©荒川祐史

スポーツビジネスにおいて、正直者は強い

「私は、正直であることしか強みがない人間です」

第9回となる今回のゲスト上野裕一氏は、受講生の前で控えめにこう告げた。

上野氏は、世界最高峰のプロリーグ『スーパーラグビー』に日本チーム『サンウルブズ』を参戦させた立役者にして、運営全体の責任者を務める。日本ラグビー界にとって、2019年に日本で開催されるW杯に向けた選手強化は最優先課題だ。これまで夢物語とされてきた“日本チームのスーパーラグビー参入”はその克服に繋がる。大きな仕事をやってのけた当事者は、自らの強みを“語学力”でも“交渉術”でもなく、“正直であること”だと説く。これは自らが雇いたい人物像にも合致するという。

上野「スーパーラグビーは南半球のラグビー強豪国のチームが中心になっていますから、参入するためには交渉から始まります。当然、語学やコミュニケーション力が必要なので、そういう能力のある人たちを会社に集めました。しかし、振り返ってみると自分が採用してきた人間には、『正直者』が多いということに気づきました」

なぜ、正直な人材を採用するのか。それは、信頼できるからだ。上野氏が世界を舞台に交渉を行なう上でもっとも実感してきたことが、すべてのビジネスの基本と言える信頼関係を築くことだった。交渉術や語学も、相手から信頼を得るためのツールであり、それをどう生かすかが大切だと言う。

上野「サンウルブズのスーパーリーグ参入というミッションを進める中で、監督名を記入しないといけない場面がありました。ところが、期限が迫る中で監督が決まらない。どうすればいいか、私は途方に暮れてしまいました」

“サンウルブズの監督選考基準は、代表強化との一貫性を保つため、日本代表監督の選出ありきでなければいけない”。この日本ラグビー協会からの厳命により、調整は難航を極める。スーパーラグビー全体を運営するSANZARの指定する名簿提出期日になっても、監督は決まらなかった。

上野「苦肉の策として、監督名の記入欄に自らの名前を書いて提出するしか選択肢がありませんでした」

SANZARの回答は、「サンウルブズを正式にスーパーラグビーに参戦させる」だった。

それまで上野氏は幾度となく単身SANZARに出向き、交渉を行なってきた。彼の人柄や熱意は先方に十分に伝わっていたという。SANZARの担当と腹を割って語り合い、難局を共有する仲間になれていたことが、今回のプロジェクトの成功率を高めたと言っていいだろう。

上野「スーパーラグビーへの参入が決まってほっと一息つく間もなく、今度はサンウルブズ初代監督ユーイチ・ウエノが承認されてしまったことへの焦りが迫ってきました。ロビー・ディーンズからは、“SANZARが理事会で認めたのだから、そのままユーイチがやったほうがいい”と進言されましたが、もちろん、わたしにはその能力もそのつもりもありません。その後も必死に監督選びを続けました」

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相手に「しょうがねえな」と言わせたら、勝ち

このスポーツビジネスにおける正直であることの大切さは、現場を訪れていたNumber編集長の松井氏も深く共感する。

松井「難攻不落と言われる選手にアポイントをとる際は、必要以上に自分を大きく見せようとして挑んでも伝わらないものです。相手にとってすごくメリットがあれば話は別ですが……。そういうときは開き直って裸一貫、“おれはこれがやりたいんです”と伝えるしかありません」

同誌は6月29日発行の930号で、清原和博氏の特集号を組んだ。同氏は現在、覚醒剤取締法違反容疑で逮捕され、執行猶予中の身だ。松井氏は、甲子園で輝いていたころから清原和博が好きだという。そんな「正直でいる」姿勢は、ここでも遺憾なく発揮された。

松井「僕には、清原さんに『出てほしいんです』と伝えるしかなかった。好きだから出てほしいんです、と言うしかなかった。仕事上の揉め事はだいたい、“聞いてないよ”で起こる。仕事の成功はだいたい、相手に“しょうがねえな”と言わせたときに成立する。相手に“しょうがねえな”と言わせるために、僕にとって正直であることは、一番の武器なのかもしれないですね」

合理的で、理にかなった見せ方ではない。不器用で、泥臭くてもいい。「僕はあなたと一緒にこれがやりたいんだ」と伝えること、行動することでしか最後の最後に残された重厚な扉を開くことはできないということを、松井氏は自身の取材経験から学んでいる。

