【前編はこちら】なぜ誰もがマツダスタジアムに魅了されるのか? 設計に隠された驚きの7原則とは

2009年にオープンした広島東洋カープの新本拠地、MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(マツダスタジアム)。訪れた者なら誰もが魅了されるこの異空間は、日本のこれまでのスタジアムの概念を覆すようなアプローチによってつくられた。「スタジアム・アリーナを核としたまちづくり」が経済産業省を中心に進められるなど、今やスポーツの域を超えて大きな注目を浴びているスタジアム・アリーナ建設。今回、マツダスタジアムの設計に関わった株式会社スポーツファシリティ研究所代表取締役の上林功氏が、同スタジアムに隠された知られざる特徴と、未来のスタジアム・アリーナ建設のヒントを明かした――。(取材・文=野口学)

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単なるスタジアム以上の意味を与えられた存在になる

 前編では、人がそこに集まらざるをえないほど夢中になる建物とはどのような構造を持っているのか、その原理原則となる「遊環構造」の7原則について話を聞いた。

 この「遊環構造」は、日本建築学会大賞を受賞したことでも知られる仙田満氏が、公園や遊具の設計を数多く設計し、子どもたちに遊ばれる遊具と遊ばれない遊具の違いを研究する中で定義したもので、科学館や博物館での実績を重ね、マツダスタジアムにも導入された。

 だが、同スタジアムの設計に関わった上林功氏は、「『遊環構造』はあくまでも、人の意欲を喚起させる構造を定義したものです。重要なのは、意欲を喚起してからどんな現象が起きるかにあります」と話す。これはいったいどういうことなのだろうか?

「仙田先生は、子どもたちに愛されている遊具は、その後、どのような変化を見せていくのか調べています。これを『遊具構造における段階的発展』といい、“機能的段階”、“技術的段階”、“社会的段階”という3段階に分け、遊具の使われ方が発展して変化すると述べています」(上林氏)

 例えば滑り台の場合、最初の“機能的段階”においては、子どもたちは「上る→滑る→戻る」という動作を繰り返すといった、あくまでも滑るための遊具として使われる。だが、そうして遊んでいるうちに、その遊具をもっと面白く、もっと上手な自分なりの滑り方を見つけるようになる“技術的段階”へと進むという。

 ここまではどんな遊具にも見られる傾向だが、いわゆる名作と呼ばれる遊具は、次の“社会的段階”へと進むという。

「この段階まで来ると、滑り台を他の何か、例えば砦に見立てて遊ぶなど、もはや滑る機能はほぼ意味を成さなくなってきます。子どもたちの発想によって設計者の意図を超越した使い方をされ、新たな意味を与えられた遊具へと変化していきます。『遊環構造』は、この『遊具構造における段階的発展』を促進させる役割があるといいます」(上林氏)

 遊具が遊具そのものの機能だけを有しているのではなく、それを使う人たちによって新たな価値が創られていくという発想だ。

「これはスタジアムも同じだと考えています。スタジアムがスタジアムとしての機能、野球を見るだけの施設であってはいけない。そこに住んでいる人たちによって、単なるスタジアム以上の意味が与えられる存在になること。スタジアムが都市の一部、社会の一部になることが大事だと考えています」(上林氏)

 実際、マツダスタジアムでは早くから、“野球を見る”以上の使い方がされているという。

「例えば、試合の行われていない日には限定的ではありますがコンコースが一般公開されていますし、他にもマツダ株式会社がコンコースで新車の発表会をしたり、県内の市町村が名産品市場を開催したりと、広島市民にとってスポーツを軸にしたコミュニティー拠点になっています。これはまさに、“社会的発展”につながっているということです」(上林氏)

 このように、スタジアムをつくるというだけではなく、新しい一つの街の在り方をつくるということが重要だと上林氏は話す。まさにこの点において、マツダスタジアムはこれまでのスタジアムの概念を飛び越えており、それがこれほどまでに愛されるようになった理由の一つだといえるだろう。

