世界最大級のプロフェッショナルサービスファーム「プライスウォーターハウスクーパース」は、そのレポートで「今後5年間で多くのチームやリーグにとって主要な収入源になる可能性がある」と、スポーツの世界におけるデジタル資産の地位確立を“予言”している。スポーツと仮想通貨の関係性を掘り下げる本連載「スポーツと仮想通貨」の第1回では、米プロスポーツ界で大型のパートナーシップ契約を次々と結んで知名度、存在感を増す米FTXなど仮想通貨関連企業の動きに注目したが、そうしたブランド価値向上をスポーツとの連携で図る動きがある一方で、新たなビジネスチャンスをそこに見る向きも出てきている。

 中国で設立され、133億ドル(約1兆7000億円)の取引額を誇る世界最大の暗号資産取引所「Binance(バイナンス)」は2021年10月、イタリア・サッカーリーグ、セリエAのラツィオと3年総額3000万ユーロ(約40億円)を超える大型契約を締結。契約に際し、Binanceはファントークン「LAZIO」を発行することで合意した。

 ファントークンとは、スポーツチームなどがファンとの関わりを強化することなどを目的に独自に発行する仮想通貨の一種。ブロックチェーン技術(不正・改竄不可能な取引履歴を実現する暗号資産・仮想通貨関連のデータベース技術)を活用したもので、保有者にはユニホームのデザイン決定などチーム運営に関わる投票権、選手との交流会などの企画に参加できる権利などが付与される。

 こうしたファントークンは、欧州サッカー界を中心に2020年頃から広がりを見せており、その中で存在感を増しているのが仮想通貨の一つであるチリーズ(CHZ)だ。チリーズはプラットフォームアプリ「Socios.com(ソシオスドットコム)」や仮想通貨取引所「Chiliz Exchange(チリーズエクスチェンジ)」を展開。チリーズが持つブロックチェーン技術を用いてファントークンを発行・売買できる仕組みを構築している。

 スペインリーグ・バルセロナが「BAR」、セリエA・ユベントスが「JUV」というファントークンを、このプラットフォームで販売。バルサは20年6月に60万トークンを1単位2ユーロ(約262円)で販売したところ、2時間かからず完売。総額130万ドル(約1億7700万円)を売り上げた。ユーベも同時期に取引を開始。1単位2ユーロで上場されると、イタリアのほか日本などを中心に取引され、2時間で価格が15%上昇した。アルゼンチン代表、ポルトガル代表などサッカーのナショナルチームもこれに参加。チーム運営における新たなビジネスの形として注目を集めている。

 ファントークンは、総合格闘技団体UFCや米プロバスケットボールNBAのクリーブランド・キャバリアーズなど、最近ではサッカー以外のスポーツにも拡大傾向にあり、その波は日本にも押し寄せている。J1湘南ベルマーレは昨年1月、日本で設立されブロックチェーン技術を活用したトークン発行型の新世代クラウドファンディングサービスを実現する「FiNANCiE(フィナンシェ)」とパートナー契約を結び、国内プロスポーツチームとして初めてファントークンを発行・販売すると発表。第1回販売では500万円以上を売り上げた。選手のぼりへの名前掲載、貴賓室観戦などの特典を付与し、今年5月には第3回の販売も行われるなど順調だ。

 サッカーJ3、Y.S.C.C横浜も「FiNANCiE」を通じてクラブトークンを発行。投票企画や試合前のウォーミングアップ見学など体験イベントへの参加権などが付与されたトークンは、昨年3月から2カ月間実施された1次販売で当時「FiNANCiE」史上最高額の4947万円を売り上げるなど大好評を博した。他にもJリーグ加盟を目指すSHIBUYA CITY FCや鎌倉インテルなど、各地域のクラブが、こうしたトークンを発行。Bリーグ、Tリーグといったサッカー以外の競技にも広がりを見せつつある。

