東京パラリンピックによる障がいへの理解促進は限定的という調査結果も

「暗闇の中で“一本の金の糸”を見つけたら、しがみついて辿っていけば、必ずその先に見えなかった世界がある。パラリンピックはその象徴でもあると思う」

以前、米国代表のパラスノーボードアスリートであるエヴァン・ストロング選手にインタビューをした時に聞いた言葉だ。彼は交通事故で左脚の膝下を失ったが、スポーツという“金の糸”を辿り、2014年のソチパラリンピックでチャンピオンになった。自国でも盛んに行われている障がい者スポーツのチャリティー・イベントにも積極的に関わり、運動の楽しさを伝える機会提供に貢献している。米国では障がい者スポーツを『Adaptive Sports』とも呼ぶ。“Adaptive(適応性のある)”という言葉からは“障害(Disability)”や“不可能(Impossible)”という言葉は連想されない。創意工夫次第でどんな人にもチャンスはある、そんなニュアンスとも取れる。

日本選手団が過去最高の成績を残した平昌オリンピックが閉幕し、3月9日から平昌パラリンピックが開幕する。冒頭のエヴァン選手は、今大会もパラスノーボードの優勝候補として出場予定だ。

2020年にオリンピック・パラリンピックを控える日本にとっては、自国開催前最後のパラリンピックということになる。冬季、夏季の違いはあるものの、2年後の大舞台を迎える上では、今大会は大きな意味を持つ大会でもある。

他方で、難しい現実もある。2013年に東京での開催が決定して以降、メディアやイベントで障がい者スポーツに触れる機会は格段に増加した。しかし、昨年10月から11月にかけて『株式会社ゼネラルパートナーズ 障がい者総合研究所』が国内の障がい者492人を対象に実施した意識調査では、「東京オリンピック・パラリンピックによる障がいへの理解促進は限定的」と考える人が87%という結果も出た(※)。
※出場対象障がいへの理解は進むが、それ以外の障がいへの理解は進まないと思う(49%)、すべての障がいへの理解が進まないと思う(38%)
※出典:株式会社ゼネラルパートナーズ 障がい者総合研究所『オリンピック・パラリンピックへの意識調査』

3月18日まで開催される平昌パラリンピック。開幕に際し、“教育”と“メディア”の観点から、それぞれ精力的な活動を行う3名に話を伺い、パラリンピック、ひいては障がい者スポーツの魅力と本質への接近を試みた。

パラスノーボード米国代表エヴァン・ストロング/(C)Getty Images

障がい者スポーツに対する“無関心”を“自分ごと”に

千葉県柏市に拠点を置くNPO法人パラキャンは、全国の学校や自治体で障がい者スポーツをモチーフにした教育・体験プログラムを企画・運営している。講師は毎回、パラアスリートが務める。

事務局長を務める中山薫子さんは、米国在住だった1996年にアトランタで初めてパラリンピックに触れ、以後約20年、パラキャンでの活動を継続している。

中山さんは、障がい者スポーツの本質を「協力、協調、共存、競争、それから自助努力」と話す。プログラムでは、競技用車いすの進化や、チームスポーツにおける点数制度(障がいの程度をポイントに変換し、チームごとに総計を統一することで、競技の公平性を担保する仕組み)等に触れる。パラアスリートが講師として参加するが、選手が自身の体験を話すだけにとどまらないのが特徴だ。道具の進化や競技ルール成立の背景、目的を問いかけることで、子どもたちの“自分ごと化”を促す。

そのような構成にしている理由を聞くと「たくさんの知恵が集まって、素晴らしいものが生まれる、できなかったことができるようになる。障がい者スポーツを通じて子どもたちに教えるべきはそこじゃないかと思っています」と話してくれた。

「パラリンピックを開催することで、何が変わらなくてはいけないかというと、障がいの有無に関係なく、共にスポーツができる環境が整うこと。パラリンピックは人間の可能性を最後まで信じた人が立つ象徴にすぎないんです。開催してどうするか。社会を変えていかないと。例えば、野球チームに足の悪い子が来たとき、(チームに)入れてもらえないことがある。でも逆に『この子をチームに入れてやってみよう、だってパラリンピックで選手があんなに活躍してたじゃん。この子もきっと活躍するから、できる範囲でやろうよ』と」