(C)Isao Uebayashi

「スタジアムビジネス」の言葉が独り歩きしている

 上林氏は2014年、株式会社スポーツファシリティ研究所を設立した。マツダスタジアムのほか、尼崎スポーツの森や日本女子体育大学総合体育館などスポーツ施設の設計を担当してきた中で、スポーツ業界に対するある問題意識が芽生えるようになったことが、その背景にあるという。

「スポーツビジネスには非常に多くのステークホルダーがいます。例えば、興行主であるプロスポーツチームの中だけでも、実際にそこでプレーするアスリート、試合運営をサポートする人に、お客さんとなるファンをマネジメントする人もいます。ところが、スタジアムやアリーナなどのスポーツ施設を計画する際に、それぞれが蓄積したノウハウや経験、情報をお互いに共有できずに計画が進められていると感じるようになったのです」(上林氏)

 例えば、劇場を設計する時には、非常に独特なノウハウを有している演出家の意見を設計に反映させており、その専門性をかみ砕いて伝える劇場コンサルタントが必ず間に入るという。同様の理屈で、病院を設計する時には、医療コンサルタントが必ず間に入る。それぞれ専門性に長けたステークホルダーの手をつなぐ役割が必ずいるにもかかわらず、スポーツにはそうした役割を担うスポーツ施設コンサルタントが存在しないことが問題だと上林氏は考えている。

「住宅を設計する際に、設計者は徹底的に、その家族の生活をうかがって、それぞれの理想とする生活を聞いて、その家族のためのオンリーワンの住宅を造ります。しかし、もしうっかりとその過程でペットである犬のペスのことを忘れてしまっていたら、新しい住宅での生活の中でペスは切り離された存在になってしまうわけです。

 スポーツでは興行主であるスポーツチーム以外にも、アスリート、ファン、全てのステークホルダーの持つ視点が無いと、同じスタジアムの中にいながら、まるでそこに見えない壁があるかのように、切り離された存在をつくってしまいます。今までのスポーツ施設は、こうした建築の本質が置き去りにされて計画されてきたように思います。これは、建築側にスポーツビジネスの視点がないことに、一つの問題点があります。同時に、スポーツ側から自分たちの視点を強く発信するアプローチも足りていなかったこともあったのではないかと考えるようになりました」(上林氏)

 2016年に政府が掲げた日本再興戦略の中で、「スポーツの成長産業化」が目標として位置付けられており、スタジアム・アリーナ改革がその基盤の一つになると言及されている。日本政策投資銀行スマートベニュー研究会の調査によれば、スポーツ施設の新設・改築に伴う潜在的な市場規模は2兆円以上といわれており、非常に高いポテンシャルを秘めているものだと考えられている。

 たが同時に、「スタジアムビジネス」という言葉が独り歩きしているように感じ、危機感を抱いていると上林氏は話す。

「スポーツ側と建築側がお互いに力を合わせ、研究や実績を積み重ねていくことで、『スタジアムビジネス』が言葉だけではなく、本当に中身のあるものにしていかなければなりません。そのためには、興行主であるスポーツ側からのアプローチが極めて重要になります。全てのステークホルダーが、理想やコンセプトを共有し、同じ方向に向かっていけるようにコンサルティングすること。スポーツ側の要件を具体的に建築側に落とし込めるように、『スポーツ×建築』の同時通訳者のような存在になりたいと考えて、コンサルタントという道を選んだのです」

 スタジアム・アリーナ建設は今、スポーツの域を超えて大きな注目を浴びているが、建設されたスタジアム・アリーナがそこに関わる人たちにとってより意義のある存在になるためには、こうした役割を担う専門家を増やしていくことが必要になるのかもしれない。

世界に通用する日本のスタジアムを

 上林氏には目標があるという。

「日本のスタジアムを海外に進出させたいと考えています。これまで多くの日本人が建築界のノーベル賞とも呼ばれる『プリツカー賞』において受賞しており、日本の建築は世界でもトップランナーにいます」

