文=藤原清美

ブラジルで好意的に受け止められた大型移籍

ネイマールのパリサンジェルマン移籍が発表された、そのすぐ後の8月10日、ブラジルでは、チッチ監督による代表招集メンバー発表会見が行われた。8月31日エクアドル戦と、9月5日コロンビア戦という、2018年ワールドカップ南米予選2試合に向けた招集。すでにワールドカップ出場を決めているブラジルではもちろん、メンバーを固め始めるのか、新しい選手を試していくのかなど、残りの予選の使い方をはじめ、様々な質問が飛び交った。

しかし、この日の報道陣にとって、最も興味のある話題の1つは、やはりネイマールのPSG行き。移籍金2億2200万ユーロ、年俸はバルセロナ時代の約2倍となる3000万ユーロと報道されている中、チッチは彼の移籍を好意的に受け止めていると語った。

「金額は、サッカーとは関係ない。彼のインタビューを見たんだが、彼は新たなクラブでの、新たな挑戦を求めたんだ。あとは、新たな土地に適応するだけ。大事なのは、彼がサッカーをプレーするのが好きだ、ということだよ」

この移籍が話題になり始めた時から、ブラジルでは、サッカーメディア関係者からも、サポーターからも、賛成する声が高かった。金額のこともそうだが、ネイマールはバルセロナにいる限り、主役にはなれない。メッシの陰に隠れたままになってしまうから、と。バルセロナはメッシのチームなのだ。ネイマールがバルサで成長したのは確かだが、ここで学ぶべき事は、もう学んだはず。次は、彼が主役になる番だと、人々は移籍成立のニュースを待った。

ネイマールのお披露目の日、パリの様子を紹介するニュースに、ブラジル人は感動した。ヨーロッパで、しかも、一般的にブラジルでも、プライドが高いと評判のパリっ子達が、ネイマールのユニフォームを買うために、オフィシャルショップに長蛇の列を作り、スタジアムや周辺を、多くのサポーターが歓迎ムードで埋め尽くしたのだ。

「フランス人が、1人のブラジル人の若者のために、これほど熱狂しているんだよ! ネイマールの稼ぐ金額は、確かに現実離れしているけど、こんな場面を生み出せるのは、やはりネイマールだけ。彼はそれだけの価値がある選手だということだ。」と、メディアは紹介し、街を歩く人々は、バールのテレビに足を止めて、ニュースに見入った。

悲願の個人タイトル獲得と欧州制覇は実現できるか

©Getty Images

その興奮が、一時の夢では終わらないことを、チッチも確信している。彼は「チームの主役であるかどうかは、サッカーを理解している人なら分かる通り、いわば、別問題。チームこそが主役であり、状況によって、ある選手が目立つというだけのことだ」としながらも、PSGはネイマールが新天地に早く適応し、のびのびプレーするための手助けになると期待する。

「戦術的には、PSGはバルセロナと非常に似たシステムを採用しているからね。つまり、4−3−3。3人が中央にいて、サイドに開く選手が2人。そして、ポストプレーのできるFWが1人。選手が違うことで、特徴は変わるが、戦術としては、似たものだ」

チッチが願うのは、ネイマールの更なる成長だ。サントスからバルセロナに移籍し、成長していく姿を端から見ていたチッチは、ブラジル代表で直接指導するようになって、あらためて実感している

「私がブラジル代表の指揮を執り始めて、今年3月の南米予選ウルグアイ戦の頃には、彼の成長が明らかに分かった。以前なら倒れていたであろうラフプレーの場面で、踏ん張るようになったし、特にアシストの面だ。私はいつもネイマールに言うんだよ。他の選手へのフィルターの役目を果たすように、と」

だから、というわけではないが、8月13日はブラジル人にとって、再び大きな満足感を得られる日となった。ネイマールの抜けたバルセロナは、スペイン・スーパーカップのレアルマドリード戦を戦ったが、ホームのカンプ・ノウで、1-3の敗戦に終わったのだ。理由は1つではないだろうが、ブラジルのコメンテーター達は「ネイマールはいつでも、メッシのためにアシストしたり、スペースを作ったりしていた。そのネイマールのサポートをなくし、メッシのプレーは冴えなかった」と、口々に語る。

