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 もちろん、エンゼルスのミナシアンGMが事前に大谷の起用法について「制限はない」と話していたように、球団と大谷本人、日本代表チームの間で、さまざまなすり合わせがあった結果だろう。さらにその後、大谷自身が準決勝を前に、先発登板は否定した上で決勝での中継ぎ登板の可能性を示唆。エンゼルス側と相談して最終決定することを明かした。一連の流れから浮き彫りとなるのは、あくまで優先されるのは球団の意向であり、「3・30」=「エンゼルスの開幕戦」。メジャーリーグ所属の選手については、世界一を決める決勝の舞台での起用法すら所属球団に事前の了承を得る必要があるということだ。

 これは、何も大谷に限った話ではない。関係者によると、各国代表としてWBCに出場中のメジャーリーガーが、所属球団の日程から逆算して、WBCでの登板日や投球数、打席数など起用法が決まるのは普通のことだという。メジャーリーガーでただ一人、2月の宮崎での代表合宿から参加し、調整を任されたダルビッシュは、極めて珍しいパターン。パドレスから破格の信頼を得ているからこその“超VIP待遇”といっていい。

 MLBのレギュラーシーズンが優先される理由として、まず挙げられるのが、開幕直前に行われるという日程面の問題だ。年間数十億円を払って雇っている球団側としては、ここで疲弊し、ましてやけがでもされようものなら損害は計り知れない。前回の記事では、MLBの事情が優先されるWBC主催者の“いびつな構造”を解説したが、選手の起用法にも、それは大きな影響を与えている。

 実際に、次回大会への影響が懸念されるアクシデントも起こった。3月15日(同16日)の1次リーグ・ドミニカ共和国戦でプエルトリコのE・O・ディアスが抑えとして九回を無失点で締め、準々決勝進出を決めた直後、喜んで飛び跳ねた際に右膝を負傷。今季中の復帰が絶望的となる大けがを負った。5年総額1億200万ドル(約135億円)で契約するメッツにとって、あまりに大きな痛手。金銭面は保険により補償されるが、守護神の離脱に米国ではWBC参加の是非が議論されている。

 そして、何より根底にあるのが大会自体の格付けの問題だ。世界一を懸け、国の代表としてWBCに臨む選手の招集や起用法が、所属球団の思惑、事情に左右される。五輪やW杯では通常あり得ない状況が、何より大会の“現在地”を表しているといえるだろう。たとえばサッカーでは、国際サッカー連盟(FIFA)がインターナショナルマッチカレンダーという各国代表による公式戦や国際親善試合を記載できる期間(国際Aマッチデー期間)を設け、W杯などその期間に行われる試合、大会では代表活動を優先しなければならないルールとなっている。

 この国際Aマッチデーが2003年に設定される以前、かつてサッカーでもWBCに似た問題がクローズアップされたことがある。01年にW杯のプレ大会として日本で開催されたコンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯)だ。

 コンフェデ杯は、サウジアラビアが大会の開催国として1992年から運営していたキング・ファハド・カップが前身。97年に大陸王者が参加する国際サッカー連盟(FIFA)管轄の大会となったが、開催時期が欧州のリーグ日程と重なり、代表側に招集の拘束力がある国際Aマッチデーにも指定されていなかったことから、「世界一」を懸けた大会という触れ込みとは裏腹、多くのスター選手が参加を見送り、その価値には疑問符が付けられていた。

 そして、迎えた01年大会。日韓W杯を1年後に控える中、日本サッカー協会はコンフェデ杯を貴重な強化の場と捉え、当時のチームの中心だったMF中田英寿を何とか参加させようと、スクデット(リーグ優勝)争い真っただ中で招集に否定的な所属クラブ(ASローマ)を「1次リーグ3試合のみ」という条件で説得した。中田は帯同を望む日本代表・トルシエ監督の要請を受けてオーストラリアとの準決勝まで帯同期間を延長。チームをフランスとの決勝に導いた。しかし、ASローマとの取り決めもあって決勝を前にイタリアへ帰還。これをトルシエ監督が公然と批判し、メディアやファンの間でも論争が勃発する事態となった。事前の約束を超え、出来る限りの誠意を示した中田にとって、何とも不条理な結末になってしまった。

01年コンフェデ杯、オーストラリア戦で先制ゴールを決めガッツポーズする中田英寿(右) (C)共同通信

 今回の大谷は先発投手としての登板が見送られるのみで、少なくとも打者での出場に一切の問題はない。競技も事情も異なり、単純な比較もできない。ただ、その世界大会が成り立った背景や位置付け、日程面や所属球団・クラブに選手起用の優先権があることなど共通点も多々あり、WBCの根底にある問題を考える上ではイメージしやすい例といえる。ちなみに、コンフェデ杯はロシアで行われた17年の第10回大会を最後に、ファンやスポンサーの支持が得られなかったことなどを理由に廃止されてしまった。

 WBCへの信頼を揺るがしかねない事態も、大会中に起こった。大会主催者が3月16日の準々決勝・日本-イタリアを前に準々決勝の日程変更を発表。当初は米国が勝ち上がった場合、1次リーグの順位にかかわらず準々決勝は18日(同19日)、準決勝は20日(同21日)に戦うという注釈が公式サイトの日程表に記載されていたが、これが削除された。これにより、日本はともに勝ち上がれば準決勝で戦うはずだった米国と決勝までぶつからない日程に。新聞各紙は「前代未聞」などと大きく報じた。

 日本では試合中継が視聴率40%を超え、朝昼のワイドショーまでもが大谷や日系人初のWBC日本代表入りを果たしたラーズ・ヌートバー(カージナルス)らを日々特集。これだけの盛り上がりを見せたWBCは、ビジネス的にも、何より大会の権威においても、大きな可能性を秘めているのは確かだ。WBCを誰もが認める“真の世界一決定戦”にするためにも、MLBが主導権を握る米国寄りの運営からの卒業、そして日程面や選手拘束のルールなど抜本的な改革が必要な時期に来ているのではないだろうか。

WBCはW杯になれない⁈ ビジネス的側面から見た課題と可能性

2月17日付の米紙ロサンゼルスタイムズ(電子版)にセンセーショナルな見出しが躍った。 「WBCは、決してW杯にはなれない」ー。 宮崎市内での強化合宿からテレビ、新聞などが大々的に報じている第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。大谷翔平投手(エンゼルス)やダルビッシュ有投手(パドレス)の参戦で盛り上がりを見せる日本とは対照的に、優勝候補の筆頭である米国の有力紙がそう言い切るのだから“温度差”はかなり大きい。

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VictorySportsNews編集部