ペースメーカーが外れる30㎞を1時間28分39秒で通過すると、例年と異なり、海外勢が自重。日本勢がワールドマラソンメジャーズのトップを引っ張るかたちになった。まずは井上大仁(三菱重工)が前に出ると、32㎞付近からは山下一貴(三菱重工)が攻めの走りを見せる。

 レースが動いたのは残り5㎞。海外勢がペースアップすると、山下、大迫傑(Nike)、其田健也(JR東日本)が日本人トップ争いを繰り広げた。

 最後はエチオピア勢3人がゴール前の直線で凄まじいスプリント勝負を披露。2時間5分22秒で大接戦を制したデソ・ゲルミサは、「最初のワールドマラソンメジャーズとなる東京で優勝することができて、大変うれしく思います。次のメジャーズも東京で走るのが私の願いです」と感謝の言葉を述べた。

 日本勢は大迫が38㎞過ぎで日本人トップに立つと、ほどなくして山下が抜き返す。東京駅前を猛スピードで駆け抜けた山下が日本歴代3位となる2時間5分51秒(7位)でフィニッシュ。残り1㎞で大迫を逆転した其田も同4位の2時間5分59秒(8位)でゴールに飛び込んだ。

 マラソン3戦目にして快走を見せた25歳の山下は、「外国人選手のスパートに反応できなかったんですけど、日本人トップと2時間5分台はうれしいです。自分としては楽しいレースになりました。次ですか? ブダペスト世界選手権に出てみたいですし、MGCにもチャレンジしたい。それぐらいタフな選手になりたいです」と笑顔を見せた。

 29歳の其田は駒大の後輩・山下に先着を許すも、2年連続で日本人2位を確保した。

「30㎞までは絶対に無理をしないようにして、集団後方でうまく力を使わないように走りました。特に大迫さんを意識したわけではないんですけど、終盤はちょっと力を温存して、最後もう一回上げることができて良かったです。前を追った結果が5分台につながったのかなと思います」

 6位入賞を果たした東京五輪で一度は引退した大迫も国内復帰戦で存在感を見せつけた。ニューヨークシティマラソンから約4か月という過去最短スパンで参戦。終盤は腹痛に悩まされたが、2時間6分13秒のサードベストで3年ぶりの東京マラソンを走破した。

「4か月でどこまで仕上がるのかわからず、割とチャレンジングなレースでしたけど、タイムは非常に良かったと思います。ただ(順位は)最後の4㎞ですべて決まった感じだったので、そこが対応できなかった。動かしきれなかった部分は、今後準備していけば対応できると思うので、今回の落としどころとしては、良い着地だったんじゃないでしょうか」

 なお男子は大迫、小山直城(Honda)、二岡康平(中電工)、高田康暉(住友電工)、冨安央(愛三工業)の5人が新たにMGCの出場権を獲得した。

 女子は予定していたペース(キロ3分17秒)より速く進み、5㎞は16分21秒、10㎞は32分34秒で通過。東京五輪8位入賞の一山麻緒(資生堂)が遅れると、オレゴン世界選手権9位の松田瑞生(ダイハツ)も自分のペースに切り替えた。

 トップ集団は中間点を1時間8分14秒で通過。徐々にペースメーカーの前に出るようになったローズマリー・ワンジル(ケニア)が、世界歴代6位の2時間16分28秒でフィニッシュした。青森山田高出身で日本の実業団にも所属していたワンジルは、「日本が大好きなので、東京マラソンを走れてうれしいです。たくさんの応援が聞こえました。本当にありがとうございます。次のマラソンは決まっていませんが、もし世界選手権の代表に選ばれたら、金メダルを目指します」と日本語でインタビューに応じた。

 日本記録(2時間19分12秒)の更新を目指していた松田は、25㎞以降のペースが思うように上がらない。2時間21分44秒の日本人トップ(6位)でゴールを迎えると、涙がこぼれた。

 「私のなかでは日本記録が世界と戦えるライン。だからこそ日本記録を更新したいという気持ちが強いんです。だけど世界は高い壁だと痛感しました」と悔しさをにじませたが、今回のハイペースを経験したことで、「次はキロ3分17~18秒ペースが楽に感じることができるんじゃないでしょうか。今後はスピード持久力をしっかり強化して、(日本記録に)挑戦したい」と前を向いた。

 今回もバイクに乗ってレースを追いかけた早野忠昭レースディレクターは、「男女とも日本記録を目標に設定して、選手招聘も結果的に日本人に寄せた部分がありました。ペース設定も日本記録を目指せるようにしたなかで、男子は新たに2時間5分台が2人、MGC出場権獲得者も新たに5人が誕生しました。大迫君の復帰も収穫だったと思います。女子は松田さんと一山さんが日本記録ペースに挑戦しましたが、ペースメーカーを抜くのは個人の判断です。海外招待選手は私たちが想定したより速く、強かったですね」と大会を総括した。

コロナ禍の大会延期などを経て、今大会は11,746人もの外国人ランナーが出走した ©東京マラソン財団

 4年ぶりに一般参加の定員が新型コロナウイルス感染拡大前の水準に戻り、約3万8000人ものランナーたちがTOKYOを駆け抜けた。沿道の応援も以前と近いかたちになり、「声援がすごく力になりました」と感動していた選手もいた。

 大盛況で幕を閉じた東京マラソン2023。笑顔でゴールに飛び込むランナーたちの姿を見て、ニッポンが明るくなった気がした。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。