村上は1月2日放送のテレビ朝日系列『夢対決2021 とんねるずのスポーツ王は俺だ‼ 5時間スペシャル』内のコーナー「リアル野球BAN対決」で初出場ながら大きな爪痕を残す。
 前田健太(ツインズ)、柳田悠岐(ソフトバンク)、中田翔(日本ハム)、鈴木誠也(広島)、吉田正尚(オリックス)という錚々たる面々と侍オールスターの一員に名を連ね、チームの窮地を救う同点満塁ホームラン。“20歳の怪物スラッガー”の冠に違わぬ驚がくの弾丸ライナーと、ハタチらしい無邪気な喜びようとのギャップ。Twitter上では「村上くん」がトレンド入りし、燕党からは「他球団のファンに村上くんの可愛さがバレてしまう」と余計な(?)心配の声が溢れた。また、“バラエティをわかってる感”、エンターテイナーぶりも光った。チェンジアップに対しまるでパワプロのような豪快な空振りを見せたかと思えば、同コーナーに数回出演している同僚・山田哲人お得意の「おい杉谷(日本ハム)、わかってるやろ。左で打てや」の完コピ。
 1月10日放送の日本テレビ系列『ダイワハウス プロ野球No.1決定戦 バトルスタジアム』内の「クイズ王・伊沢拓司VSプロ野球 クイズバトル」でも伊沢を退け優勝し、「今年一番の誇りです」と“宗くんスマイル”を見せ、今オフのバラエティ番組の主役の座を決定づけた。

 そして高橋奎二の結婚は、燕戦士久々の有名人との結婚のニュースとなった。かつてのヤクルトといえば、人気女性アナウンサーとの結婚が多かった。古田敦也&中井美穂(元フジテレビ)、石井一久&木佐彩子(元フジテレビ)、青木宣親&大竹佐知(元テレビ東京)と、人気選手が結婚を機にさらにスター選手への階段を上っていった。高橋の場合は、より一般的な知名度が高い“元国民的アイドル”が相手だ。

 テレビのバラエティ番組での露出&活躍と、有名人との結婚。それによる、ヤクルトファンと野球ファンはもとより、野球ファン以外からの注目度の上昇。なんだかこの感覚、懐かしい。そうだ、ヤクルトスワローズは黄金時代を迎えていた90年代、名実ともに優れた“タレント揃い”のチームだった。グラウンド上では強く、かっこよく。メディアを通して見えてくるグラウンド外での“オフの顔”は明るく、面白く。村上のテレビ番組での活躍と、高橋&板野というビッグカップル誕生が、そうしたかつてのヤクルトを思い出させてくれる。

ヤクルトの選手はテレビのバラエティに引っ張りだこだった!

 リーグ優勝6回、日本一に4回輝いた平成時代のヤクルトスワローズ。とりわけ90年代前半のヤクルト人気は凄かった。1992、93年のリーグ二連覇(93年は日本一)などシーズン中の“本業”はさることながら、この頃はオフ=ストーブリーグの主役でもあった。

 その理由は2つ挙げられる。1つ目は当時のヤクルトがジャニーズ顔負けの“アイドル製造工場”であったこと。しょうゆ顔と言われたルックスで若い女性ファンも多かった池山隆寛を筆頭に、城友博、笘篠賢治といったイケメン組。後述の熱唱姿が板についていた現監督の高津臣吾、時には汚れ役も引き受けたギャオスこと内藤尚行といった三枚目組。チームの扇の要であり、趣味は将棋という一面も持つ知的な古田敦也といった正統派組。戦力同様、タレント面での層の厚さも他チームの追随を許さなかった。そして2つ目は、ヤクルト球団にフジサンケイグループの資本があったのを追い風に(現在も継続)、特にフジテレビ系のバラエティ番組におけるヤクルトの選手の露出が多かったことだろう。当時のヤクルトとフジテレビの蜜月ぶりを、名物番組とともに振り返ろう。

 1987年から95年まで毎年オフの1月に放送されていた「オールスタープロ野球対抗歌合戦」では、高津がアフロのカツラを被ってクリスタルキングの「大都会」を熱唱し(これは後世に残る名作)、古田は米米CLUBの「浪漫飛行」をしっぽりと歌い上げるという“一芸”をそれぞれ披露。

