京田トレードの衝撃
昨年11月18日、電撃的な発表に球界がざわついた。中日・京田とDeNA・砂田の1対1のトレードが成立。二遊間の強化を進めたいDeNAと、救援左腕を探していた中日の思惑が一致した。
京田は入団記者会見で「声を掛けていただき、感謝の気持ちでいっぱい。遊撃のレギュラーで143試合出ることが目標です」と意気込んだ。通算700試合に出場し、打率.246、22本塁打、181打点。日大を経てプロ入りし、1年目からレギュラーとして活躍して新人王に輝くなど、球界屈指の遊撃手といえる実績を持つ選手の移籍劇には、さまざまな思惑が見て取れた。
就任1年目の立浪監督のもと、京田は昨季43試合に出場し、打率.172、3本塁打、8打点。入団から5年連続で100安打以上をマークした選手としては物足りない数字に終わった。岐路となったのが、自身も入団会見で「強制送還されたところに戻ってきた」と自虐的に振り返った昨年5月4日のDeNA戦(横浜)で起こった“事件”だ。守備で精彩を欠き、試合途中に指揮官から名古屋の2軍に強制送還を命じられたのだ。その後、大きく出場機会を減らし、遊撃には若手の土田が台頭。関係者によると、シーズン終了時には京田を候補としたトレードの動きが始まり、いくつかの補強ポイントやパターンが模索された結果、救援左腕の砂田との交換トレードに至った。
京田獲得は森にとって“薬”となるか“毒”となるか
今オフのDeNAの補強戦略は、まさにこの京田獲得に分かりやすい形で表れている。昨季、遊撃でチーム最多先発だったのが35歳の大和で65試合。これに続いたのが高卒3年目の森で42試合。次いで29歳の柴田が36試合。それぞれ、随所で持ち味を発揮したものの、明確なレギュラーと呼べる選手は最後まで不在。補強ポイントであったのは確かだ。
ただ、次世代のスター候補として球団が育成してきた20歳の森は、大和に代わって台頭を期待された存在だったはず。そこに28歳の京田が加われば、森に与えられるチャンスは確実に減る。それでも、補強に踏み切ったのは、昨季の2位からいよいよ25年ぶりの優勝を目指すチームの“目先”への心意気の表れであるとともに、森への刺激としたい球団の切なる思いがある。
退任した三原一晃球団代表に代わって昨年12月にチーム運営部門のトップに就いた萩原龍大チーム統括本部長は、京田の入団会見で「他の選手と競争して、その位置をみんなで争ってもらえたら」と期待感を示した。ベテランの大和から若手有望株の森へというレールを敷き、枠を空けて成長を待つのではなく、あくまで競争させる。まさに、京田の獲得は森の成長を促す“劇薬”としての意味合いが濃いわけだ。
実戦経験を与えながら成長を促す。それも一つの方法だ。例えば昨季のヤクルト。遊撃のレギュラーに前年5試合の出場のみと実績のなかった高卒3年目の長岡を抜擢。序盤苦戦していた打撃面にある程度目をつぶりながら139試合に起用し、最終的に戦力としてリーグ2連覇に貢献するまでに成長を遂げた。ただ、ライバルとなるべき西浦らが不調だったことなど、別の要因も影響しており、高津監督はゲスト出演したラジオ番組「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」で「結論からいうと、あそこまでやるとは思わなかった。体力的にももたないと思ったし、数字的にもあそこまで残せると思わなかった」と本心を明かしている。
森は長岡と同学年。ドラフト1位の期待を受けて入団した選手としては、同等以上の結果をそろそろ出したいタイミングでもある。昨季はけがもあってレギュラーをつかみきれず、今季は京田という手強いライバルが出現。大和の後釜としての約束された地位は、もうない。中日・岡林、オリックス・紅林と同期でレギュラーをつかんだ選手がいる中、まさに正念場だ。一方で、森の成長待ちに全てを委ねるわけにもいかないチームにとっては、京田の獲得は金銭的な制約がある中で、チーム力アップと森の成長を促す“劇薬”という両面を補完する、費用対効果の高いプラスしかない補強だといえるだろう。
助っ人補強にも余念なし