 規模の大きなクラブやチームにおける新たな世界的ビジネスの創出に主眼のある海外の事例とは対照的に、日本ではこれまで資金面で苦戦していた比較的規模の小さいチーム・団体における運営費や強化費など資金調達の新たな手段として大きな可能性を示している点は興味深い。試合がない日にどう稼ぐか、観客を入れられない環境でどうやって収入を確保するか。入場料収入だけに依存せず、ファンとチームの距離を縮め、接点を生み出す仕組みは、コロナ下におけるクラブ運営で大きなメリットがあるといえる。

オーナーシップの新たな形として注目される「DAO」

 これまで、ファンがチームを金銭的に支援する形としては「投げ銭」やクラウドファンディングがメインだったが、「投げ銭」はあくまでファンからの一方的な支援であり、クラウドファンディングも都度の仕組み。ファントークンはいわば会社における株式のような継続的、かつ双方向性のある“WIN-WIN”を生み出し得る形として、今後ますます注目が高まりそうだ。

 こうした仕組みを主導する仮想通貨関連企業は、今後ますますスポーツの世界で存在感を増していくことが予想される。暗号資産取引所を運営するFTX社がNBAマイアミ・ヒートの本拠地の命名権を取得したり、米大リーグ、エンゼルスの大谷翔平投手とアンバサダー契約を結んだりと、これまではスポンサーとして年間数千億円規模の莫大な投資を行い、スポーツ界を席巻しているが、企業価値・ブランド価値の向上を図るだけではなく、次に来る“波”として予想されているのがオーナーとしての関わり。そして、オーナーシップの新たな形として注目されてきるのがDAO(Decentralized Autonomous Organization=自律分散型組織)だ。

 DAOとは、簡単に言えば暗号資産投資家たちの集まりのようなもので、従来の株式会社のような中央集権的な管理者が存在しない組織形態を表す。その多くでは、意思決定を行うための投票権を獲得できるガバナンストークンという仮想通貨が発行されており、その保有量に応じて発言権が強くなる仕組みになっている。最近は、こうしたDAOがスポーツチームの経営に乗り出す例が出てきており、シスコシステムズの法務部門で経験を積んだショーン・オブライエン氏が主導するDAOが米プロフットボールNFLのデンバー・ブロンコスの買収に動き、40億ドル(約5200億円)の資金調達を計画していることが話題を呼んだ。DAOによるスポーツチームの運営は、いわばチームの運営方針や経営にまで枠を広げたファントークンの発展形ともいえ、これからより大きなうねりとなるとみられている。

 これらは当然、日本のスポーツにも及んでくる可能性がある。暗号資産取引のGMOコインは今年4月に公益財団法人日本水泳連盟と契約。競泳日本代表のオフィシャルスポンサーとして協賛することが決まった。さきの大谷の例など、確実に日本でも仮想通貨関連企業がスポンサーや協賛の形でスポーツ界との関わりも増やしている。

 さらに、Jリーグは今年2月、新たな成長戦略としてクラブの株式上場を解禁することを決め、関連する規約を改定。村井満チェアマン(当時)は「Jリーグの理念をたがえないことを前提に経営の選択肢を増やした。今回の意思決定は非常に大きな意味を持っていると思う」と話しており、世界的にサッカーとの親和性の高さを示す仮想通貨関連企業が、今後はオーナーとして、さらにはDAOの形で経営に関与してくるのは自然な流れだ。

 一方で、ファントークン、ガバナンストークンが市場で売買され、株式に近い存在として認知、評価され始めていることから、今後は金融商品取引法の規制対象となる「有価証券」に該当する可能性があることも留意すべき課題といえる。購入者にとって価値変動リスクがあることへの周知も必要であり、まだまだ日本ではネットに馴染みのない世代を中心に仮想通貨の世界にネガティブなイメージがあるのも事実だ。今後、適切な法的分析を踏まえたメリット・デメリットの精査・検討を進めていくことが、スポーツ界の“救世主”として仮想通貨関連企業が認知され得るか否かのカギとなりそうだ。



【スポーツと仮想通貨#2】・<了>

socios.com公式サイトより

VictorySportsNews編集部