共通するサクセスストーリー

 霧馬山は2015年夏場所初土俵で、徐々に番付を上げた。2020年初場所で新入幕、翌年九州場所で新三役と飛躍。一因に、2019年に井筒部屋から転籍してきた鶴竜親方(元横綱)の存在がある。同じモンゴル出身で、稽古や体づくりなど多方面で薫陶を受けた。

 この2人には共通点がある。ともに入門したときには細身だったということだ。昨今は高校や大学の相撲部で鍛え、ある程度出来上がってから角界入りするパターンが増えてきている。両者はその流れとは一線を画し、入門後の鍛錬によって体を大きくし、強さを備えていった。霧馬山は新弟子検査合格時には184センチ、94キロだったが、初めて陸奥親方(元大関霧島)が見たときは70キロほどだったという。鶴竜親方は来日時に床山志望かと当時の師匠に間違えられるなど細く、新弟子検査合格時は180センチ、82キロ。また、宮城野親方(元横綱白鵬)が来日時に175センチ、62キロだったという逸話は有名だ。

 今年春場所の新弟子検査合格者はこの季節にしては少なく、33人にとどまった。相撲界に入ってくる若者の発掘は喫緊の課題だが、霧馬山や鶴竜親方、宮城野親方のサクセスストーリーは、相撲未経験で小柄な男子にとっては希望になり得るだろう。努力次第で番付を上げられる魅力に、鶴竜親方はかつて「自分のこの体が証明していると思う」と語っていた。

 もちろん、地道な鍛錬は欠かせない。陸奥部屋付きで、力士の出稽古にも随行して指導する立田山親方(元幕内薩洲洋)は霧馬山について「何といっても稽古に対して真面目。こちらが言わなくても自分でちゃんとやってきた」と評する。伊勢ケ浜部屋への出稽古では照ノ富士から膝の使い方のアドバイスを受けたといい、同親方は「膝を開いて残すように言われたみたいで、実際にそうしたら土俵際でもしっかりと残せていた」と進化の一端を説明した。

師匠譲りの驚愕IQ

 幕内優勝争い以外で目を引いたのは、新十両落合の奮闘ぶりだった。鳥取城北高時代に高校横綱に2度も輝いた19歳の逸材は、1月の初場所で幕下15枚目格付け出しとして初土俵を踏み、昭和以降初めて1場所で十両に昇進。番付の壁をものともせずに10勝5敗と勝ち越した。まげを結えないざんばら髪の風貌。千秋楽には元大関の朝乃山に対してもろ差しとなって果敢に攻め、最後は上手投げで惜敗したが、堂々たる取り口で潜在能力の高さを披露。「絶対に勝つという気持ちでいきましたが通用しませんでした」と悔しがる辺りに勝負師としての芯の強さが漂う。

 さらに驚きだったのは8日目の志摩ノ海戦だった。左をのぞかせた後でやや押し込まれた。動きが止まった後、志摩ノ海の右足が前に出ているのを確認した後、自分の左足の位置を修正した上で蹴返しを繰り出し、相手の右足を払った。これで崩しておいて肩透かしを決め、腰の重い相手を料理した。フランスの著名な詩人・作家のジャン・コクトーが戦前に来日して大相撲に触れた際、立ち合いからの流れを「バランスの奇跡」と称賛したことは知られているが、バランスを崩し合うという相撲の醍醐味の一つを体現した。

 師匠も現役時代、同様の動きで勝ったことがある。2018年秋場所9日目の御嶽海戦。土俵中央で左前まわしを許し、頭をつけられて棒立ちになった。しかし顔を動かして相手の左足を確認すると、自らの右足を飛ばし、左上手を切ってからの右出し投げ。形勢逆転から寄り切った。〝相撲IQ〟の高さが表れた一番で、図らずも弟子に受け継がれた形だ。宮城野部屋では稽古場にスクリーンを設置し、即座に自らの動きを確認できるようになっている。優勝45度を誇る師匠の教えを受け、若き才能が現代的な稽古環境の中で磨かれている。

チケット売れ行きと5類引き下げ

 横綱、大関陣が一人ずつしかいない異例の状態が続いているが、次世代の台頭などが顕著化している。春場所後の4月6日には関心を集めた記者会見が開かれた。昨年まで2年連続してアマチュア横綱に就き、進路が注目されていた日体大出身の中村泰輝が二所ノ関部屋に入門することが発表された。幕下10枚目格付け出しとして夏場所でデビューする予定。193センチ、175キロの恵まれた体格で、しこ名は「大の里」。二所ノ関親方(元横綱稀勢の里)の指導の下、将来を大いに嘱望されている。

 この他、前述した落合に加え、身長204センチで21歳の北青鵬、カザフスタン出身初の力士で25歳の金峰山はともに春場所で新入幕を果たして力強い取り口で勝ち越し。大きなスケールで三役以上も期待される。霧馬山、大栄翔、豊昇龍らの次期大関争いに、夏場所で幕内復帰が確定的な朝乃山の存在も今後の見どころとなりそうだ。

 夏場所は5月14日が初日。同8日には新型コロナウイルスの法的位置付けが、季節性インフルエンザと同等の「5類」に引き下げられ、社会生活がコロナ禍前に近づくことがさらに加速すると予想される。関係者によると、夏場所のチケット購入に関する問い合わせが3月の時点から多く、4月8日に一般販売が開始されてからは実際、升席を中心に例年の5月に比べてよく売れている。日本相撲協会幹部は「横綱、大関が少ないにもかかわらず切符を買っていただけるのは大変ありがたい」と感謝を表す。国技の根幹をなすのは「充実した土俵」に尽きる。好調な客足を将来につなげる意味でも、熱戦の提供によってチャンスを生かす必要がある。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事