今年、箱根を走った40%以上の学生がナイキを使用

ナイキの厚底シューズはすでに学生駅伝も席巻してきた。今年の正月の第95回箱根駅伝では、10人全員がナイキで出走した東洋大が2年連続で往路V。初めて総合優勝を果たした東海大もナイキの着用率が高かった。1区鬼塚翔太、4区館澤亨次、5区西田壮志、6区中島怜利、7区阪口竜平、8区小松陽平 、10区郡司陽大の7名が使用。5区西田は『ズーム ストリーク6』という薄底タイプ、6区中島が『ズーム ヴェイパーフライ 4%』、他の5人は『ズーム ヴェイパーフライ 4% フライニット』を履いていた。

区間賞でいうと、ナイキ着用者は、1区西山和弥(東洋大)、2区パトリック・ワンブィ(日大)、4区相澤晃(東洋大)、5区浦野雄平(國學院大)、8区小松陽平(東海大)、9区吉田圭太(青学大)、10区星岳(帝京大)の7名。他の区間賞獲得者は3区森田歩希、6区小野田勇次、7区林奎介の青学大トリオで、3名ともアディダスを履いていた。

第95回箱根駅伝に出走した230名のうち95名(往路46名、復路49名)がズーム ヴェイパーフライ 4% フライニットを中心とするナイキのシューズを着用。前年、シューズシェア率で初めてトップ(27.6%)に立ったナイキは、そのシェアを41.3%まで伸ばしている。各大学はそれぞれのメーカーとユニフォーム契約しており、個人でメーカーと契約している選手がいることも考慮すると、これは驚異的な支持率だ。

予選会では個人100位以内で驚異の71%がナイキを着用

今回の第96回箱根駅伝予選会ではその兆候がより顕著になった。個人100位以内に入った選手のシューズをテレビ画面でチェックしたところ、ピンクが48名、グリーンが23名。その合計は71名だ。カラーリングの違いだけで、同じモデルのシューズを71%が履くというのは前代未聞ともいえる出来事だろう(※プラスして別のナイキを履いていた選手もいた)。

もう少し詳しく書くと、3年連続で個人トップを飾ったレダマ・キサイサ(桜美林大)、2位のライモイ・ヴィンセント(国士大)、3位のイエゴン・ヴィンセント・キベット(東京国際大)はピンク。4位のチャールズ・ドゥング(日大)と5位の伊藤達彦(東京国際大)はグリーンを履くなど、トップテンは10位のボニフェス・ムルア(山梨学大)以外の9人がナイキだった。

箱根予選会で上位100名の選手から圧倒的なシェアを誇った『ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%』は今年7月に一般発売。当初はグリーン(正式な色はエレクトリックグリーン)だけだったが、マラソングランドチャンピオンシップ(以下、MGC)が開催された9月15日にピンク(正式な色はピンクブラスト)が発売された。

MGCでは男子選手30名のうち16名が、『ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%』のピンクを着用。東京五輪選考に絡むトップ3に入った中村匠吾(富士通)、服部勇馬(トヨタ自動車)、大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)をはじめ、上位10人中8名が同シューズを履いていた。MGCの〝ピンク広告〟は箱根を目指すランナーたちのハートを刺激したと考えられる。

予選会で個人上位に食い込んだ選手に話を聞いたところ、以前は別メーカーの薄底シューズを履いていたが、昨年からナイキの厚底シューズを履くようになったという。「スピードを出すなら薄底の方がいいですけど、ハーフなど長い距離だと厚底の方が後半のダメージが残らないのでいいかなと思います」という感想を持っていた。

その選手は『ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%』のグリーンを着用していたが、大学卒業後に入社予定の実業団チームから提供されたという。チーム内でも同モデルを履いている選手が多く、「純粋に『速くなりたい』と思っているので、みんな自分で買っていますよ。走りやすいという声をよく聞きますね」と教えてくれた。

指導者が着用を躊躇する現状も

一方で箱根駅伝常連校のあるベテラン指揮官は、以前こんな話をしていた。

「シューズは各自に任せていますけど、ナイキの厚底シューズは人気がありますね。やっぱり、凄く進むらしいです。それに履くと物凄くリズムが良くなる。ただ、自然と前傾姿勢をキープできるので、股関節への負担が大きいような気がします。それに、万が一、IAAF(国際陸連)の規制に引っかかったら、どうするんでしょうか。一発走るのはいいかもしれませんが、あのシューズに頼らざるを得なくなるのは、ちょっと危険ですよ。それくらい劇的に走りが変わりますからね。僕は履けとは言えません」

指導者が着用を躊躇するほどの威力を持つナイキの厚底シューズは、さらに勢いを増している。10月13日のシカゴマラソンでは、女子のブリジット・コスゲイ(ケニア)が従来の世界記録(2時間15分25秒)を一気に1分21秒も塗り替える2時間14分04秒で突っ走った。

驚異の記録もあり、ナイキを使用していないアスリートグループが不満を訴え、IAAFが調査に乗り出すという。シューズはすべてのランナーが合理的に利用可能で、不公平なサポートや利点があってはいけないというルールがあるからだ。

箱根予選会校でナイキとユニフォーム契約をしているのは中大のみで、他の学校は別メーカーのユニフォームを着ている。個人でメーカーと契約もしくは、物品提供を受けている選手もいるが、それは一部のエリートだけ。そのため、今回ナイキの厚底シューズを履いていた選手は、中大を除けば、ほとんどが自費で購入したと考えていい。

箱根駅伝を目指す学生ランナーは月間で700~800km前後を走り込む。ジョグ、距離走、スピード練習とメニューによってシューズを履き替えているが、1年間で何足も履きつぶすことになる。そのなかで、『ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%』の価格は税込30,250円と高額だ。しかも、性能をフルに活用できるマイレージは一般的なランニングシューズよりも短い。

陸上競技はお金のかからないイメージがあるかもしれないが、結果を渇望する学生ランナーは、シューズに大枚をはたく時代に突入した。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。