錦織圭不在も、テニス界の明るい未来を指し示した2019年秋
10月第1週に東京で開催されたジャパンオープンでは、現在男子プロテニスツアーで世界ナンバーワンのノバク・ジョコビッチ(セルビア)が、初めて日本で開催さるATPツアーの公式戦に初参戦した。
これまで日本のテニスファンは、ロジャー・フェデラー(スイス)、ラファエル・ナダル(スペイン)、ジョコビッチ、アンディ・マリー(イギリス)、いわゆる“テニスのビッグ4”といわれるメンバーのうち、ジョコビッチだけ見ることができなかった。長年、ジャパンオープンと同じ週に開催されていたATP北京大会に6回出場してすべて優勝し相性も良かったため、なかなか東京に来る機会がなかった。
だが今回は、2020年東京オリンピックのテニス開催会場で、リニューアル工事の終了した有明コロシアムの下見も兼ねて、32歳のジョコビッチはジャパンオープンへの参戦を初めて決めたのだった。
ようやくジョコビッチを生観戦できた日本のテニスファンを大いに喜ばせ、その視線を一身に集めたジョコビッチは、大きな期待に応えるかのようにジャパンオープン初参戦で初優勝を見事に飾った。
「この大会(ジャパンオープン)で優勝することを目標にしてきました。1週間(ジャパンオープンの週)、自分のテニスのレベルがとても良かったので、とても満足しています」(ジョコビッチ)
一方、日本勢では、エース錦織圭が、右ひじのけがのため欠場となってファンをがっかりさせたが、その穴を埋めるべく、ダニエル太郎と内山靖崇が、共にジャパンオープンで初のベスト8に進出した。大会史上初となる日本人選手2人がベスト8に残る快挙となり、この日本男子テニス界にとって嬉しいニュースを、自身も選手時代に1988年ジャパンオープンでベスト8に進出したことのある松岡修造氏は次のように評価した。
「テニスをよく知っている人なら、本当にすごいことが起きたと見るでしょう。一方で、錦織圭からテニスを見始めた人は、ベスト8ね、という見方で、二通りの解釈があるのではないでしょうか。ただ、テニスに携わる僕としては、本当にすごいことが起こったと捉えているし、感極まりました」
日本のテニスファンにとって嬉しい出来事はさらに続き、10月14日に、有明コロシアムで開催されたチャリティーテニスマッチ「UNIQLO LifeWear Day Tokyo」では、フェデラーが、13年ぶりに日本のテニスファンの前でプレーを披露した。
「日本で13年ぶりにプレーでしたが、こんなに長くしていなかったのかなという感じでした。皆さんの温かいサポートを感じて、日本がいかにスポーツを愛してくれているのか、テニスを愛してくれているのか、実感できました」(フェデラー)
そして、ジョコビッチもフェデラーも共に2020年東京オリンピックに出場するコメントを残し、テニスファンが来シーズンも2人を東京で見られる楽しみがあることを示唆した。
「絶対行きたいと思っています。これまで数週間にわたって、(2020年の)スケジュールを確認していました。最終的に4人の子供たちと妻とも確認しました。オリンピックは、自分にとって、大変重要なイベントです。自分の健康状態が良くてプレーできるのであれば、(東京オリンピックは)ぜひやりたいことの一つだと感じているところです。そして、開催される都市である東京で宣言するのが一番だと思って発表させてもらいました」(フェデラー)
「オリンピックは、自分の中で非常に優先順位が高いものなので、そのため(有明の)サーフェスの様子や会場の雰囲気を確認することは、(ジャパンオープンで)十分できたと思います。居心地が良い感触も得られましたので、(2020年に向けて)大きなプラスになったと思います。(東京に)戻って来るつもりです。体調を維持するようにしなければなりません。いつ来日するかは(2020年の)ウィンブルドンの結果とその後の休養、そしてチームや家族の予定にもよりますが、できるだけ早く日本へ行きたいと思っています」(ジョコビッチ)
さらに振り返れば、9月第2週に広島で開催されたジャパンウィメンズオープン(花キューピットオープン)では、日比野菜緒が、決勝で土居美咲との日本人対決を制して、母国での嬉しい初優勝を飾り、キャリア通算でWTAツアー2勝目を挙げた。
続く9月第3週に大阪で開催されたパン パシフィックオープンテニスでは、第1シードの大坂なおみが初優勝を飾った。実に日本女子選手としては、1995年の伊達公子以来24年ぶりの優勝だった。そして、大坂のキャリア通算4回目の優勝は、日本で開催されるWTA大会での初タイトルとなり、しかも大坂の生まれ故郷である大阪での嬉しい戴冠となった。