松井「そういう意味で、上野さんはとても正直な人だと思います。サンウルブズをスーパーラグビーに参入させるミッションは、選択を迫られた場面で、書類に誰か監督の名前を書くのではなくて、自分の名前を書いちゃうくらい成し遂げたかったことだったのでしょう。ロビー・ディーンズのような偉大な男に“お前を信頼している”と言われるというのは、ぼくが上野さんだったらグッと涙が込み上げてきてしまうのではないかというシチュエーションです」

もちろん、スポーツビジネスで活躍するためにはそれ相応の知識と技能は必要だろう。しかし、成功者が大切にしていることは、じつはとても基本的なことなのかもしれない。上野氏はこうも言う。

上野「人間として正直であるということは重要です。正直な人は明るいじゃないですか。明るいところには、不思議と人が寄ってくるんですよ」

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辞めるという決断もとても重要

池田純氏もまた、スポーツビジネスで正直であることを貫くひとりだ。

池田「僕は正直ですよ。正直でなければ、DeNAベイスターズを辞めてないです。昨年DeNAベイスターズを辞めたのも、“ここに居座るべきじゃない”“後進に譲るべき”という自分の心に正直に動いた結果です」

ビジネスでは、譲るという行為が重要な場面がある。とくに池田氏のような経営者にとっては身近な問題だ。これには上野氏も首を縦に振り、理解を示す。

上野「譲るという行為は、私にも経験があります。私は、流通経済大学のスポーツ健康科学の学部長でした。それを同僚の黒岩純教授(現学部長)に譲りました。譲るという行為はとても重要です。それは下の人間を育てることですから。体育会系の先輩たちの中には、組織の上の方に居座る人が多い。指導者にも、定年後に総監督というポジションで残る人がいる。いいことは何一つありません」

上野氏はかつて流通経済大学ラグビー部の監督として、7年かけて関東大学リーグ一部に昇格させた。ところが一部で苦戦を強いられたことをきっかけに、監督の席を後進に譲る。

上野「僕が辞めると、ラグビー部は一年目で優勝してしまうんです。正直にいうと、少し嫉妬の気持ちもありました。でも、そこで僕は自分の道を探そうとしました。なんだ、もう少しいたらいい思いができたかもしれないと思ったこともありますが、流経大ラグビー部の監督だったのは過去の自分であって、もう次のステージでがんばるしかない。それはもう、がむしゃらに。そうやってたどり着いた結果が、現在のサンウルブズに関わる業務です」

自分の気持ちを正直に伝え、行動すること。スポーツビジネスの現場で働いている人、そこを目指す人には大切なことなのではないだろうか。

なお、今回の講義は受講者のプレゼンを中心に展開された。上野氏に「2020年以降のラグビー界を発展させるビジネスモデル」というテーマに合わせ、受講者一人ひとりが、それぞれのアイディアを共有。池田氏と上野氏がそれぞれの立場からアドバイスを加えるという流れで、受講者はそれぞれの課題を持ち帰った。
 
<了>

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「スポーツは、もっとやれる」(ライゾマティクス・齋藤精一氏)NSBC第9回レポート

2016年3月29日、横浜DeNAベイスターズの本拠地・横浜スタジアムで行なわれた開幕戦での演出は、いちプロスポーツの枠を超えていた。まさにこれから試合が行なわれようとしているグラウンドに、選手とともにプロジェクションマッピングが映し出され、白馬が走り抜け、上空にはヘリが飛び、ゲートからは火柱が上がったのだ。試合をせずとも、十分なコンテンツとなりえる。そんな演出を池田純・前社長とともに作り上げたのが、株式会社ライゾマティクスだ。様々なアーティストやイベントの舞台演出・技術サポートのみならず、東京五輪・パラリンピック招致のためのプレゼンテーション映像にも関わる、国内随一のクリエイティブ集団である。そのライゾマティクス社の代表取締役である齋藤精一氏が、池田純氏がホストを務めるNumber Sports Business Collegeに登壇。スポーツにおけるエンターテイメント性創出の重要性を、池田氏と共に語った。(取材・文:竹中玲央奈、写真:荒川裕史)

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