自然と高まっていった社内の機運

ー渡辺さんが2009年にラグビー担当になられてから3度目のW杯となります。過去2大会と比較して、まず社内ではどのような違いがありますか?

2015年までは、日本テレビ(以下、日テレ)の番組にラグビー選手の起用を提案してもなかなか受け入れてもらえませんでした。なにせ、今大会の日本開催が発表された会場にもカメラ(ENG)を出させてもらえなかったくらい、社内の注目度が低かった。秩父宮ラグビー場のモニターに映った発表の瞬間を、私のデジカメで撮影してニュースに使ったくらいですから(笑)

前回大会の南アフリカ戦後の国内の盛り上がりをきっかけに、ラグビーのポテンシャルがようやく理解してもらえましたね。今では、「ラグビーの映像素材を使いたい」や「こんなネタや、選手がいたら使いたい」といった要望を制作側からもらえるようになりました。
結果的に、ラグビーの試合結果を放送するだけでなく、ラグビーの見どころを伝える小コーナーや、ラグビーをモチーフとした演出が加えられたりと、情報番組からバラエティまでラグビー色を強く打ち出せています。

日本テレビスポーツ局プロデューサーラグビー担当 渡辺卓郎氏。実はラグビー未経験だが、ラグビー愛は人並みならないものがある

ーそこまでには、渡辺さんの各所への働きかけが多くあったのでしょうか。

実際には、視聴率の責任を各番組のプロデューサーが担っているなかで、「ラグビー使ってくださいよ」なんてお願いは軽々しくできるものではないんです。W杯に向けてラグビーの露出を増やすことができた理由は、全社的な使命感に尽きます。「日本テレビは今年ラグビーを盛り上げる」というメッセージが今年は全社に浸透しています。

ー先日の『しゃべくり007』には、TBSのドラマ『ノーサイド・ゲーム』に出演する元ラグビー日本代表・廣瀬俊朗さんがゲストとして登場しましたが、社内の理解なしにはできないことですね。

まさにそうですね。しかもあのドラマの裏番組である『行列のできる法律相談所』(以下、行列)は、昔からラグビー選手を多く起用してくれている番組。申し訳ないという気持ちがありましたが、行列のスタッフも双方の上層部も後押しをしてくれました。

10年前から変わらぬプロモーション戦略が実を結ぶ

ーメディア露出の機会が増えるなか、プロモーションの戦略は前回大会までと変化したのでしょうか。

それはほぼ変わっていません。ラグビーというマイナースポーツを一般に知ってもらうには、まず「ラグビー」というタグを外すことが大切です。スポーツ番組だけでなく、情報番組やバラエティ番組での露出を通して間口を広げる。競技の結果ではなく、選手の両親や奥さんといった家族をテーマにするなど、より多くの共感を生む仕掛けをしてきました。

ー既存のラグビーファンに絞ることなく、幅広いターゲティングを行ってきたんですね。

確かに70〜90年代のラグビー人気を支えたシニア層に訴えるという戦略も考えられましたが、それでは今後の人気を支える若い世代に届かない。マイナースポーツはターゲティングを間違えると、次のチャンスがないんです。基本的にメジャースポーツというのは、子どもと女性からの人気が必要なので、若年層からファミリー層まで広いアプローチが必要になります。その点、日テレには老若男女問わず人気のあるバラエティ番組が多いことも追い風になりました。

ー選手の家族をはじめ、ラグビーをラグビー以外の側面から伝える演出には、選手側の協力も必要になりますね。

多くのトップ選手たちが、ラグビーがマイナースポーツであることを自覚し、野球やサッカーに並ぶ人気にしたいと思っているので、非常に協力的です。
たとえば、田中史郎選手の実家はネギ農家で、昔ながらの薪で焚く風呂釜が残っています。そこで田中選手が薪割りをするという映像を2011年に放送しているのですが、今年もう一度同じ企画をすることになった際にも、田中選手自身もご実家も要領がわかっているのでスムーズに撮影ができました。以前から積み上げてきた関係性やネタの引き出しが今花開いています。

ー日本代表メンバーには外国籍の選手が多いというのも、サッカーや野球との大きな違いです。「頑張れ日本」のメッセージの浸透に難しさは感じませんでしたか。

正直、最初はそう思っていました。でもその考えを変えてくれたのも2015年でした。日本生まれの選手と外国籍の選手のパス交換により生まれた逆転のトライ。あの瞬間の熱狂を見て、「桜のジャージを着た選手が勝った」。それだけで十分なんだと確信を持てたんです。

ラグビー一色の日本テレビ社屋の装飾。渡辺氏の依頼ではなく、宣伝部が自発的に行ったものだそう。

ブームからメジャー化へ。代表人気に左右されない土台を

ースポンサーの反応も2015年を機に好転していったのでしょうか?

2016年までは好調でしたが、その年の日本代表戦は結果も視聴率も付いて来ず、ブームも下火に。厳しい時代に戻りました。

ー2019年に向け、その状況は不安だったのでは?
確かに不安でした。ただ僕も不思議だったのですが、「ラグビーをどうにかしなきゃ」という機運がスポンサー側にも徐々に芽生えていった印象があります。2018年には、キヤノン様から土曜の21:54〜22:00の6分枠でラグビー番組を作ってほしいという依頼もありました。しかも日本代表選手だけではなく、海外の注目選手まで取り上げ、ラグビーの面白さを伝えたいという熱い気持ちを持ってくださいました。

ーずばり目標視聴率を教えてください。

ちゃんと個人的って書いてくださいね(笑)個人的な目標としては、世帯視聴率35%です。これには理由があります。今年世帯視聴率30%を超えたスポーツの放送が駅伝とテニスの全豪オープンでした。でも、2019年は駅伝イヤーでも大阪なおみイヤーでもありません。ラグビーイヤーの今年はその二つを超えたい、というのが僕の目標です。

ー大会の見所を教えてください。

テレビでも、現地観戦でもいい。世界のトップアスリートの迫力を身近に感じてほしいです。日テレが日本代表戦ではなく、W杯を放送している意義はここにあります。2019年以降もラグビーがメジャースポーツとして放送され続けるためにも、スポーツとしてのラグビーの面白さを伝えられたらと思います。



「僕たちの仕事は、畑を増やすこと」と語った渡辺氏。多様な切り口のメディア露出で至る所に種を蒔き、育て続けた苗が2015年の大金星によって一気に芽を出した。今年はラグビーをブームで終わる気はさらさらない。日本テレビが勝敗の先に見据えるのは、散らぬ桜だ。

巨大ラグビーボールの横で写真を撮る方も多いとのこと

小田菜南子