放って、2秒

 日大の最前列にいるディフェンスライン(DL)の選手のなかで、関学大QBが走りこんだ右側とは逆サイドに位置するディフェンスエンド(DE)の3年・宮川泰介が、関学大のQBめがけて、背後から突き刺すようなタックルを見舞ったのだ。

 当時、試合映像をご覧になった方も多いと思うが、宮川は走るスピードを緩めることなく、ボールを持たない無防備なQBにタックルを仕掛けた。もちろんルールの上で、パスを投げた後のQBへのタックルは禁止されている。その瞬間の様子は、アメフトに詳しくない素人が見ても違和感を持たざるを得ないものだった。ボールを手放してからタックルまで、2秒以上もの時間が経過していたのだから*。
 
 このプレーに対して審判は15ヤードの反則を宣言したが、日大側は宮川選手をベンチに下げてプレーを注意することなく、試合は続いた。

 なぜ下げなかったのか。この試合に直接関わっていた日大フェニックス関係者が当時の心境を明かした。

「うわっ、ちょっとやばいなと感じたんですけど、宮川を責めるわけにもいかないという思いもあった。というか、そっちのほうが強かった。どんどんプレーは動いていくので、ディフェンスコーチたちも、その次のプレーをどうするかで頭がいっぱいだったでしょう。
 コーチたちはインカムで繋がっているんですけど、その時は宮川のプレーに対して、誰も何も言っていませんでした。
(事件の後)彼を引っ込めるべきだったと、さんざん言われました。べつに私がひっこめられるわけじゃなかったですが、そのほうが良かったのかもと今は思うところもあるけれど、あの時は、宮川にもう1プレー、なんとか頑張ってこいという気持ちでした」

 試合を観ていた、明大グリフィンズのOBは、なぜか日大びいきだった。

「いやいや、そんな、下げないですよ。1発目の反則ぐらいで下げてたら、選手からコーチへの信頼もなくなるし、チームの一体感も壊れちゃいます。終始上品にやって負けるなら、攻め気を出して下品でも倒したほうがいい。当たり前でしょう。ただ、宮川くんは下手を打ちすぎでしたね、次もだから」

 正確にはすこし違う。宮川は、次のプレーでは反則を犯しておらず、きちんとキャリアに向かっていた。下手を打ったのは、3プレー目だ。ボールを持っていない同じQBにまたしても遅すぎるタックルで、2度目の反則。

「あっ、こりゃ駄目だと思いました。ギリギリのところを狙って、反則喰らうなら仕方ないですけど、ぜんぜん狙えてなかったですもん。すぐ代えたほうがいい。私なら、すぐ代えます」(前出グリフィンズOB)

 宮川はその後、別の選手ともみ合った際に相手を——タックルどころか——小突いて、ついに退場となった。


* この「ラフィング・ザ・パサー」は、オフェンスの最重要人物であるQBの怪我を誘発する反則として、非常に厳しい非難に値すると認識されている。そのため、プレー終了後のタックルやブロックである「アンスポーツマン・ライク・コンタクト」とともに、15ヤードの罰退という厳しい罰が与えられることが多い(ほとんどの反則は5ヤード罰退)。
 さらに審判にとっては、非常に判断の難しい反則でもある。「パスを投げる前のQBへのタックル」は「QBサック」と呼ばれ、ディフェンスにとって誉れ高いプレーである。そのため、ディフェンスメンバーは終始QBサックを狙う。そのチャンス、つまり「QBがパスを投げると同時」もしくは「QBがパスを投げた直後」にタックルをすること機会は、1試合で10~20プレー程度生ずる。
 審判にとって判断が難しいのは、この「直後」の認識、捉え方である。本当に「直後」、つまり0.5秒以内程度なら「ラフィング・ザ・パサー」はほとんど反則にならない。あるいは、1秒以上経っていたとしても「ディフェンスプレーヤーは止まろうという意思を見せていたが、勢い余って、もしくは周囲に押されて当たってしまった」という場合なら、反則が与えられないケースもある。

キャリアに行け

「宮川が退場になったとき、井上コーチが怒らなかったじゃないですか。頭をポンと叩いて……あれが、(悪質だとされたタックルを)『よくやった』っていう意味に捉えられちゃったのは、しょうがないんですかね。あのときは、ぼくらだって『やっちまったな』と思いましたけど。
 その、やっちまったって、べつに『タックル』のことじゃないんですけどね。もうみんな忘れちゃっているかもしれませんけど、宮川が退場を喰らったのは、タックルじゃなくて、相手を殴ったからです*」

 フェニックスのOBは言う。

「まともなコーチだったら、ラフプレーで退場になった選手を、試合中に叱りつけるなんてことはしないと思いますけどね。べつに、アメフトにかぎらず。サッカーとか、野球でも。トップレベルの試合だったら、その選手のプライドとか、そういうのを第一に考えませんか。
 ああ、あれと一緒ですよ、会社でもよく言うでしょう。ヘマをした部下叱るとき、どうすればいいか、みたいな話。聞いたことないですか? 基本的には、他の皆のいるところでは叱っちゃダメなんです。叱るなら、自分とそいつしかいないとき。そうじゃないと、余計な屈辱感まで与えちゃうから。まあ、でも、それを意図的にやるのが『ハマる』**ってやつなんですけど」

 このOBと同じ考えだったかどうかは分からないが、この試合でフェニックスのディフェンスコーチを務めていた井上奨が、退場していく宮川に怒声を浴びせる行動を選択しなかったことは事実だった。

 そして、その同じ人物、井上が宮川に対して「暴行」の直前まで「(タックルは)キャリアに行け!」と大声で叫んでいたことも事実である。キャリアとは「ボールを持っている選手」の意で、「QB」を指すのではない。
 
 ところが宮川は、キャリア以外の選手にタックルするどころか、ついには相手に殴りかかり、ジャッジから退場を告げられてしまった。そしてベンチにもいられず、後方に設置されたテントで休むことになった。結局、試合は関学ファイターズの勝利に終わった。


* 「ラフィング・ザ・パサー」と「暴行」に対する綜合的判断であろう。
** 監督やコーチが、期待を寄せる特定の選手を一段上のレベルに引き上げるため、チームのメンバーの面前であえて痛罵し、その特定の選手に対してシゴキをおこなうこと。フェニックス内で使われていたスラング。

第3回につづく

Project Logic

全国紙記者、週刊誌記者、スポーツ行政に携わる者らで構成された特別取材班。