸命に一つのことをやり続けることを否定しているわけではないです。でも、僕自身は目標を達成したときに次のチャレンジに進んでいきたい。新たな価値観にまた出会うために」

――それこそ先ほどのお子さんへの話でもあった、“視野を広げる”という話にも通じますね。

「僕は本当に“嫌なことから逃げない”というのがモットーで、逃げなかったから今の自分があるんです。事故に遭って、2年半入院して、40回手術して、退院して、1人暮らしして、仕事するようになって、結婚して、車いすバスケの代表候補になって。時々しんどくなりますけど、“自分がちょっと止まったな”というときは、“よし、嫌なこと頑張るぞ”と奮い立たせるようにしています」

(C)浦正弘

リーダー像は、距離感とタイミング「恋愛みたいなもの」

――池選手は2014年からウィルチェアーラグビー日本代表のキャプテンを務めています。リーダー像はどのように描いているのでしょうか?

「みんなから“この人なら”と認められていて、カリスマ性があって、想像を超えてくるような発想を持っている人がいいな、という理想像はありますね。僕はみんなをグイグイ引っ張るタイプではなくて、最初はそこまで踏み込まないけれども、選手それぞれのいいところをくみ取ってチームにつなげていきたい。あとはタイミングですね。いつ、それを、この人に伝えたら一番伝わるのか。恋愛みたいなものですね」

――恋愛もタイミングですよね……、難しいですよね……(笑)。

「でも完璧にできているかっていったら全然。僕の中では40点くらいですよ。逆に、自分が完璧だと思ったらそこでダメかもしれないです」

――世界選手権では、強豪オーストラリアを62-61で破って優勝。実は、アメリカとの準決勝前に池選手がミーティングを開いたそうですね。

「予選リーグでオーストラリアに大差で負けた後だったので、自分自身が切り替えられてないという話をみんなにカミングアウトしました。でも自分自身が裸になることで、そこからどうアプローチして最高のパフォーマンスに持っていくかというところを示すことができるのではないかと。あとは12人の選手全員にチームのいいところを言ってもらいました。そうすると12通りの長所が出てくる。雰囲気がプラスの方向に変わりました」

――なるほど。副キャプテンの羽賀選手(※3)も大活躍でした。

「羽賀はまだまだ可能性を持っているなというのがあって、副キャプテンという役割を与えることで成長できるのではと、世界選手権での副キャプテンに任命しました。そしたら決勝戦でも大活躍で、今までにないくらい出番も多くて。おとなしいけど、雰囲気を一瞬で変えられる面白さを持っている選手なので、そこを彼の長所だと見ていたら、うまくいきましたよね」
(※3 羽賀理之:ロンドン大会日本代表補欠、リオ大会日本代表。34歳)

―――立場は人を成長させるんですね。

(C)浦正弘

2020年、勝ち続けて真の世界一へ

――東京2020パラリンピックまで1年半余りとなりました。2020年の金メダルが100%だとしたら、今の日本は何割くらいまで完成していますか?

「74%くらいまで来ましたかね。75%はいってないですね」

――あとの26%は?

「新たな選手が現れることです。海外の選手もめちゃくちゃ今成長していて、日本は少し前に成長スピードが上がって、今ここが頂点となって少し止まりつつあるので危機感を覚えています。世界選手権では若手も連れていきましたけど、まだ“現れた”という段階ではない。新しい選手のラインナップができたときに、完成するのではと思っています」

――また新たな形での金メダルに期待できそうですね。

「僕は2020年までずっとチャンピオンで居続ける経験ってyいんだろうなって思うんですよ。選手たちの意識レベルも相当高いはずなんです。全然レベルが突出したわけではなかった日本がやっとたどり着いた世界一を守り続けるのはとても難しいし、かなり高いレベルでやらないと達成できないと思います」

――勝ち続けて真の世界一ということですね。

「チャンピオンであり続けて初めて、アスリートとしての影響力が高まっていくものだと思います。でもそれが達成できなかったら、僕らはたまたま世界一になっただけで終わる。だから僕らは世界一を達成し続ける、その意識で自分を高めていかないとと思っています」

<了>

(C)浦正弘

[PROFILE]
池透暢(いけ・ゆきのぶ)
1980年生まれ、高知県出身。Freedom所属。中学時代はバスケットボール部キャプテン。19歳の時、友人と一緒に乗っていた車が交通事故に遭い、左足を切断、左手にまひを負う。2年半の入院生活で手術は40回にも及んだ。その後車いすバスケットボールを始め、2012年にウィルチェアーラグビーに転向。2014年より日本代表キャプテンを務める。2016年リオデジャネイロパラリンピックで銅メダル、2018年世界選手権で日本初の金メダルを獲得。

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久下真以子

著者プロフィール 久下真以子

フリーアナウンサー、キャスター。セント・フォース所属。主な出演番組は、フジテレビ「ホウドウキョク」、GAORA「ファイターズ中継」日本テレビ系列「全国高校サッカー選手権大会」など。2019年1月より、『PARA SPORTS NEWS アスリートプライド』(BSスカパー!)のキャスター・レポーターを務める。またアナウンサー業を続ける傍ら、主にパラスポーツの取材・執筆活動も精力的に行っている。