チェルシー(イングランド) VS レアル・マドリード(スペイン)

 ある意味、今最も注目を集めているチームと言っても過言ではないのがチェルシーではないだろうか。オーナーは、ロシア人実業家のロマン・アブラモビッチ氏。英・欧州連合の経済制裁の対象となっているロシア新興財閥オリガルヒの代表的存在で、ウクライナとの停戦協議にも姿を見せるなど、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に近いとされる人物だ。

 孤児として育ち、決して恵まれた出自ではないアブラモビッチ氏だが、半国営企業だった石油会社シブネフチ(現ガスプロムネフチ)の経営に携わり、天然ガス企業ガスプロムへの売却益などで一代にして巨万の富を築いた世界的な大富豪だ。米経済誌フォーブスによると、保有する純資産は124億ドル(約1兆4200億円)。2003年6月にチェルシーを1億4000万ポンド(約212億円)で買収し、サッカークラブの経営に乗り出すと、その潤沢な資金力で西ロンドンの中堅クラブをメガクラブへと変貌させた。

 その後の19年間で計21ものタイトルを奪取。各5度のプレミアリーグとFA杯制覇、2度の欧州CL優勝、クラブW杯など、サッカー界のあらゆる栄冠をつかんできた。いわば、マンチェスター・シティやパリ・サンジェルマン、最近ではサウジアラビアの政府系ファンドPIFが買収したニューカッスルと続く投資対象としてのサッカークラブ、ビッグクラブ化の先駆けといえる。

 当初は、金の力に任せたチームの肥大化に批判的な声も多かったが、スタジアムにしばしば観戦に訪れ、私財も惜しみなく投じるなど“チェルシー愛”にあふれた姿で、サポーターや選手からも歓迎される存在となったアブラモビッチ氏。この投資なくして、イングランド代表MFランパード、同DFテリー、コートジボワール代表FWドログバらを擁したジョゼ・モウリーニョ監督率いる“レジェンドチーム”が生まれることがなかったのは紛れもない事実だ。

 しかし、ロシアによるウクライナ侵攻が、そんなアブラモビッチ・オーナーの威光を一瞬にして消し去った。英政府は3月10日にアブラモビッチ氏を含む7人のオリガルヒの資産を凍結。チェルシーはチケットやグッズの販売、選手獲得など全ての営業活動が禁止され、アブラモビッチ氏が表明していたクラブ売却も不可能な状況となった。

 ただ、英政府は伝統あるクラブの消滅を避けるため、収入をウクライナの難民支援などを行う慈善団体に寄付することを条件にしたチケット販売再開を容認するなど、特別ライセンスを発行する形で活動継続を許可。欧州CLに関しても通常開催が可能になった。英政府のナディーン・ドリーズ・スポーツ相は、英BBCに「国民的スポーツを守る。そのために、プーチンと関係が深いアブラモビッチがクラブから利益を受け取れなくすることが必要だった」と説明する。

 また、事実上、英政府の管理下にあるクラブは、アブラモビッチ氏に利益が入らない形でのオーナー変更に向けた協議にも入った。米大リーグ・カブスのオーナーで、シカゴで投資銀行などを経営する有名資産家一族・リケッツ家を筆頭に、同・ドジャースの共同オーナーである米投資家トッド・ポーリー氏とスイスの富豪ハンスヨルグ・ウィス氏を中心としたグループ、米投資会社アポロの創業者で米プロバスケットボールNBAのフィラデルフィア・セブンティシクサーズや米プロアイスホッケーNHLのニュージャージー・デビルズを所有するジョシュ・ハリス氏らの名前が新オーナー候補として挙がっており、マンチェスター・ユナイテッドやリバプールに続き、米資本のクラブとなる可能性が出てきている。

 将来が不透明な状況に、現場も動揺を隠せない。ドイツ人指揮官、トーマス・トゥヘル監督は「こんなことは予想もできなかった。とにかく、われわれは前へ進むだけだ」と逆境に複雑な思いを明かしつつ「平和へのメッセージは常に正しい」と英政府による制裁への理解を示した。リバプールを指揮する同じドイツ出身のユルゲン・クロップ監督も、英専門局スカイ・スポーツを通じて「彼らの苦労は理解できる。責任があるのはただ一人、ウラジーミル・プーチンだ」とのメッセージを発信。ロシアの愚行により、クラブが大きく揺れる中、CL1回戦でリールを下して8強進出を果たすなど、チェルシーの監督、選手らは必死に目の前の戦いに挑み続けている。

