(C)荒川祐史

若きリーダーが、フェンシング界を変える

「僕はオリンピックでメダルを獲ったけど、競技人口や観客はそれほど増えなかった」 

オリンピックでメダルを取れば、日本フェンシング協会も潤沢な資金を得て、選手たちの環境は改善されるはずだ。太田氏は選手時代、その思いで戦い続けてきた。しかし、いざメダルを取ってみても、フェンシング競技の環境は想像していたほど変わらないことがわかった。

「ぼくがオリンピックでメダルを取ったというニュースが流れることで、フェンシングという競技の認知にはつながりました。しかし、認知で終わってしまって、人気をつくりきれませんでした。よくスポーツ競技団体は、認知されることと人気になることを混同しがちですが、実は認知されることで必ずしも人気スポーツになるとは限らないのです」

これが、太田氏が導いた問題点だった。では、どうすればフェンシングは人気スポーツの仲間入りを果たせるのだろうか。日本フェンシング界を背負う若きリーダーは、まず目的と手段をしっかりと整理することの重要性を説く。

「フェンシングを通して健康や喜びを社会に還元していきたい。これが目的であって、東京オリンピックの成功や財政基盤の安定はそのための手段だと考えています」

太田氏は、フェンシングの競技人口を現在の約6000人から5万人に増やしたいという。競技人口の推移図を用いて、こう説明する。

「フェンシングの競技人口は2010年頃から全体的には少し増えていますが、社会人では減っているんです。ここを改善していきたいと考えています」

小学生、中学生をはじめとする学生の競技人口は増えている。これは喜ばしいことだ。太田氏がオリンピックで結果を出したことで、フェンシングの認知度は飛躍的に増し、興味を持つ子どもが増えているという。オリンピックを目指す若い芽は確実に育ってきている。そういったフェンシングに興味を持った子どもたちが簡単にフェンシングを始められる環境づくりの重要性を説明するとともに、「もう一つ、オリンピックを目指さなくても、健康のためとか、なんかかっこいいからというような、軽い気持ちでフェンシングを始められる環境をつくっていきたい」と太田氏は言う。

「オリンピック競技にありがちなのは、オリンピックを目指さない人は練習に来なくてもいいよ、というような空気感です」

このような空気感はフェンシングに限ったことでなく、さまざまな競技に当てはまることだろう。それがライト層の競技人口を増やすための足かせとなっている事例は多々ある。「強化」と「普及」という区別をつけると、オリンピック競技は「強化」に偏り、「普及」をおろそかにしがちということはいえるだろう。太田氏は、「オリンピック以外の評価軸をつくること」を改善策に挙げ、ある競技を参考に具体案を練っていきたいと話す。

「僕はトライアスロンを参考にさせてもらっています。トライアスロンはオリンピックを目指していない人たち、具体的には経営者層やスポーツ好きの人、健康のためにスポーツをする人たちをうまく取り込んで競技人口を増やしています。トライアスロンはターゲットを思い切って絞りました。裕福な経営者を狙ったことでうまくいきだしているのではないでしょうか」

「強化」で一定の成果を出してきたフェンシング界が「普及」に力を入れていく流れは自然なものだろう。しかし、「どこを狙ってどういう世界になっていくのか、何をどう変えていくのかという合意形成が難しい」と太田氏が話すように課題は多い。東京オリンピックやそれ以降のフェンシング界の躍進は、太田氏の手腕に託されている。

(C)荒川祐史

置かれている状況を俯瞰してみる力

スポーツ競技団体で、若干31歳で協会会長を務めるのは異例だ。しかし、日本フェンシング協会は太田氏を会長に据える決断を下した。先の発言からもわかる通り、太田氏はスポーツ選手としても一流だが、ビジネスマンとして、そしてリーダーとしても高い資質を備えている。では、どうすれば彼のような能力を身に付けることができるのだろう。太田氏は、「自分が置かれている状況を俯瞰してみること」が大切だという。

「手っ取り早いのが海外に行ってしまえばいい。家族も友達もいない環境に身を置いて、自分の無力さを知ると考え方がパーンと変わります。ダメなところから始まるので、足りていないものと足りているものを分析できるようになります」

若い頃から海外への遠征を繰り返し、黄色人種として世界のトップレベルで戦い続けた太田氏は、「1人で行かないとダメ」と念を押す。

「言葉を話せないというのは、みんな同じです。慣れない環境で生きることが重要なので、いかにこれまでの経験や価値観をポンと捨てて、チャレンジできるか。これに尽きるんじゃないでしょうか」

選手として世界で戦ううちに、「白人と同じような王道の戦い方をしてはいけない」ということに気付いたという。負けん気が強いほど、自分より強いものと同じ路線でいこうとして失敗してしまうもの。太田氏自身、1人で海外に出て自分がアジア人だということに気付き、アジア人なりに勝てる方法を見いだした。スポーツビジネスで戦う人材も同様に、「自分が置かれている状況を俯瞰してみる能力」を持つことが成果をあげる第一歩といえるのではないだろうか。
 
 

(C)荒川祐史

[PROFILE]
太田雄貴(おおた・ゆうき)

1985年生まれ。小学校3年生からフェンシングを始め、小・中学ともに全国大会を連覇。高校時代には史上初のインターハイ3連覇を達成。高校2年生で全日本選手権優勝。2008年北京オリンピックにて個人銀メダル獲得、日本フェンシング史上初のメダルとなった。2012年ロンドンオリンピックにて団体銀メダル獲得。2015年フェンシング世界選手権では日本史上初となる個人優勝を果たすなど、数多くの世界大会で優秀な成績を残す。2016年、現役引退。同年、日本人で初めてとなる国際フェンシング連盟 理事に就任。2017年8月、日本フェンシング協会会長に就任。東京2020オリンピックに向け、日本フェンシング界の改革を推進している。

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