決勝トーナメント進出に向けて“勝利”が求められる一戦

 日本は初戦のドイツ戦の先発メンバーが中心となったが、システムは2戦連続で採用した4-2-3-1ではなく5-4-1(3-4-2-1)で試合をスタートさせた。DF谷口彰悟が左センターバックでW杯デビュー。ダブルボランチはMF守田英正とMF田中碧が組んだ。

 試合開始前の時点でグループEの順位は1位スペイン、2位日本、3位コスタリカ、4位ドイツで、4チームすべてにグループリーグ突破の可能性がある大混戦状態だった。

 日本はスペインに勝てば裏カードの結果に左右されることなく決勝トーナメント進出が決まる。引き分けでも可能性は残るが条件が複雑になるため、日本はまず「勝ち点3」にフォーカスするというプランでキックオフを迎えた。

 前半は一方的にボールを握るスペインに対しブロックを敷いて耐えながら、低い位置からカウンターに転じるという狙いを持って試合を進めた。しかし、ピンチは早くも12分に訪れる。相手の絶妙なポジショニングと素早く正確なパス回しから右クロスを上げられると、中央でモラタにヘディングシュートを決められた。クロスへの寄せが甘く、ゴール前ではモラタにマークを外されての被弾だった。

 ただ、その後は手も足も出なかったドイツ戦の前半に比べると、徐々に攻撃の糸口を見いだすようになっていった。後半の逆転への伏線となったプレーのひとつは、7分、FW前田大然がブスケツに猛烈なプレッシングをかけてボールを奪い、MF久保建英が絡んでチャンスをつくった場面。前半終了間際に前田がスペインGKシモンにプレスを掛けたシーンで、シモンがもたついたことも布石の一つだったと言える。

ドイツ戦の反省を踏まえ、すぐさまピッチ内で修正を図った

 そして逆転につながった最大の要因は、ピッチ内で守備修正のアイデアを共有していけたことだ。特に日本の左サイドの守備に関して選手たちがピッチ内で声を掛け合ってマークの着き方を微修正していったのは大きかった。

 守田がこのように解説する。「特にガビが嫌なポジションとっていたのと、アスピリクエタのところにボールが行った時はどうしてもかいくぐられた。僕は斜めのガビのところを見たり、奥のモラタのところを消していたのですが、どうしてもブスケツのところには届かなかった。ガビには(谷口)彰悟さん、(長友)佑都さんにはウインガーの選手についてもらった」。

 谷口はこのように言う。「前半は佑都さんがロックされるような形になって、僕がガビを見ながらやったのだが、なかなかハマらなかった。ガビに出させたところを食えたらと思ってやっていたけど、僕も途中でイエローをもらってしまったし、そういうのを含めて前半は我慢しながらだった」。

 ハーフタイムにはこれらの修正を徹底。守田は「彰悟さんと2人で『人に強くいこう』という話をした。僕の役割はあったけど人にいけていなかったので、ブスケツの方に僕が行って、モラタへの縦パスは(吉田)麻也くんがちゃんとついていくということにして、役割がはっきりできた」。

 修正は攻撃につながる部分でも施された。まずは守備の立ち位置を調整することによって、後半から出場した選手の特長を生かそうとしたのだ。谷口はこのように説明する。

「(三笘)薫はWBに入ったのですが、できるだけ高い位置で仕事をさせたい。そのため高い位置からハメに行かせたり、そういうのを少しずつ変えながらやれて、そこで相手を惑わすことができた。(鎌田)大地がロドリにプレッシャーをかけたら、薫はサイドバックに行けと言って、後ろはマンツーマン。中盤は2度追いもいとわずにいこうと話していた」

 これは、森保一監督が日頃から口にしている「良い守備からの良い攻撃」というコンセプトの体現であり、三笘にボールが入る回数の少なかったコスタリカ戦の反省が生かされた形でもあった。

川崎フロンターレ出身選手たちの活躍

 そして、瞬時の高度な判断の土台となったのは、後半のピッチ内に“川崎F勢”が何人もいたことである。今は欧州のリーグに散らばる選手たちとともに、国内組の谷口も堂々と、生き生きとプレーした。終了間際のシュートブロックも含め、最初から最後まで頭の中がクリアで迷いがなかった。スムーズな意思疎通が修正力となり、推進力につながった。

 前半は自重した善戦からのプレッシングを後半に解禁したことも有効的だった。0-1で迎えた後半3分。日本は左サイドで三笘がプレスをかけ、前田はGKシモンに狙いを定めて圧力を掛けた。すると、GKシモンが中途半端にクリアしたボールを伊東純也が相手と競って落とし、堂安が強烈な左足シュートを放った。これが1-1の同点ゴールとなった。

 前田は、「後半は最初からプレスに行くことになって、チーム全体でプレスをかけられた。そうなった時はやっぱりハマる。うまくできた」と胸を張った。9月のアメリカとの国際親善試合で見せた猛烈なプレスを見事に再現し、スペインを相手に鬼プレスの威力を発揮した。

 思い返せばドイツ戦は結果オーライだったが、先発で使った前田の特長を生かすことなく時間を費やしていた。しかし、スペイン戦では見事に武器が威力を発揮した。日本はその3分後、俊足の前田と三笘がゴールラインを割ろうかというボールに食らいつき、三笘の折り返しから田中が体ごとゴールに押し込んだ。これもまさに川崎F出身の二人の連携による得点となった。試合後の両選手のやり取りにもあったように、幼い頃から長く一緒にプレーしてきたからこそ通じ合う、阿吽の呼吸が得点へと結びついたのだ。

 その後も、日本は世界屈指の強豪に対し、高い位置で人数をかけた攻撃を仕掛けることに成功。チャンスの時間帯を逃さず、勝利を収めた。

 2-1とリードした後半42分からピッチに立ち、クローザーとして試合を締めたMF遠藤航は「みんなの思いが詰まったドイツ戦とスペイン戦だった。これだけW杯に懸ける思いを持ってる選手たちが集まっているのだと思った」と誇らしげだった。強豪国にも臆することなく、持てる力を十分に発揮できる新時代のサムライブルーの姿だった。


矢内由美子

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。ワールドカップは02年日韓大会からカタール大会まで6大会連続取材中。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。