(C)荒川祐史

スポーツビジネスの優位性は、人々の感情をゆさぶること

「スポーツの武器は、パッションである」

スモール氏は講義が始まると、まるで絶望の縁に陥れられたような表情でスタジアムにたたずむ女性と、自分の長年の夢がかなったように喜びを爆発させる女性の表情を対比させて、そう切り出した。

「スポーツに対する情熱は、大きく感情を揺さぶります。この2人の女性の表情を見てください。日常生活ではなかなかこのような表情になることはありませんよね」

このように、普段の生活では絶対にしないような行動や感情を引き起こすのがスポーツの特性だとスモール氏はゆっくり丁寧に説明する。

「みなさん、日常で顔にフェイスペインティングすることってありますか? 声がかすれるほど叫ぶこともないですよね。いくらスターバックスが大好きな人でも、声をからせるほどに『このコーヒーはおいしいですね』って叫んだりはしませんよね?」

声をからせるほど叫んだり、ときには感動して涙したり。これはスポーツの美しさであると同時に、スポーツビジネスとして考えたときの優位性でもあると言います。

「ここまで感情を揺さぶるものは、他には音楽くらいしか思いつかない。ですからスポーツマーケターとして、彼らが持っているスポーツへの情熱を引き出してあげて、彼らがお金を使うことでさらに情熱を引き上げるようなことに繋げていく。これがスポーツマーケティングなのだと思います。」

感情を揺さぶるスポーツの特性を生かしたビジネス。スモール氏は、その最たる例としてスポンサーシップを挙げる。

「例えば、日本のある飲料会社とMLB JAPANがスポンサーシップを結んでいたとします。このスポンサーのアクティベーションとして、この飲料会社は自社商品とMLBロゴマークやMLBの各チームロゴを使用してプロモーションをすることができ、人々のスポーツに対する情熱を自らのロゴに反映しようとするのです。わたしはダイエットコークが大好きで、毎日飲まずにはいられないのですが、コカ・コーラ社でさえ、コーラを飲むことでスポーツでのパフォーマンスが高まると宣伝することはできません」

しかし、コカ・コーラのブランド調査では、必ずといっていいほど結果としてスポーツとの結びつきの強さが実証されるという。

「それは、コカ・コーラ社がさまざまなスポーツでスポンサーシップを行っているからだと思います。人々が持っているスポーツへの情熱を自分たちのブランドに活用する成功例といえるでしょう」

感情を揺さぶるスポーツの特性をビジネスに活用していくことこそ、スポーツビジネスの世界に身を置くスモール氏が最も大切にしている成功の秘訣といえるだろう。

(C)荒川祐史

信じたものを売ることが、いい仕事につながる

さらにスモール氏は、スポーツの特性が、自分自身の仕事にもいい影響を与えてくれていると言う。

「わたしは運がよかった」

スポーツビジネスの世界を志すきっかけを問うと、スモール氏はこう切り出した。元々はジャーナリスト志望だったという。

「子どものころにウォーターゲート事件があり、わたしたちの世代は政治に不信感を抱いていました。だから政治の記者になって、政治を正しい方向に導く手助けをしたいと考えていました。そのためにいい大学でジャーナリズムを学び、良質な記事をたくさん書くことが夢でした。その夢をかなえ、ワシントンの新聞社で働いていました。ところがある日、列車事故が起き、わたしはその事故で娘を亡くしたある女性に取材しなければいけないことになりました。それが辛くて、わたしはこの仕事を続けられないと思いました。記者として、これは聞いてはいけないことだと考えたのです」

幼いころからの夢だった政治記者としての道を断念したスモール氏は、そこでくじけることなく、今度はスポーツの記事を書き始める。それがカンザスシティ・ロイヤルズのインターンにつながり、スポーツビジネスの世界に浸かるきっかけとなった。

「だから先ほど、わたしは運がいいと申し上げたのです。政治と同等に、子どものころからベースボールが大好きでした。そのベースボールを見ながら仕事ができるのですから、これほど幸運なことはありません」

また、ビジネスの世界ではコピー機や保険の商材など、自分がどうしても信じきることができない商品を売らないといけない場面もあるが、スモール氏は自分が信じているものを売れることが幸せだと話す。

「わたしはWBCの可能性を100%信じていたから、パッションを持って取り組むことができました。自分が信じられない商品を売る仕事をした経験もありますが、信じることができないものを売るのはつらいことです。わたしは信じるものを売ることができているから、いい仕事ができると考えています」

2006年に初開催されたWBCの事業計画が提出されたのは1999年。実に7年もの間、MLBに所属するチームのオーナーたちを説得し続けたスモール氏。自らのチームの選手たちが、WBCに出場してけがをして帰ってくるかもしれないリスク。オーナーが感じるWBC開催のデメリットを説き伏せるには、根気よく情熱を持って挑まなければならなかった。自分の信じたサービスだからこそ情熱的に売ることができる。これはビジネスパーソンにとって、とても大切なことなのではないだろうか。

(C)荒川祐史

[PROFILE]
ジム・スモール
1961年生まれ、アメリカ・マサチューセッツ州ボストン出身。カンザス大学ジャーナリズム学部卒業。2003年にMLB JAPANオフィス開設のため来日。アジア太平洋地域におけるグローバルビジネスを統轄し、イベント運営、草の根活動、スポンサーやブロードキャスティングの契約に携わる。ワールドベースボールクラシック創設メンバーの一人でもある。

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