 これには2つ理由があると上林氏は話す。一つは、日本が独自の歴史を歩み、他の国では見られないような建築様式を育て上げてきたこと。もう一つは、世界きっての地震大国であるため、技術的な面でも優れていることにあるという。

「例えば、スタジアムの可動屋根の方法について“飛ぶ屋根”というアイデアがあります。東京ドームの屋根は幕屋根になっていますが、例えば新スタジアムの屋根を二重幕の中空にして、そこヘリウムガスをいれて、屋根全体を平べったい飛行船のように飛ばすことで屋根を開放しようというアイデアです。屋根の下側に飛空船の客船部のような形で座席を設ければ、空中から試合を観戦することができ、試合が終われば降りてきて屋根として元通りに収まると。とっぴなようですが、これは決して新しいアイデアでも何でもなく、2008年北京オリンピックに際して建設された北京国家体育場(通称鳥の巣)の二等案は、この“飛ぶ屋根”で、技術的背景には日本の大手重工会社の協力の下で実現可能な案として提案されていました。

 建築は技術の集大成といわれている中で、国土の狭さや地震など、より多くの制約条件がある日本の方が、さまざまなアイデアが出やすいのかもしれません。次に日本の建築がどう進化していくのかは海外でも注目されており、日本が世界に打って出ることのできるコンテンツの一つとして確立されているといっても過言ではないでしょう」

北京国家体育場(通称鳥の巣)/Getty Images

 日本のスポーツ業界において、こうしたことが非常に大きなアドバンテージになると、上林氏は考えているという。

「建築側の持っている世界最先端の技術を、スポーツ側がどう活用していくのか。どのようなコンセプトを持って、スポーツ施設をつくり上げていくのか。実現したあかつきには、日本のスポーツ施設の価値は飛躍的に高まり、海外からの注目も高まると考えられます。

 今後も日本のスポーツファシリティ分野を発展させていくための環境づくりに尽力していきます。そのためにも、顕在的、潜在的にかかわらず、スポーツに関わるあらゆるステークホルダーの間に立ち、つなぎ合わせるという役割をこれからも推進していきたいと考えています」

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<了>

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【プロフィール】
上林功(うえばやし・いさお)
株式会社スポーツファシリティ研究所 代表
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。建築家の仙田満に師事し、環境デザイン研究所にて主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。江戸川大学経営社会学科非常勤講師、平成国際大学スポーツ健康科学科非常勤講師。主な研究内容「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」「スポーツファシリティマネジメント」。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、経済産業省 魅力あるスタジアム・アリーナを核としたまちづくりに関する計画策定等事業選定委員。日本サッカー協会ナショナルフットボールセンター準備室ファシリティ&ボールパーク創生アドバイザー。一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事。

上林功氏も登場する書籍、『プロスポーツビジネス 私たちの成功事例』(東邦出版/編)。
スポーツビジネス界の最前線で活躍するトップランナーたちが、現在自身が携わっているスポーツビジネスについて具体的な事例とともに解説するだけではなく、「ドリームジョブ」とも呼ばれるスポーツの仕事にどのようにしてたどり着いたのかを語り尽くしている。
これからスポーツビジネスを志そうとしている方に向けた、まさにスポーツビジネスのバイブルとなる一冊。

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野口学

約10年にわたり経営コンサルティング業界に従事した後、スポーツの世界へ。月刊サッカーマガジンZONE編集者を経て、現在は主にスポーツビジネスの取材・執筆・編集を手掛ける。「スポーツの持つチカラでより多くの人がより幸せになれる世の中に」を理念とし、スポーツの“価値”を高めるため、ライター/編集者の枠にとらわれずに活動中。書籍『プロスポーツビジネス 私たちの成功事例』(東邦出版)構成。元『VICTORY』編集者。