「私にとっては特別に感じる大会の一つですし、この優勝が一番スペシャルなものであることは間違いないです。本当にこの大会で優勝したいと思っていましたので、それができて本当に嬉しいです」(大坂)
2週連続でWTAツアーの日本女子選手優勝者が誕生するという僥倖となった。
日本の若手選手たちの奮起もあった。16歳以下ジュニア選手の男子国別対抗戦・ジュニアデビスカップの決勝で、第2シードの日本は、第1シードのアメリカを2勝1敗で下して、2010年以来となる2度目の優勝を果たした。日本チームの中心メンバーとなって優勝へ導いたのが、7月にウィンブルドン・ジュニアの部でチャンピオンになった望月慎太郎だった。ジュニアデビスカップ日本代表監督の岩本功氏は、望月の活躍を次のように労った。
「一言では言えないくらいの積み重ねがありましたが、勝てたのは大きかったですね。キーになったのは望月のシングルスでした。彼の存在が大きかったですね」
そして選手だけでなく、国際テニス大会を運営する側でも大きな動きがあった。川廷尚弘氏が、ITF国際テニス連盟の理事に初めて選ばれ、日本テニスだけでなくアジア全体のテニスを導く重責を担うことになり、今後の動向が注目される。
「私は、日本の代表ではありますが、アジアの代表の内の1人でもあります。日本だけのためにというわけにはいきませんが、やはり日本にいいことが起こるように努めていきたいと思っています」(川廷氏)
選手が活躍する一方で、変化が求められるコーチ環境や取り巻くメディア
実りの一方で、看過すべきではない日本テニス界の惨状も挙げておきたい。
依然としてワールドプロテニスツアーレベルで通用する日本人コーチの少なさは危機的な状況にある。不思議と日本国内では、日本テニス協会S級コーチになると、なぜかそこがあたかもゴールかのように、急にテレビで偉そうに解説を始める。本来ならS級になって、そこがスタートになって後進を育成していくべきなのではないだろうか。一体ワールドテニスツアーに定着できるプロテニス選手を現場で育てた実績もないコーチのコメントにどれだけの説得力があるのか、はなはだ疑問だ。ただ、その答えは、日本だけでなく海外からのプロテニス選手からツアーコーチとして必要とされているかどうかで、答えは明白なのだが……。
さらにS級コーチを名のるテレビ解説陣は、揃いも揃って日本人ツアーコーチの窮状を指摘しようとしない。これはコーチ同士の一種の馴れ合いで、メディアとしてそれでいいのかと厳しく問いたくなる。窮状をちゃんと指摘できているのは、伊達公子氏ぐらいだ。
優れた日本人指導者が増えなければ、いつまでたってもジュニア日本選手を海外テニス留学へ出さなければならず、ワールドテニスツアーに定着して活躍できる純国産日本人プロテニスプレーヤーを育成する土壌が成り立たない。
また、自戒も込めてだが、現存のメディアは、日本のプロテニス選手たちが残してくれた輝かしい成績を、しっかりファンに伝え、きちんと評価できているのだろうか。
実は、広島で優勝した日比野が、新聞に自分が優勝した写真が掲載されなかったことを、自身のフェイスブックで嘆いたことがあった。実にもっともな意見だったと思う。
紙面スペースの限られる新聞や雑誌、さらに放映時間の限られた地上波テレビでは、日本でメジャーなスポーツではないテニスの扱いは依然として限定的であるのが現状だ。近年、ネットメディアがだいぶ台頭してきたが、ページビュー欲しさに記事がアップされる頻度ばかり優先され、紙媒体よりクオリティーでいまひとつというケースも見受けられる。
携帯電話やパソコンやデジタルカメラなどの取材道具が革新的に進歩し、それは加速度的にこれからも進化していくのは間違いない。しかも現在は、ツイッターやインスタグラムやフェイスブックなどのSNSが発達し、さまざまなプラットフォームを介して選手自身で情報を発信できる時代でもある。
そんな激変の時代の中でいちばん変われていないのが、実はメディアだったりすることを、現場で取材しながら痛切に感じずにはいられない。今後ますますメディアの在り方や情報発信の目的や方法も問われていかなければならないだろう。
2010年代最後の2019年に、収穫の多かった日本テニス界。これを未来への布石にできるだろうか。2020年代に向けて、実った事柄をさらに大きなものにできるだろうか。
錦織や大坂が、世界のひのき舞台で残してくれた功績に浮かれることなく、今こそわれわれは地に足をつけて新たなる10年へ向けて邁進していくべきなのだ。