その一方で、今春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本を世界一に導きながら、この大会をもって退任した栗山英樹監督の後任問題にも、少なからぬ注目が集まっている。6月30日には一部の媒体で「前ソフトバンク監督の工藤公康氏(60歳)に一本化される方針」との報道もなされたが、これに先立って工藤氏を次期日本代表監督の“本命”に挙げていたのが、現役時代はセットアッパー、クローザーとして日米通算906試合に登板し、現在は解説者、コメンテーターとして多くのメディアで活躍する五十嵐亮太氏である。

「今回が完璧すぎたんで、誰がやってもすごく難しいと思います。ある意味(後任に)とてつもないプレッシャーをかけて退任されたっていうのが、栗山さんの良くないところだと思います(笑)。栗山さんもそうでしたけど、僕はやっぱり監督経験のある人のほうがいいと思うんですよね。しかも(代表)チームのことだけに時間を使える人が適任だと思います」

 今春のWBCでも精力的に取材活動を行った五十嵐氏は、次期代表監督に求められる“条件”についてそう話した上で「やっぱり工藤さんかなって思います。監督経験があって、しかも退いてからそんなに時間が経っていない。そういった意味でも、工藤さんが一番イメージしやすいですね」と話している。

 工藤氏は29年間におよぶ現役生活でNPB歴代13位の通算224勝をマークし、2015年からはソフトバンクの監督として7年間でパ・リーグ優勝3回、日本一5回。ポストシーズンで敗れたのは2016年のクライマックスシリーズ・ファイナルステージのみと、短期決戦で圧倒的な強さを誇った。2013年から2018年にかけてソフトバンクに在籍した五十嵐氏は工藤監督の下で4年間プレーしているが、選手から見たすごさはどこにあったのか。

「工藤さんは洞察力がすごかったなと思います。選手を本当によく観察していて、状態がどうなのかっていう見極めがとても上手い。たとえば動きがおかしいなとか、なんでだろうっていうところで、気づいてから交代させるまでの思い切りの良さとか、そういったところの判断力にも長けてましたね。短期決戦ってデータプラス、その時その時の動きをどれだけ敏感に察知して対応できるかっていうところも大事なので、その辺も工藤さんの持ち味だと思います」

 その五十嵐氏が、工藤氏の“対抗”として名前を挙げていたのが、ヤクルト(現東京ヤクルト)スワローズの捕手として5度のセ・リーグ優勝、4度の日本一に輝き、プレーイングマネジャーとしても指揮も執った古田敦也氏(57歳)。ドラフト2位で1998年にヤクルト入りした五十嵐氏は若手時代から何度もバッテリーを組み、古田兼任監督の下でもプレーしている。

「純粋に見てみたい。今はとても穏やかな表情をしていますが、厳しい勝負の世界で、そうではない古田さんの表情を見たいなっていう気持ちがとても強いです。それに古田さんが(代表)監督になったら、たぶん今までよりも新しい風が吹くような気がするんですよ。経験値もあるし、技術面であったりとか選手としての能力がとても高い方だったので、なかなか他の人が見えないところに気づくというか。工藤さんとはまた違った視点、キャッチャー独特の視点でモノが見えるんです。繊細なようでかなり大胆な方でもあるので(代表監督として)うまくいったときの破壊力っていうのはすさまじいものがありそうな気がしますね」

 古田氏は2007年にヤクルトの監督を退任するとともに現役を引退しており、その後は一度も現場復帰を果たしていない。ユニフォームを脱いで15年というブランクの長さを懸念材料に挙げながらも、栗山前監督や工藤氏にはない「選手としての代表経験」は古田氏の強みだと、五十嵐氏は話す。

「古田さんはWBCには出てないですけど、五輪(1988年ソウル)で代表を経験されてるんですよね。そういった(選手として)日の丸を背負った経験っていうのは、やっぱり生きてくるんじゃないかと思います。それは栗山さんや工藤さんにはなかったですから」

 ちなみに五十嵐氏が選ぶ“大穴”は、2006、2009年のWBCで日本を連覇に導いたビッグネーム。28年の現役生活で日米通算4367安打の大記録を打ち立て、五十嵐氏とは2012年にニューヨーク・ヤンキースでチームメイトでもあったイチロー氏(49歳)である。

「イチローさんはたぶん、よっぽどのことがないとやらないと思うんですよ。だから可能性としては高くはないですけど、話題性でいえばこれ以上の人はいないじゃないですか? それに監督経験のない人がやるんであれば、僕は代表経験のある人、選手として日の丸の重みを知っている人のほうがいいと思います。僕がプレーヤーとして感じたことでいえば、一流選手だった人っていうのは、全員が全員とは言わないですけど、勝ち抜くための術を知ってるんですよ。しかもさっきの工藤さんの話じゃないですけど、瞬間的に対応する能力っていうのがズバ抜けて高い人が多いので、そういった人が監督になることによって選手のモチベーションも違ってくるんじゃないかと思うんですよね」

 もう一人、「(代表)チームのことだけに時間を使える人が適任」と語る五十嵐氏が、NPB現役監督との兼務が可能ならばとの前提で推すのは、ロッテの吉井理人監督(58歳)。今春のWBCで投手コーチを務めた吉井監督は、日本ハム投手コーチ時代にダルビッシュ有、大谷翔平と同じユニフォームを着ており、現在は佐々木朗希の監督。五十嵐氏とは2015年にソフトバンクでコーチと選手という間柄でもあった。

「僕はできるなら吉井さんにやってもらいたいと思ってるんです、今回の栗山さんの野球を継承するっていうところで言えば。3年後も大谷選手やダルビッシュ投手も含め海外組が柱になってくるって考えると、僕は吉井さんが引き継ぐのが一番スムーズに行く気がします。今年はロッテの監督のままWBCのコーチをやってましたけど、代表監督でもそれができるのかっていうところですよね」

 WBCがスタートした2006年以降の代表監督の顔ぶれを振り返ってみると、NPB監督との兼務だったのが王貞治監督(2006年WBC、ソフトバンク)と原辰徳監督(2009年WBC、読売ジャイアンツ)。監督経験者が星野仙一監督(2008年北京五輪)、山本浩二監督(2013年WBC)、栗山英樹監督(2023年WBC)。NPBでの指導者経験なし(兼任コーチを除く)は小久保裕紀監督(2015年プレミア12、2017年WBC)と稲葉篤紀監督(2019年プレミア12、2021年東京五輪)である。

 果たして一部の報道どおり、工藤氏が侍ジャパンの新監督に就任するのか。それとも意外な名前が飛び出すのか──。NPBから正式な発表があるまでは、しばらくこの話題からも目が離せない。


菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。