前回の2016年リオデジャネイロ大会までは五輪開催年の4月~5月に代表が決まるのが大きな流れだったが、今回は時期的に3段階に分けて決定する方法を導入した。五輪本番を見据え、早期に決めることで十分な準備期間を確保できるようにするのが主目的。抜きんでた成績を収めた場合、早ければ前年の11月に決まることになった。ふたを開けてみると、実際に昨年の時点で五輪切符を手にしたのは女子78キロ超級の素根輝(環太平洋大)だけ。それだけ各階級1枠の代表争いが拮抗している証拠で、目が離せない。

▽巻き返し

3段階のうちの第1段階は、昨夏の世界選手権と11月のグランドスラム(GS)大阪大会をともに制した上で、全日本柔道連盟(全柔連)強化委員会出席者の3分の2以上の賛成を得れば代表に決まるというものだった。GS大阪大会では素根に加え、男子66㌔級の丸山城志郎(ミキハウス)、女子52㌔級の阿部詩(日体大)が代表切符を得る可能性があったが、ともに優勝することができずに失敗した。

特に熾烈な争いで注目されているのが男子66㌔級。丸山と阿部詩の兄、一二三(日体大)が競い合っている。昨年初めて世界選手権を制した丸山が2年前のGS大阪から国内外で5連続優勝と上り調子だった。しかし、GS大阪決勝では一昨年まで世界選手権2連覇の阿部一二三に敗れた。意地と意地のぶつかり合いで世界最高レベルのせめぎ合いだ。

他の階級でも、追う立場の選手が巻き返すパターンが目立つ。一斉に発表だった従来とは違い、3段階に分かれていることにより、追う側からすれば目標を絞りやすく、捨て身の勝負を仕掛けやすい状況が生まれるのではないか。「火事場の馬鹿力」「窮鼠猫をかむ」など、追い詰められたら思いがけない力を発揮するたとえはいくつもある。

阿部詩は決勝でフランス選手に敗れた。相手が阿部詩について「緊張感があったし、少し焦っていた」と分析したように、勝てば五輪決定と明確化されていることで普段通りの動きではなかったことが推察される。本人も「五輪レースは過酷だと思い知った」と話した。五輪に向けて世界各国の強化、追い上げが進んでいる現状もあった。

▽懸念も

次のフェーズの第2段階は、昨年12月に中国で開催されたマスターズ大会、今年2月のGSパリ大会、GSデュッセルドルフ大会(ドイツ)終了時点となっている。特に欧州での2大会はヤマ場で、好成績を挙げた選手について、強化委員会の3分の2以上が2番手以下と比べて歴然と差があると判断すれば決まる。

男子73㌔級のリオ五輪王者で世界選手権覇者でもある大野将平(旭化成)はGS大阪を負傷により欠場したが、他の選手とは地力に大きな差があり、この段階での決定が有力視されている。この他、男子100㌔超級の原沢久喜(百五銀行)はマスターズ大会を制覇。GS大阪で優勝できなかったものの実力十分の阿部詩、女子70㌔級の新井千鶴(三井住友海上)らも2月下旬の強化委員会で五輪出場権を手にする可能性が十分にあり、一気に大量決定も想定される。

第2段階でも決まらなかったときは、最終選考会となる4月の全日本選抜体重別選手権に持ち越される。言ってみれば、従来とほぼ変わらないタイミングだ。ただ、ここまで来ると、これまでの1度のみの代表発表と比べ、五輪本番を見据えた場合に懸念材料が浮かび上がる。全柔連幹部が「先頭を走ってきた選手たちには心の疲れがある」と話すように、3段階の争いが激化したことによる疲労の蓄積だ。何度もアップダウンを経験しながら勝負への気持ちをつくらなければならないのは精神的な消耗度が増す。他にいち早く代表入りした選手がいるという事実も心理的な影響を及ぼしかねない。もちろん、フィジカル面でも無理がたたる恐れがある。

▽改革

徹底して五輪への準備期間を優先するのであれば、他の競技のように早めに期限を切ることが一つの策だ。昨年12月、代表選考に絡み、テレビのワイドショーなどを含めてメディアで大きく取り上げられたのが卓球女子だった。2枠のシングルスは積み上げたポイントで決まるもので、伊藤美誠に次ぐ2番手の座を巡り、石川佳純と平野美宇が激しい争いを展開。12月前半の中国でのグランドファイナルで、わずかの差によって石川がシングルス代表を手中に収めた。

柔道では現在、4月にビッグイベントの全日本選抜体重別選手権などがある。国際大会との兼ね合いで、国内の大会スケジュールを動かすのは難しいかもしれないが、例えば2月終了時点ですべて決定するなど、いつの時代も状況に即したたゆまぬ改革は必要だ。

柔道の代表第1号となった素根は早期決定のアドバンテージを活かし、出場試合を絞りながら、万全の態勢で臨むべく練習に励んでいる。他の選手、特に最終選考会までもつれた階級については、うまく疲労を取りながら五輪を迎えることが大切になるだけに、指導する側の力量も問われる。この点、男子代表候補が年始に温かい米ハワイで合宿を張ったのはリフレッシュが狙いの一つで、いいアクセントになった。男子の井上康生監督は自身のブログに「選手が大輪の花を咲かせることができるよう全身全霊をかけ、『攻め』の姿勢を忘れず全力で取り組んでまいります」とつづった。思い切った選考システムの変更が成功と言えるか否かは、日本柔道の誇りもかけた五輪本番での結果で示される。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事