 シーズンオフの風物詩だった「プロ野球珍プレー・好プレー大賞」では、ノムさんこと野村克也元監督のボヤキを含めた愛らしい言動を集めた恒例のコーナーが人気を博した。93年に古田敦也・高津臣吾、97年にドゥエイン・ホージ―、99年に石井一久が「珍プレー大賞」を受賞しているように、この人気番組もヤクルトを中心に回っていた。
 同番組では、ちょっと変だがまさに助っ人と呼ぶにふさわしい活躍をした名外国人がヤクルトには多いことも世に知らしめた。ヘルメットにファンからもらったプリクラを貼りまくり、スパイクには“たろう”という刺しゅうを入れていた97年の本塁打王ホージ―(ヤクルト在籍97-98年。タイトルは在籍時のもの)、「アイーン」「ゲッツ」「ラミちゃん、ペッ」など、お笑い芸人の芸を本塁打パフォーマンスとした03年の本塁打・打点2冠王アレックス・ラミレス(同2001-07年)などのユーモラスかつ個性的な外国人をフィーチャー。
 ほかにも、ワニの肉を好物とし、春のユマキャンプ中はチームメイトをワニ狩りに誘ったという89年の本塁打王ラリー・パリッシュ(同89年)、練習中にチームメイトの前でミミズを踊り食いしたことから“ミミズ男”と呼ばれた93年日本一メンバー、レックス・ハドラー(同93年)、そもそも友人の母だった25歳上のオルガ夫人とのアツアツぶりがメディアを賑わせた99年、01年の本塁打王ロベルト・ペタジーニ(同99-02年)など、枚挙に暇がないほどだ。

 スポーツを題材としたトークバラエティ「ジャンクSPORTS」では優勝した年をはじめ、シーズンオフにはことあるごとにヤクルト特番を放送。球団50周年イヤーだった2019年12月に放送された「ノムさんが教えてくれたことSP」が記憶に新しい読者も多いだろう。番組MCであるダウンタウン・浜田雅功とゴルフ仲間という高津との軽妙なやり取りは番組名物で、また「オフの間に不摂生をして血液ドロドロになっている選手は誰だ!?」というテーマのもと開催された2007年の“血液サラサラ選手権”では、石川雅規・青木宣親・川島亮・城石憲之の中で最終的には青木が最下位になり、当時の古田監督から開幕スタメンはく奪の危機に陥るという一幕も。ちなみに、“平成・令和のミスタースワローズ”の一人である青木のバラエティ番組初出演も「ジャンクSPORTS」だ。

 古田に至っては、フジテレビで1995年に自身の結婚式も生中継する超ファンサービスぶり(番組名は「独占!おめでとう!!古田敦也&中井美穂さわやか結婚披露宴」)。当番組が記録した視聴率26.2%は、プロ野球選手の結婚披露宴テレビ中継視聴率のダントツの第1位である(2位は当時巨人の元木大介&大神いずみ夫妻=17.6%・2000年、3位は当時オリックスの谷佳知&田村亮子夫妻=17.2%・03年)。

「プロ野球は人気商売」ノムさんの教えを胸に

 当時のフジテレビを中心としたバラエティ番組への積極的な出演は、「プロ野球は人気商売」という信条から「とにかくテレビには積極的に出て、名前と顔を売りなさい」と諭したノムさんの教えでもあった。古田も「オフの期間に(多くのバラエティ番組に出ると)ふざけていると思われがちなので、野球も頑張らなきゃという気になる。逆にテレビに出ている人間のほうが、どんどん成績を上げた」と振り返っているが、先に述べた選手たちはみなヤクルトの中心選手であったことがその証左だ。

 ノムさんが率いた90年代のヤクルトスワローズは「面白い、かっこいい」に加えて、強かった。強くて、面白くて、かっこいい、そんな人気球団だったかつてのヤクルトの面影が、村上のテレビ番組での活躍と高橋の結婚によってチラリと覗く今オフ。2年連続最下位からの浮上、そして常勝軍団の復活。長年の燕党はみな、“あの頃”が再びやってくることを期待せずにはいられない今年のストーブリーグである。


(敬称略)

熊谷洋平

著者プロフィール 熊谷洋平

新卒でスポーツ新聞社(大阪配属)に入社し、編集センターにて阪神タイガース関連の記事を中心に紙面レイアウト制作に従事。 その後、雑誌の世界に転じ、編集プロダクションを経て、現在出版社勤務。幼稚園年長の頃から東京ヤクルトスワローズ一筋。幼少期から選手名鑑を穴があくほど読み、ほぼすべての選手のキャリアを空で言えるのが特技。Twitter@yoheihei170