「そんなに出てる方ですか?実感はあまりないですね。所属していた球団が調子も良いですし、マネージャーが『ウチの五十嵐をお願いします!』って頭を下げてくれてるんじゃないですか(笑)。まあ、でも本当にいろいろなところからお仕事をいただいて、ありがたいですよ」

 五十嵐氏自身はそう話すが、現役引退後の活動は実に多岐にわたる。今シーズンを例に取ると、自身が在籍した東京ヤクルトスワローズ、福岡ソフトバンクホークスを中心としたプロ野球に、大谷翔平(エンゼルス)が出場するメジャーリーグと、さまざまな媒体で解説を担当。テレビ東京『みんなのスポーツ』や、CS『プロ野球ニュース』などの番組にも解説者として出演し、日本テレビ『ZIP!』やTBS『ひるおび』などワイドショーのコメンテーターやラジオ番組のゲストとして呼ばれることもある。
それ以外にも福岡でのホークス戦の解説や、スポーツナビの配信企画や、AbemaTVでのメジャーリーグ解説と、オフチューブでのリモート解説などもあり活躍の幅を広げている。

 過去には引退後にタレントに転身する野球選手もいたが、野球だけを軸にこれだけ幅広く活躍する元プロ野球選手はいなかった。テレビの野球中継に限っても、たとえば今年8月27日にTBSチャンネル2で横浜DeNAベイスターズ対ヤクルト戦(横浜)、8月30日はCS放送の日テレG+およびBS日テレで読売ジャイアンツ対ヤクルト戦(京セラD大阪)、そして9月3日にはCS放送フジテレビONEでヤクルト対中日ドラゴンズ戦(神宮)と、わずか1週間のうちに主催も局も異なる3試合で解説を務めたこともある。

 すべて古巣のヤクルト絡みのカードとはいえ、ナイター中継が「ドル箱」だった時代には考えられなかったことだ。それは、当時は局が解説者と専属契約を結ぶことが一般的だったからで、これぞ今の時代ならではの「プロ野球解説者の新しい形」といえる。

 では、五十嵐氏がここまで引っ張りだこになっている理由はどこにあるのか? 1つは23年間の現役生活で日米通算906試合に登板し、日本でセントラル、パシフィック、メジャーでもアメリカン、ナショナルとすべてのリーグでプレーした実績だろう。

「それはあるかもしれないですね。セ・リーグ、パ・リーグでやって、アメリカでも両方できたっていうところで。まあ、やっていなくても話はできると思うんですよ。好きだったらその辺の感覚的な部分っていうのも分かるし、(解説者として)試合を見てるだけでも伝えられることはあると思うんです。ただ、実際にプレーしてたっていうことでお仕事をいただけることもあると思うので、そこはありがたいですよね」(五十嵐氏)

寄り添った解説スタイル

 さらに筆者がその“人気”の秘密とにらんでいるのが、時代にマッチした解説スタイルである。おそらく、五十嵐氏の解説を聞いていてどこか心地いいと感じたファンは多いはずだ。そこには彼自身のポリシーがある。

「選手が輝いてる瞬間っていうのは、なるべく伝えたいなと思いますね。分かってもらいたいですから、今こんなに輝いてるんだよっていうのは。たとえば8月に中日の木下(拓哉)選手が『2軍に行って配球を勉強してきなさい』って言われて、(1軍に)上がった時にリードを見てたら、とてもいい配球をしてたんです。もちろん僕はヤクルトのOBだからそっち寄りにはなりがちなのかもしれないですけど、そこで選手の変化、成長みたいなものが見えるじゃないですか。そういうところはなるべく伝えたいですよね」

 その背景にあるのが選手に対するリスペクトだ。現役時代、野球中継はあまり見なかったという五十嵐氏だが、トレーナー室などで流れる中継に耳を傾けながら「解説者の人は否定が多いな」と感じることが何度もあった。だからこそ、自身は「否定はしない」ことを心がけている。

「どこかでやっぱり、選手を応援したい気持ちっていうのがあるんですよ。あんまりマイナスなことを言ってもね、それは誰だって見れば分かることだし、選手が一番分かってるんです。一番苦しいのは失敗した選手だから、そこは忘れちゃいけないと思ってます。自分も現役でプレーしてる時に解説者の言葉に傷つけられたというか、『なんでこんなこと言うんだろう』っていうこともあったのでね。もちろん見てもらってるファン(視聴者)に対して話してるんだけど、選手に対してのリスペクトっていうのはいまだに強いので、そういった気持ちは忘れないように話したいなと思ってます」

 彼の解説を聞いていて心地良く感じるのは、こうした考えがベースにあるからだろう。上から目線の「辛口批評」を好むファンもいるのかもしれないが、今の時代に支持されるのはこうした「視聴者にも選手にも寄り添った“優しい”解説スタイル」ではないか。

 その上でなるべく偏りのないよう、フラットに話すように意識しているという五十嵐氏も、どうしても「気持ちが入ってしまう」ことがある。それが自身とは同学年で、42歳になった今もヤクルトで現役バリバリの石川雅規がマウンドに上がる試合である。

「どうにか(気持ちを)抑えながら喋ってるつもりなんですけど、まあ漏れてるでしょうね(笑)。それは仕方ない。僕も人間だから。彼のことが大好きだし、本当に良い選手だと思ってるので。やっぱりベテランで一緒にやった選手に対しては感情的になるというか、いろんなものが出ちゃいますよね。それこそ(ソフトバンクの)和田毅なんかもそうだし。自分も同じぐらいの年齢まで(現役で)やってたので、彼らのしんどさとか、そこに行かないと見えない景色っていうのがあるんで、そういうのをいろいろ考えるとね……」

 冷静に努めながらも、言葉の端々からあふれ出る熱い思い。画面を通して、それを感じたことのあるファンは決して少なくないだろう。そんな五十嵐氏の「解説者」としての自己評価は──。

「1年目よりは2年目の方が楽しくできてますね。去年、1年やらせてもらって、今年の方がいい意味でちょっと力が抜けてると思うし、楽しくできているプラス、自分らしくできてるのかなと思います。もちろん自分自身で物足りなさはあるんですけど、やっぱ自分がやってて楽しくないと見てる方も楽しくないのかなと思うし、聞いてる皆さんが楽しくね、嫌な思いにならなければいいかなと思ってます。あとは一番大事なのは『野球』なので、試合の邪魔をしないように、プレーヤーの邪魔はしないように、それは心がけてますね」

 今シーズンのペナントレースが終わりを迎え、これからさらに熱いポストシーズンに突入する。セ・リーグはヤクルトが優勝し、パ・リーグのソフトバンクは残念ながら優勝できなかったが2位と最後まで熱戦を繰り広げた。「新時代の解説者」はこれからの時期も引っ張りだこになりそうだ。
(了)


菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。