 そんな激震に見舞われるクラブと激突するのがレアル・マドリードだ。バルセロナやベンフィカなどと同じようにソシオ(クラブ会員)制を敷く非営利団体扱いのクラブだが、ソシオの会費による収入は全体の5、6%ほどといわれ、その実は売上高世界一を誇る巨大企業。スペイン最大の総合建設会社グループACSを率いる実業家、フロレンティノ・ペレス会長が就任した00-01年以降、拡大路線を突き進んでおり、米会計事務所デロイトによるサッカークラブ長者番付「フットボール・マネー・リーグ」では14-15年シーズンまで11年連続で世界1位の売上高を記録し、マンチェスター・シティに次ぐ6億4070万ユーロ(約838億円)をマークした昨季まで常に2位以上を維持している。

 ただ、栄華を誇ってきた「白い巨人」も、ここ数年は勢いを失いつつある。欧州CLでは17-18年の3連覇を最後に、ベスト16、ベスト16、ベスト4とファイナル進出を果たせていない。その要因の一つが、各クラブの格差是正のため、13年にスペインリーグに導入された、売上高に応じて選手獲得資金の限度額を設けるサラリーキャップ制。ウェールズ代表FWベイル、フランス代表FWベンゼマ、ポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドの「BBC」トリオなど、ペレス会長の政治力が可能とする巨額融資により銀河系軍団を形成してきたレアルにとって、影響は小さくなかった。ちなみに、ライバルのバルセロナも、サラリーキャップ制に大きく翻弄されたクラブの一つ。アルゼンチン代表FWメッシをパリ・サンジェルマンに移籍金ゼロで放出する要因にもなった。イングランドのトップクラブが海外資本の注入で資金力を増す中、スペインの2強は、“逆風”にさらされている。

 状況の打破へ、レアルも米企業との連携に乗り出している。今年1月にスポーツ施設の運営を専門とするレジェンズ社と契約。スペインメディアの報道によると、その内容は23年の竣工を目指して改修工事を進める本拠地サンチャゴ・ベルナベウの株式20%と収入の20%を譲渡する代わりに、最大4億ユーロ(約520億円)を得るものだという。レジェンズ社とはeコマースでも連携するなど、レアルはプレミア勢に遅れをとってきた米国流のスタジアムビジネス、スポーツエンターテインメントビジネスを、ここにきて取り入れ始めている。

 世界情勢に揺れるチェルシーと、サッカービジネスの変化に対応しようとするレアル。我が世の春を謳歌してきたビッグクラブが、未来を左右する一戦に臨む。



『“経営目線”で見る欧州チャンピオンズリーグ 「チェルシー VS レアル・マドリード」編』・<了>
第4弾「ビジャレアルVSバイエルン・ミュンヘン」編へ続く

“経営目線”で見る欧州チャンピオンズリーグ 「ビジャレアル VS バイエルン・ミュンヘン」編

UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)の準々決勝以降の戦いが幕を開ける。8強に進出したクラブは、資産家オーナーやソシオ(クラブ会員)など経営面に特色を持つチームであることを踏まえ、“オーナー目線”“経営目線”でそれぞれのクラブを分析。第4弾は4月6日(日本時間7日午前4時キックオフ)にファーストレグ、同12日(同13日午前4時キックオフ)にセカンドレグが行われる「ビジャレアル - バイエルン・ミュンヘン」の試合を取り上げる。

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“経営目線”で見る欧州チャンピオンズリーグ 「マンチェスター・シティ VS アトレティコ・マドリード」編

UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)の準々決勝以降の戦いが幕を開ける。8強に進出したクラブは、資産家オーナーやソシオ(クラブ会員)など、いずれも経営面に特色を持つチームとあって、今回は“オーナー目線”“経営目線”でそれぞれのクラブを分析する。第2弾は4月5日(日本時間6日午前4時キックオフ)にファーストレグ、同13日(同14日午前4時キックオフ)にセカンドレグが行われる「マンチェスター・シティ - アトレティコ・マドリード」の2クラブを取り上げる。

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“経営目線”で見る欧州チャンピオンズリーグ 「ベンフィカ VS リバプール」編

UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)の準々決勝以降の戦いが幕を開ける。8強に進出したクラブは、資産家オーナーやソシオ(クラブ会員)など、いずれも経営面に特色を持つチームとあって、今回は“オーナー目線”“経営目線”でそれぞれのクラブを分析する。第1弾は4月5日(日本時間6日午前4時キックオフ)にファーストレグ、同13日(同14日午前4時キックオフ)にセカンドレグが行われる「ベンフィカ - リバプール」の2クラブを取り上げる。

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VictorySportsNews編集部