冒頭で触れたアンケートを行った株式会社ゼネラルパートナーズは、回答結果に際したリリースで「“期待”と“あきらめ”の気持ちが混ざったパラリンピック」と表現した。この“あきらめ”はどこから来るのか。一つには“無関心”ではないだろうか。中山さんは言う。

「“障がい者スポーツ”というと、『自分には関係ない』と多くの人が思ってしまうのではないでしょうか。例えば普通学級では障がい者と健常者が一緒に運動をする機会が少なくて、そのまま大人になっていく。だから私は障がいの有無にかかわらず、誰もがスポーツを楽しむ時間をつくることを目的に“ユニバーサルスポーツ教室”というプログラムを大阪の池田で行っています。無関心を“自分ごと”に変える機会にしてもらえたら、と」

パラキャン事務局長の中山薫子さん(中央)/(C)PARAPHOTO/山下元気

“かわいそうな人”の認識は、競技を観ることで内側から壊れていく

“教えること”に続いて、“伝えること”はどうか。

今年の2月上旬に、横浜中華街でとある写真展が開催された。展示会の名称は『パラフォト展』。開催元はNPO法人国際障害者スポーツ写真連絡協議会(パラフォト)。代表理事を務める佐々木延江さんは、2002年のソルトレークシティ大会から本格的にパラリンピックの取材を開始。写真家、記者と協力しパラスポーツにおけるフォトジャーナリズムを体現している。17年間の取材を通じて、何を見、感じてきたのか。

「パラリンピックを取材してきて常に思うことは、選手たちは皆スポーツが好きで、障がいの有無に関係なく、ただスポーツをしに来ているということです」と佐々木さんは言う。

「現在は多くのメディアがスポーツとして報じているので状況は変わってきていますが、日本では今まで、障がい者スポーツが福祉、医療と結び付けられることが多かったと思います。でも実際に競技を見ると、双方は別ものだということに気づく。入り口は福祉やリハビリという場合でも、スポーツは本来『遊び』を本質とする楽しむもの、社会貢献や訓練ではないのです」

佐々木さんは「日本はIPCにとって、障がい者スポーツの普及対象国だと思う」とも話した。

「IPCはパラリンピックの運営元だから、彼らの目的はパラリンピックの理念を世界に浸透させることです。理念というのは『障がいのある人にもスポーツの楽しさを伝える』ということ。ただ、日本においては課題だらけです」

どのような課題があるのか。佐々木さんは続ける。

「スポーツに対する考え方、障がいや人権への理解という観点から見て、日本はまだ発展途上ということです。それは障がい者だけではなくて、若者、子ども、女性の人権についても。“権利”ということに対して、例えば欧米と比較してとても遅れている。大切なのは、一人ひとりが自発的な存在であることを理解しようとすることではないでしょうか」

パラフォトは、障がい者スポーツの“ファンのメディア”であることを理念に掲げる。伝え続ける行為の大切さを知っているからこそ、“ファン”という言葉を冠することによって敷居を下げ、間口を広げることで、誰もが“発信者”たりうる現代のメディア環境に寄り添い、障がい者スポーツを伝えている。

「パラアスリートを“かわいそうな人”という意味で見ていた人が実際に競技を観ると、自分の認識が内側から壊れていく感覚があると思う。その時に、障がい者スポーツの価値が見えてくるんじゃないかと思うんですよね」

パラフォト代表理事の佐々木延江さん(左)/(C)PARAPHOTO/山下元気

考えさせられた『自分は彼らほど人生を楽しめているのか』の問い

もう一人、話を伺ったのは、株式会社WOWOWのチーフプロデューサー・太田慎也さんだ。同社はIPCとの共同プロジェクトとして、パラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ『WHO I AM』の企画・制作に取り組んでいる。2016年から放送開始したこのシリーズは、世界最高峰の実力を持つパラアスリートの素顔を、国や競技、障がい種別のバランスを見ながら毎シーズン8名ずつ特集する映像作品で、2020年まで5シーズン続く。2月まで放送されていたシーズン2では、アルペンスキーの世界王者である森井大輝(トヨタ自動車)ら、平昌パラリンピックを控える3名のアスリートも取り上げられた。

