「さわやかなカラーですね。僕のユニフォームはシンプルなので映えると思う」と大迫がいえば、鈴木も「暖色系のカラーが好きなので、非常にモチベーションが上がるカラーだと思っています」と笑顔を見せた。

 ランナーにとってシューズは唯一の〝相棒〟ともいえる存在だ。ふたりともマラソンではナイキの厚底シューズを履いて結果を残してきた。

 大迫は2018年10月のシカゴマラソンでズーム ヴェイパーフライ 4% フライニットを履いて、2時間5分50秒の日本記録。今年3月の東京マラソンでは、最新モデルのエア ズーム アルファフライ ネクスト%(以下、アルファフライ)を着用。MGCファイナルチャレンジ設定記録(2時間5分49秒)を突破して、東京五輪代表内定をゲットしている。

「アルファフライは前モデルと比べて、かなりクッション性と反発性が増したなと感じています。今年の東京マラソンも後半まで脚を残すことができました。35㎞くらいからペースが上がったんですけど、それを助けてくれたシューズだと思います」

 鈴木は2018年8月の北海道マラソンをズーム ヴェイパーフライ 4%で駆け抜けて優勝。昨年9月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)はズームX ヴェイパーフライ ネクスト% を履いて2位に入り、東京五輪代表内定をつかんでいる。

「MGCは苦しい走りというか、自分のなかでは課題が残る走りになったんですけど、それが来年へのモチベーションになっています。昨年の自分を超えて、しっかりと勝負できる状態で来年はマラソンを1本走りたいなと思っています」

 2020年夏に開催予定だった東京五輪は来夏に延期された。鈴木は故障で調整が遅れていただけに、勝負のときが持ち越されたことは確実にプラスになっている。故障期間中は、落ちてしまった筋肉を戻すための筋トレや体幹トレーニングをこなして、身体のバランスを整えてきたという。

 3月の東京マラソンで再び日本記録を塗り替えた大迫も心身ともに疲労感があり、東京五輪が延長したことをポジティブにとらえている。

「正直、休める時間があって良かったなと感じています。心身ともに余裕が持てる時間ができた。もう1年、しっかりと準備できるので、今以上に強くなれる可能性がある。来年のオリンピックに向けて、より強い自分を出したいというモチベーションで頑張っています」

履き分けも必要

 大迫や鈴木の活躍もあり、ナイキ厚底シューズは世間の注目を浴びている。今年1月の箱根駅伝ではナイキ厚底シューズの使用率が84.3%まで増加。高校生や中学生、さらには市民ランナーの使用も増えているのだ。しかし、ナイキ厚底シューズの使い方については、考えていかないといけない時期に来ているかもしれない。最近は同モデルを練習でも多用する選手が増えているからだ。

 今年の東京マラソンをアルファフライで駆け抜けた大迫だが、大会前に履いたのは2回ほどだという。

「アルファフライは大切な練習と試合のときしか履かないですね。その日のためにとっておくイメージです。普段の練習では、薄底タイプのシューズを履くことが多いですし、トラック練習ではスパイクも履きます。トレーニングに応じてシューズは履き分けています。市民ランナーの方でしたら、普段の練習はアルファフライの感覚に近いズーム ペガサス ターボやエア ズーム テンポ ネクスト%を履いて、大切な練習や本番はアルファフライを選んでもらえるといい。練習で自力をつけていくことで、アルファフライを履いたときに最大限の力を引き出せるんじゃないでしょうか」

 鈴木も4足ほどのシューズを目的に合わせて履き分けるようにしているという。

「気に入ったシューズを履きがちですけど、すべての機能を1足のモデルに求めるのは難しいと思います。ロングジョッグは安定性のあるリアクト、不整地は足にフィットして走りやすいペガサス、ウエイトは素足に近い感覚のフリーを履くことが多いですね。いろいろなシューズを履くことで、様々な筋肉を刺激できる。ひとつのモデルに頼りすぎないで、自分の足でしっかりと走ることが大切かなと思います」

東京五輪へ

 大迫と鈴木は同学年で2021年に30歳を迎える。年齢的に考えると、来年の東京五輪は最大のチャンスになるだろう。

 そのなかで大迫は自分のことだけでなく、未来を担う選手たちへのサポートも熱心に行っている。小中学生に向けたオンラインクリニックなどに参加。自ら高校生・大学生ランナーを対象に世界で戦うための「Sugar Elite」というチームを発足して、8月17〜24日には短期キャンプを実施した。

「小中学生のクリニックは、身体を動かす楽しさを知ってもらいたくてやってきました。Sugar Eliteのキャンプは、現役中の今だからこそ伝えられる競技の思いや知識があると思うので、今回やらせていただきました。自分の姿勢を見せることで、学生のモチベーションになってくれたらいいなという気持ちがあります。大学や高校は指導者の指示に従うだけでいいですけど、プロとしてやっていきたい場合はケース・バイ・ケースで対応していく力が必要になってくる。その日の練習メニューに対して、どのように考えるのか。トレーニングを自分発進で組んでいくことの意識付けはできたんじゃないかなと思います」

 大学卒業後は米国に拠点を移すなど、日本人では未知なる高みを目指し貪欲に挑戦してきた大迫。彼の背中と言葉は、有望な若手選手のハートを強く刺激したことだろう。

 一方の鈴木も日本陸上界では稀有な存在だ。中学時代に日本一に輝くも、高校時代はケガに苦しんだ。名古屋大を卒業した才女でもあり、他の国内トップ選手とはまったく異なるキャリアを歩んできた。将来の夢については、「まだ漠然としているんですけど、これまでの競技人生で培ったものを生かして、なにかしらスポーツにぶら下がっていきたいなと考えています」と話した。

 大迫傑と鈴木亜由子。東京五輪の活躍はもちろん、ふたりが切り拓く道には、大きな可能性が秘められている。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。