花火で幕開けの日本ハムと、激震でのスタートとなった阪神
何とも派手な幕開けだった。新庄監督は1月31日、キャンプ地の沖縄・名護市で「キャンプイン前夜花火ショー」を開催。17分間で約2200発の花火を打ち上げ、コロナ禍収束とキャンプの成功を祈った。感極まった様子で「日本中の全ての人に『思い』が届けばいいなと思います」とコメントしたビッグボスは、さらに2月1日のキャンプ初日を2軍が練習する国頭村の視察でスタートする異例の形を取るなど、その常識にとらわれない一挙手一投足で大きな注目を浴びた。
かたや阪神は激震でのスタートとなった。オミクロン株による感染拡大でオンライン対応となったキャンプイン前日の会見。指揮官が宿舎でのミーティングで何を話したのか、当然のように報道陣から質問が出たが、その答えは“予定調和”を崩すには十分なインパクトあるものだった。
「俺の中で今シーズンをもって監督は退任しようと思っている」。そう選手たちに伝えたことを明かしたのだ。プロ野球の“正月”2月1日を前にした、前代未聞の告白。新庄ハムのド派手スタートで始まると思われたスポーツ紙をはじめとしたメディアのキャンプ報道の空気が、一気に変わったのも当然だった。
当然、ファンもSNSなどで反応し「監督の覚悟が見える発言」と前向きに捉える意見が出る一方、「チームが白けてしまうのでは」と影響を危惧する否定的な声が多く上がった。2月1日付のサンケイスポーツでは元阪神投手で評論家の江本孟紀氏が「監督として、この時期に言ってはいけないことだ」と言い切るなど、多くの球界OBからも批判的な意見が飛び出した。
ただ、この監督の行動、実は、選手たちにとっては決してネガティブでものとばかりは言えないようだ。「聞きたくなかった」と退任を残念がる声は上がったが、「監督を男にしたい」と意欲を燃やす選手も決して少なくなかった。
それが、顕著に表れたのが2月23日のこと。練習開始前の声出しを担当する「ワンデーキャプテン」を務めた西勇輝投手、糸井嘉男外野手の提案で、選手たちが矢野監督を3度胴上げしたのだ。未来の姿を想像し、先に祝うことで現実を引き寄せるという「予祝」の考え方に基づく行動だったが、これこそ矢野監督がかねて推奨してきた哲学。この3年間で監督が伝えてきた思いを、選手が体現した形となった。
17年ぶりの優勝に向けた“予行演習”にチームは大盛り上がり。SNSでは「さすがに能天気すぎる」などの声もファンから上がったが、少なくとも選手たちは、覚悟を決めた指揮官のもとで一つの目標へ機運が高まっているのは確かなようだ。逆に、胃がんの手術を経て、選手たちに「最後のつもりでいる」と告げて臨んだ2008年のシーズンに、よもやの最下位に沈んだ王貞治監督率いるソフトバンクのように、選手の思い入れが強すぎて空回りしてしまった例を持ち出したくなるほど、チームの内外で評価が異なるのが今回の電撃的な退任表明といえるかもしれない。
そんな賛否両論の阪神に対し、日本ハム・新庄監督は少なくとも現時点では概ね好評。球界OBたちを巻き込む“人たらし力”を遺憾なく発揮し、全く違った手法でチームに刺激を与えている。その象徴が、連日のように繰り広げられる“臨時コーチ”による指導だ。
まず2月2、3日。陸上十種競技の元日本王者で日本フェンシング協会会長を務めるタレント、武井壮氏が1、2軍を2日間にわたって指導。走り方講座などを展開し、1軍の選手全員が20メートル走のタイムアップに成功するなど、一定の成果を上げた。同7日にはスポーツ番組で共演した際にオファーを出した元阪神で5度の盗塁王に輝いた赤星憲広氏による走塁技術などの講義が実現。同10日には阪神のスペシャルアシスタント(SA)を務める藤川球児氏、同11日には元広島の前田智徳氏も臨時指導し、同15日には新庄監督と巨人・原辰徳監督が1時間近く野球談議に花を咲かせる場面もあった
その翌日、今度は中日・立浪和義監督による伸び悩む清宮幸太郎内野手の打撃指導に乗り出し、同18日には昨季限りで現役引退した斎藤佑樹氏が打撃投手を務めて練習を助太刀した。同20日には元中日監督の谷繁元信氏が捕手を指導。そして最後は、24日にスポーツ庁長官で2004年アテネ五輪陸上男子ハンマー投げ金メダリストの室伏広治氏まで沖縄に登場。キャンプの1カ月間で、そうそうたる面々が代わる代わる新庄ハムのために一肌脱いだ。
エンターティナーの性分は諸刃の剣にも
茶髪の派手なルックスと「宇宙人」とも揶揄された個性的な言動。球界の異端児のようにも扱われてきた新庄監督だが、実は「気配りの男」というのが、もっぱらの球界評だ。昨年11月の秋季キャンプでは、その裏でプロ野球のクライマックスシリーズ(CS)が開催されていたため「今日はしゃべらない」と話題が分散されないように配慮。評論家などとしてキャンプ地を訪れたOBには自分からあいさつに赴き、両手を体の前で組んで話を聞くなど、マナーや礼儀を重んじていることが言動からも見て取れる。礼節を重んじる故・野村克也氏にかわいがられたのも、うなずけるところ。本人は「嫌なんですよ」と冗談めかして、そんな“真の顔”を話題にされることを拒むが、原監督までもが「野球界発展のため」と惜しみなく助言を送り「好きなようにやりなさい」と背中を押すように、周囲をも巻き込んでいく姿に、この新監督の“本質”が透けて見える。
ただ、こうした球界を盛り上げようとするエンターティナーの性分は当然、諸刃の剣にもなり得る。2月26日のDeNAとのオープン戦初戦(名護)。先発の上沢直之投手にオーダーを含めて指揮を委任し、自身は球場に隣接するチーム宿舎のバルコニーから試合を観戦したビッグボスに対して、球界関係者からは「対戦相手に失礼では」との声も上がった。それを知ってか知らずか、翌27日に新庄監督は新型コロナウイルス感染者との接触があったことから、念のために「自主隔離」した結果であったことを説明した。やはり試合は相手があって成り立つもの。こればかりは、パフォーマンスが“空回り”してしまった例と言えるだろう。
この2人が今後どのような評価を受けるのか。いずれにしても、プロである以上、結果に左右されるのは言うまでもない。実際に矢野監督は選手からの信頼が厚く、チームが一枚岩になる可能性も十分にある。開幕ダッシュに成功すれば「退任表明」が、より前向きに再評価されることもあるだろう。
日本ハムは、近年にないほどにオフの話題をさらい期待を集めている。新庄監督は「優勝なんか目指しません」などと、今季を“種蒔き”のシーズンとことあるごとに強調するが、それはあくまでチームの目線。ファンは、常に勝利を期待しており、こちらもやはり3月25日の公式戦開幕から数試合の結果に、より注目が集まるのは間違いない。
新人監督の優勝は昨季のオリックス・中嶋聡監督が20人目で、2012年の日本ハム・栗山英樹監督もそのうちの一人だ。プロでの指導者経験がなく、スポーツキャスターや野球解説者として人気を得ていた栗山氏の起用は、当時異例のこととして受け止められ、賛否あったが、この時も4月からリーグ首位に立つなど好発進したことが“雑音”を封じる一つの大きな要因にもなった。
今年のキャンプで間違いなく“主役”を張った両監督。好スタートを切れるか否かによって、2人の評価やチームへの風向きが大きく変わってくるのは想像に難くない。