兄だけではない注目の試合
今回はWBAバンタム級戦にフォーカスしよう。チャンピオン井上拓真対同級1位石田の指名試合である。
この一戦は勝敗予想でいえばチャンピオン井上拓真の優位は動かない。昨年4月、リボリオ・ソリス(ベネズエラ)を破ってタイトルを獲得した拓真はご存じ、尚弥の実弟。もともと高い素質を評価されていた拓真はここにきて、それにふさわしいパフォーマンスをリングで示し始めた。
今年2月の初防衛戦では難敵ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)に9ラウンドKO勝ち。スーパーフライ級の世界王座を連続9度も防衛したフィリピンのサウスポーを攻撃的なボクシングで攻め落とした試合はまさに井上弟の“覚醒”を思わせるものだった。アンカハス戦からわずか2ヵ月半の間隔で次戦に臨むというのも、心身ともに充実のいまこそできることだろう。対戦相手を軽く見ているのではなく、指名挑戦者を撃破してさらなる成長を見越しているのだ。
そういうチャンピオンに挑むのが関西のベテラン石田である。こちらは足掛け16年のプロ生活となる32歳。今回が世界王座2度目のチャレンジとなる。身長171センチ、スピーディーな左ジャブと右ストレートを駆使したボクサー型だ。スタイルをそっくり表すかのような美男子だが、究極の目標である世界チャンピオンのベルトはまだ巻いたことがない。
苦労人の挑戦者
石田は2009年2月、17歳でプロデビュー。無敗で日本スーパーフライ級王座に就き、5度の防衛。2017年10月にはウェールズに飛んでWBAスーパーフライ級タイトルに挑戦した。この時は王者カリド・ヤファイ(イギリス)に12回判定負けで初黒星を喫する。
夢を諦めることはなく再起の道を歩んだが、それは決して平坦なものではなかった。ヤファイ戦から2年後、イスラエル・ゴンサレス(メキシコ)との挑戦者決定戦を12回2-1判定負けで落とす。さらに2年後、今度は元3階級制覇王者の田中恒成(畑中)と対戦し、10回判定負け。これも2-1のスプリット判定
だった。
なおも石田は再挑戦の舞台を目指し、地道にノンタイトル戦を勝ち続けた。そして昨年6月、無敗のビクトル・サンティリャン(ドミニカ共和国)を12回判定でかわした。WBAバンタム級挑戦者決定戦として行われたサンティリャン戦をクリアし、同級指名挑戦者の立場を確保したのである。
かつては井岡一翔(現志成)や宮崎亮の世界チャンピオン、中谷正義らジムの先輩の背中を追いかける立場だった。それもいつの間にか井岡ジムの看板選手となって久しい。ここまで34勝17KO3敗。無冠の時期が長くなる一方で、こつこつと試合を行い、生き残ってきた実力は拓真からしても侮りがたいものだろう。
「負けを無駄にしなかった。いろんな経験をして強くなれた」とはシンプルだが、いまの石田ほどこの言葉を信じているボクサーもいないのではないか。プロボクシングを志したのは、チャンピオンになって大金を稼いで親孝行するため。ラストチャンスの意気込みで強豪チャンピオンの井上拓真に挑む――。
最初の挑戦から再び世界のリングに上がるまで6年半。もし今回石田が勝てば、これほどの長期間ひたすら夢を信じ続けた男としても脚光を浴びるに違いない。