外国人の補強にも、同じ狙いが透けて見える。年俸3500万円と“格安”で入団する新外国人外野手のアンバギーは、メジャーでの実績こそ少ないが、マイナー通算76本塁打のパワーと一定の走力、守備力を併せ持つ選手で、まずは右肘の手術を受けて開幕戦までの復帰が絶望的なオースティンに代わる存在として期待される。年俸額からも、あくまでオースティン、ソトに続く“第三の助っ人野手”の立ち位置にあるのは確かだが、同じ年俸3500万円から2年連続で本塁打王に輝いたソトの例もある。オースティンの不在で昨季に出場機会を増やした楠本、大田ら外野陣に刺激を与え、何より活躍次第ではオースティン、ソトもうかうかしていられない状況をつくる。こちらも、さまざまな面で相乗効果が期待できる補強となっている。
新外国人の本命は、年俸1億2000万円で獲得したウェンデルケンだ。メジャー通算144試合登板の実績を持つ救援右腕で、こちらは「勝利の方程式」入りを懸けた競争をあおる存在としての位置付けになる。メジャー挑戦を封印し、年俸3億円の6年契約を結んで残留する山崎、昨季リーグ最多の71試合に登板し防御率1.72をマークした伊勢の両右腕は盤石だが、先発投手を比較的早い段階で交代させる傾向にあるDeNAの戦術においては、六、七回を担う投手も必要。エスコバー、昨季能力の片鱗を見せた入江がその筆頭で、楽天から昨季途中に加入した森原、新人のドラフト5位・橋本(慶大)、国指定の難病である胸椎黄色靱帯骨化症からの復帰を目指す三嶋が控えるものの、勤続疲労などから2年続けての活躍が難しいのが救援というポジションでもある。ウェンデルケンの獲得は、強みをさらに強化しようとの意図が明確に感じられる。
ドラフトや自由契約選手も効果的に活用
また、ドラフト会議では世代ナンバーワンの捕手・松尾(大阪桐蔭)の単独1位指名に成功。嶺井がフリーエージェント(FA)で移籍した中、伊藤、戸柱に追いつけ追い越せとばかり飛躍の時を見据える。ドラフト3位指名の林は大学では二塁で活躍したが遊撃での期待を進藤達哉編成部長は明らかにしており、育成契約で獲得した西巻も含めて、これでもかという遊撃のテコ入れにも、先述の球団の本気度、遊撃全体の底上げを図りたい思いが表れている。
このオフに初めて実施された現役ドラフトでは中日から笠原を獲得。今永、大貫、浜口、平良、ガゼルマン、上茶谷、東、石田、京山ら先発候補は豊富だが、昨季までなかなか6人が盤石の体制で揃うことが少なかった中、開幕投手経験もある貴重な先発左腕を指名できた意味は大きい。
確かに、FAで近藤、嶺井を獲得したソフトバンクや、森を獲得したオリックスといった資金豊かな球団のような派手さはないかもしれないが、ピンポイントに新戦力を加えて競争をあおるDeNAの補強哲学には一貫性があり、それは日本ハムを自由契約となった大田の獲得に動いた昨季から続く流れでもある。これらは編成部門トップに就く以前からチーム運営に深く関わってきた萩原チーム統括本部長らフロントが、意識してつくり、継承しているもの。単体での黒字経営を是とする球団にとって限られた資金を有効に使う上で重要な戦略となっている。
ヤクルトは守護神のマクガフがメジャー挑戦を希望して退団。巨人も以前のような資金力にものをいわせた大型補強は影を潜めている。外国人選手を大きく入れ替えた阪神は未知数な分、爆発力がありそうだが、派手な動きが目立ったパ・リーグに対して少なくともFA補強がなかったセ・リーグでは、バランスに優れ、競争を促すDeNAの補強戦略は確実に上積みをもたらすものとして上位評価できるだろう。
DeNAは昨季、前年の最下位から2位に躍進。驚異の本拠地17連勝を飾って一時ヤクルトに迫るなど、優勝争いに加われるだけの力を示した。現状では12球団で最も優勝から遠ざかるチームになっているものの、重点を「競争」にシフトし、確固たるレギュラーや期待の若手に刺激を与え続ける補強戦略で、1998年以来の栄冠を引き寄せようとしている。
《DeNAの今季新加入選手》
◆投手
ウェンデルケン(前ダイヤモンドバックス)
笠原祥太郎(前中日)
◆内野手
京田陽太(前中日)
西巻賢二(前ロッテ)=育成契約
◆外野手
アンバギー(前マリナーズ3A)
◆新人
ドラフト1位・松尾汐恩(捕手、大阪桐蔭高)
ドラフト2位・吉野光樹(投手、トヨタ自動車)
ドラフト3位・林 琢真(内野手、駒大)
ドラフト4位・森下瑠大(投手、京都国際高)
ドラフト5位・橋本達弥(投手、慶大)