2015年の着任から制作現場の指揮を執る太田さんは、前述の佐々木さんの言葉にあるような「認識が内側から壊れていく」のを感じた一人でもある。太田さんは最初、パラリンピックに関する知識はほぼ皆無だったという。プロジェクト着任後、「まずは現場だ」と、同年夏にスコットランド・グラスゴーで開催されたパラ水泳世界選手権に出向き、驚いた。

「会場にMCがいて、競技間には音楽がガンガン流れて、その中で選手のパフォーマンスを見る。一つの興行として成熟していると感じて、帰国後に上司に言いました。『テニスのグランドスラムやサッカーのリーガ・エスパニョーラ、ラスベガスのボクシング、女子ゴルフのLPGAツアーとまったく変わりません』」

取材に入るにあたり、数カ月かけてシリーズに通底するフィロソフィーを定めた。テーマは「自分」である。太田さんは「観ることで自分に返ってくる番組にしたかった」と話す。

「自分はどうなんだろう。それは僕ら取材チームが選手たちと会って感じたことだったんです。例えば『足がないのにすごいな』とももちろん思いますけど、それ以上に『楽しそうだな、人生エンジョイしているな』と感じた。彼らを少しでもかわいそうだなと思っていた僕らの方がよほどかわいそうだという話になって。自分たちは彼らほど人生を楽しめているのか、あんなに胸を張って誇れるものを語れるだろうか、と」

だからこそ、伝え方にはこだわった。それが結果として、悲劇をことさらに描かず、また、彼らの超人的な能力も極端に押し出すこともない、選手たちの生き様を描いた映像となって表現されている。

ほぼゼロに等しかったパラスポーツへの関心がイチになり、今ではアスリートたちを追いかけ世界中を奔走する太田さんは、最後に期待を込めて言った。

「“パラスポーツの盛り上がり”という視点だけで考えたら、日本はまだ1回裏とか2回表ぐらいだと思いますよ」

WOWOWチーフプロデューサーの太田慎也さん/(C)Naoto Yoshida

平昌への声援は東京にも届く

今回の平昌パラリンピックでは、メダル獲得を有力視される日本人選手もいる。しかし、メダル、入賞といった結果にとどまらず、『人』を見る。それが、パラリンピックの見どころではないだろうか。その結果として、佐々木さんの言う“自発的な意識”が生まれていく。その意識の醸成の根本には中山さんのような教育活動がある。障がい者スポーツに対する人々の価値観を変える、その象徴が、4年に一度のパラリンピックなのである。その舞台が、間もなく幕を開けようとしている。

筆者自身も、平昌へ行く。

「これが自分だ」とよどみなく自己表現をするパラアスリートの躍動を見て、胸に手を当てて考えてみる。

「自分は、人生を楽しめているだろうか」

そこに、障がいの有無を隔てる壁は存在しない。

今、平昌の街には、世界中からパラスポーツの猛者たちが集結している。同じ現象が2年後、東京の街でも起こる。平昌の地で戦うパラアスリートへの声援は、そのまま2年後の東京にも届く。

パラリンピックは、スポーツの祭典だ。世界的なエンターテインメントは、私たち“観客”抜きには始まらないのである。

<了>

パラリンピアンへの「力み」を無くしたい。為末大・スペシャルインタビュー

前編では「本業がない」ことへの悩みから、意思決定をする存在として自らを定義付けたこと、『新豊洲Brilliaランニングスタジアム』を立ち上げどんな人でも使える場を目指したことを伺った。後編では、その話をより掘り下げ、パラリンピアンに対する日本人の目線について言及している。(インタビュー=岩本義弘 写真=新井賢一)

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吉田直人

著者プロフィール 吉田直人

1989年生まれ。大学時代は学内の機関紙記者として活動し、箱根駅伝やインターカレッジを中心に取材。2016年、勤務していた広告代理店を退職、フリーランス・ライターとして活動中。義肢装具士、義足のスプリンターとの出会いをきっかけに、障がい者スポーツへの取材にも積極的に取り組んでいる。