かたや、この日はネイマールにとって、PSGデビュー戦の日。フランス・リーグアン第2節ギャンガン戦で、1ゴール1アシストの活躍を披露したのだ。

そうなると、期待されるのは、ネイマールのFIFAバロンドール獲得。チッチは盛り上がり過ぎる国内の雰囲気をいさめるように、こんな風に分析している。

「ここ数年は、実質3人がこの賞を争っているようなもの。メッシとクリスティアーノ(・ロナウド)、そして、ネイマールだ。中でも、ネイマールは他の2人と世代が違うし、間違いなく、その賞に到達できる。ただ、彼のプレー次第でもあるし、彼がプレーしているチームの結果次第でもあるがね」

PSGとバルセロナは違う。もし、チャンピオンズリーグでPSGが早期敗退することにでもなれば、ネイマールもヨーロッパ最高峰の舞台から遠ざかってしまう。しかし、ネイマール自身が入団会見でも期待感を語った通り、PSGの最大の目標はチャンピオンズリーグでの飛躍。彼が加わったことで、PSGそのものが、ワンランクアップすることも夢ではない。

準備時間不足のブラジルにとっても朗報

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PSGというクラブは、ライーやレオナルドの時代から、ブラジル人と縁が深い。近年も、チアゴ・シウバとマルキーニョスの他、センターバックのアレックスやサイドバックのマックスウェルが所属していた頃、ブラジルメディアは「PSGの守備は実質ブラジル代表」と語ったものだ。

そのチームで、上記2人のセンターバックの他、ルーカス・モウラと、さらにダニエウ・アウベス、ネイマールが加わり、5人の代表レベルの選手が、一緒にプレーすることになった。

チッチはもともと昨年6月、急遽ブラジル代表監督に就任し、準備のための親善試合をする時間もない中で、南米予選を戦い始めた。そのため、自分自身が良く知る上に、選手同士も互いによく理解しあっている、コリンチャンスの現役や、元所属選手達を多く招集することで、練習時間の不足を補ってきた。

今回、PSGに代表の主力が揃ったことについて、そのチッチも「ブラジル代表にとっては良いこと。1つのクラブに多くの選手が一緒にいて、日々プレーしていくというのはね。選手達がピッチの中で、よりよく知り合うことは、代表の助けになるし、どれほどかは分からないが、違いをもたらすことは明らかだ。」と期待している。

こうして、代表監督にとっても、ブラジル国民にとっても、PSGは目の離せないクラブとなった。何より、ブラジル代表を語る時、ブラジル人は「ネイマールが幸せそうであるかどうか」を、1つの大事な鍵として語ることが多いだけに、同郷の親友であるダニエウ・アウベスやルーカス達と、幸せそうにプレーするネイマールを見るのは、ブラジル人にとってもまた、幸せなことであるのは、間違いない。

メッシの後継者からフィーゴの後継者? 移籍のネイマールに対する現地の反応

ブラジル代表FWネイマールのパリ・サンジェルマン(PSG)への移籍が決まった。バルセロナが設定していた契約違約金は2億2000万ユーロ(約288億円)。PSGへ移籍することで、ネイマール自身や代理人を務める彼の父にも巨額の金銭が舞い込むという。多くのタイトルを獲得してきたバルセロナを離れるネイマールについて、スペインにいる人々はどのように反応しているのか。

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「絶対ありえない移籍」を成立させる方法。ネイマール移籍騒動を読み解く

連日、ヨーロッパのメディアを大きく賑わせている、ネイマール(FCバルセロナ/スペイン)のパリ・サンジェルマン(フランス)への移籍。当初は一笑に付されていたものの、ここに来て一気にその現実味が増してきました。その背景はどうなっているのでしょうか? ヨーロッパの移籍事情に精通するサッカージャーナリスト・小澤一郎さんに解説を依頼しました。(文:小澤一郎)

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藤原清美

スポーツジャーナリスト。2001年からリオデジャネイロに移住し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材。特に、ブラジルサッカーの代表チームや選手の取材を活動のベースとし、世界各国を飛び回る。選手達の信頼を得た密着スタイルがモットーで、日本とブラジル両国のメディアで発表。ワールドカップ5大会取材。ブラジルのスポーツジャーナリストに贈られる「ボーラ・ジ・オウロ賞」国際部門受賞。