無観客試合はスポーツフォトグラファーにも大きな痛手に
ー新型コロナウイルス感染拡大は、スポーツ写真の撮影にどのような影響を与えましたか?
島本:直接的な影響は、現場に入れるフォトグラファーの数が制限されたことですね。例えばF1では、今まで100人で対応していた現場を、4分の1となる25人で撮影しなければなりませんでした。今まではそれぞれのフォトグラファーが、各々の持ち場を専門的に撮影していたのですが、より広範囲に目を向けなければならなくなりました。
ーフォトグラファー一人ひとりの担当範囲が増えてしまったんですね。
島本:今までは複数のフォトグラファーで分担していたものを、急に一人ないしは少人数でカバーしなければならなくなるので、写真のバリエーションの担保が難しくなりますよね。
日本人選手がいる海外のサッカークラブの撮影では、もしその選手の出番がなくてもベンチにいる様子を見たいというニーズがあります。試合とは別に、ベンチの様子にも目を向ける必要があるのです。「もっとこういうパターンも撮りたい」と思っても、時間の制約があるなかでどこまでできるのか、といった課題がありました。
ー無観客という環境での撮影も今年は多かったと思います。
島本:実は、フォトグラファーは観客の歓声をとても頼りにしています。目の前のシーンを撮影しているとき、ピッチの逆サイドで歓声があがったら、何だろうと目を向ける。そこで初めてカウンターの動きに気づくということはよくあるんです。現場での大切な情報元が一つ失われてしまったのも、フォトグラファーにとっては痛手でした。
ーそうしたイレギュラーな環境で、スポーツ写真へのニーズに変化はありましたか?
島本:試合再開当初は、無観客のスタジアムや、選手や監督、スタッフがマスクをしている様子や入場時の検温など、時代を写した写真の人気がありましたね。ファンの写真を観客席に置いたり、ソーシャルディスタンスを取る工夫を捉えたものも、よく使われました。
今はそうした新しい観戦様式にも慣れてきたのか、以前通りという印象です。もちろんスポーツなので、選手のゴールシーンなど活躍の瞬間のショットは変わらず人気があります。
アスリートの主張を、世界に届ける一枚を。スポーツ報道写真が持つビジュアル力
ーコロナ禍では、試合という表現の場を奪われた選手たちが、SNSやメディアを通じて積極的に発信する動きも見られました。こうした動きをどのように見ていましたか?
島本:アスリートが自身の影響力の大きさを自覚し、責任感を持ち始めたことで、社会的課題への発信も増えましたよね。競技成績や容姿だけでなく、個人の思想や主張がファンやスポンサーの獲得に繋がる時代だと思います。
ーテニスの大坂なおみ選手が全米オープンで、人種差別的被害にあった黒人犠牲者たちの名前が書かれたマスクを着けて出場したことも話題になりました。
島本:その写真もかなりの反響を呼びました。日本でこそ多くは報道されなかったものの、彼女をスポンサーする価値は上がったはず。
「Black Lives Matter」の抗議行動は、バスケットボールなど黒人選手が活躍する競技を中心にスポーツ界にも大きく広がり、Getty Imagesとしてもその様子を捉えた写真を多く撮影してきました。スポーツ界での出来事が一般のニュースとして語られるきっかけとなったのではないでしょうか。
ー従来の大手メディアだけでなく、ブロガーやYoutuberなど、個人や小規模のWeb媒体がいち早くそうしたニュースを伝えていく動きも増えています。
島本:そうした点では、単純に写真が使われる場が増えていますよね。Web媒体のみ、もしくは紙媒体とWeb媒体を併用するメディアが増え、紙面という制約がなくなりました。Web記事の中に写真ギャラリーをつくったり、キャッチーな写真で記事へのクリックを狙うことも当たり前の手段になっていますよね。以前にも増して、一枚で伝わる「視覚の力」が求められていると感じます。
ライブドアニュースTwitterよりースポーツ報道写真の活用の場が増えていきそうですね。
島本:特に、選手やチームのスポンサー企業はもっと活用余地があると思います。ただ企業ロゴを画面に映すというだけでなく、選手の思想や行動を伝える写真を広報活動に活用することで、見る人の心を掴むことができます。スポンサーメリットをより享受できるようになるのではないでしょうか。
フォトグラファーの多様性が、スポーツフォトジャーナリズムの根幹
ーこれからのフォトエージェンシーには、どのようなことが求められていくのでしょうか?
島本:これからは多様性、新たな視点をいかに表現、提供できるかが鍵になっていきます。そのためには、フォトグラファーの多様性も必要で、弊社ではフォトグラファーの採用数を増やしています。特に、雇用の機会均等という観点からも、黒人、女性のフォトグラファーの採用にも力を入れています。
ーフォトグラファーの多様なバックグラウンドが、写真表現にも表れるのですね。
島本:人種や性別が多様だから写真も多様、ということではありませんが、やはりそれだけ「あ、なるほどね!」という意外性のある写真が生まれる可能性が高くなりますよね。
ー東京五輪に向けて意識している準備はありますか?
島本:「いかにもTOKYO、JAPANである」ということが伝わるスポーツ写真が求められるでしょうね。今まで以上のクリエイティビティが必要とされますから、フォトグラファーの増員と育成は欠かせません。
特に、次の東京五輪は、女性選手と男性選手の比率が1:1になる大会と言われています。ロッカールームの様子や、女性選手のリラックスした表情を撮りやすいという点でも、女性フォトグラファーの強みを発揮する場にもなると思います。
ースポーツフォトグラファー個人としては、今後どのようなスキルを伸ばしていくべきでしょうか?
島本:競技や選手への専門性です。視点の多様性は、いかにその競技、選手を知っているかに左右されます。同じ選手の撮影でも、試合だけでなく練習時から観察することで、魅力の引き出し方に差が生まれます。たとえば、水泳選手がいつもレーンのど真ん中を泳ぐ癖があると知っていれば、真俯瞰からのアングルで撮影するなどの工夫が生まれます。
ー種目、選手への専門性がスポーツフォトグラファーとして抜きん出る条件になりそうですね。
島本:一度磨いた専門性は応用も利きます。たとえば、e-sportsという新しいジャンルとの取り組みでは、カーレースゲームの『グランツーリスモ』の大会に、モータースポーツのフォトグラファーを送りました。ゲーム画面のキャプチャという特殊な"撮影”でしたが、やはり日頃レースを撮影している目で切り取るキャプチャは、躍動感が違います。
リスクのない大会はない。どこにも真似できない"いつも通り”の準備
ー来年、予定通り東京五輪が開催される場合、今までの大会に比べてどのような対応の違いがありますか?
島本:どの国でも、何かしらのリスクがあるというのが我々の考え方です。ソチ(ロシア)ではテロ、リオ・デ・ジャネイロ(ブラジル)では治安。パンデミックのリスクも、今回が初めてではありません。いつも通り、場所に合わせたリスクマネージメントを行なうだけです。
ー今後のGetty Images Japanの展開を教えてください。
島本:弊社は世界のスポーツ報道写真の草分け的存在として、FIFAやIOCといった様々なスポーツ団体とパートナーシップを組んできました。
最近では2020年の7月からは、Jリーグと独占的販売代理店契約を締結し、Jリーグの公式写真がGetty ImagesのWebサイトからのみアクセスが可能となっています。従来通りの試合の撮影だけでなく、ピッチ外でもサッカーの面白さを伝える撮影ができないかと検討を進めています。
こうした新しい取り組みも、永年にわたる信頼関係があるからこそできること。スポーツの魅力や意義を伝えるためのチャレンジに期待してほしいです。