判断材料として最も優先される、アスリートファーストとは

「ぼくが就職した1982年頃は、スポーツがものすごいバブルでした」 

体育会の陸上部出身の松下氏は、「陸上選手をサポートする仕事や、シューズを作る仕事がしたい」と、アシックスの採用試験を受ける。当時のスポーツバブルは、求人誌がまるまる一冊スポーツ特集を組むほどの盛り上がりだったという。その頃多用されていた「明日を担うスポーツ産業」というキャッチコピーに感化され、スポーツメーカーに就職した人は少なくなかった。松下氏もその一人だ。

「日本人の特性に合わせたシューズを作れる御社の技術力に憧れています」

就職活動の折、面接官にそう言ったことを覚えているという。ところが、就職して配属された先は、金沢営業所の営業部だった。

期待に胸を膨らませて就職するも、配属先が自分のやりたいこととは違った。その葛藤と戦いながら働くビジネスパーソンは少なくないだろう。松下氏もその類いの葛藤と向き合いながら、与えられた仕事に精いっぱい取り組んだ。

「レジャー系のスキー関連の営業を25年間、やりました。まったく予想していなかった土地や職務でしたが、陸上部で培った粘り強さを武器に、バリバリ働きました。その甲斐があり、今の仕事になったのは10年前です。やっと念願がかなった。そう思いました」

現在、松下氏が統括する部署には主に、ブランドマーケティングという宣伝広告の戦略を立て運用する役割と、スポーツマーケティングという選手やイベントを活用したマーケティング活動の役割があるという。

「やはり僕らの世代にとって、選手をサポートしながらブランドのマーケティングを行う、スポーツマーケティングという業界ならではのジャンルに関わることは憧れでした」

20年来の念願がかない、今ではアシックスのマーケティングを統括する立場となった松下氏が最も追求していること、それは顧客目線に立つことだ。

「俗にいわれる顧客目線、僕は“アスリートファースト”という言葉を使いますが、それをチームに徹底しています。仕事をしていると、『これはどうしましょう』という問題が発生しますよね。その時の選択の優先順位として、まず立ち返るところがアスリートファーストかどうか、ということです。例えば、来年発売するシューズのカラーはこの色で押していきたいという会社の方針があり、選手に相談にいきます。そこで『選手がどうしてもこの色が嫌だ』と言った場合にどうするか。それがアスリートファーストです」

選手がパフォーマンスを上げて、初めてその選手や団体をサポートしているといえる。会社の利益だけを考えていては、選手やチームとの長期的な関係は築けない。

「まず、選手が快適な環境で最高のパフォーマンスを発揮するためにサポートすること。それが我々の使命であるということを日頃から徹底しています」

これが松下氏の哲学だ。

これからのアシックスに必要な人材とは

2017年度上半期の売上高は約2000億円。そのうちの約83パーセントがスポーツシューズ類の売上となるアシックスは、これまでスポーツ工学研究所で積み重ねてきた日々の研究を強みとして、市場を勝ち抜いてきた。講義に登壇した池田純氏も、アシックスシューズを愛好する一人だ。

「昔から今もアシックスのシューズはよく履いていますし、ボクシングをしていたときはアシックス一択でした。本当にアシックスのシューズは履きやすいです」

アシックスが「コアランナー」と呼ぶ本格的にランニングに取り組んでいる人たちの多くはおそらく、アシックスのシューズに対して池田氏と同様の評価をしているはずだ。一方で、「今後はアパレル業界でのシェアを拡大していきたい」と松下氏は話す。アシックスジャパンは今、テクノロジーとデザイン性を兼ね備えたライフスタイル向けモデル「アシックスタイガー」を精力的に打ち出している。ますますグローバル化が進むこれからの世の中で、松下氏は「世界のスタンダードを目指していくために、大胆な戦略を考えて実行することができる人材が必要だと感じる」という。

「日本の企業は、堅実ですよね。世界を代表するような会社と比較して大胆な戦略が少ないと感じます。どれだけ早く設定したゴールに到達できるか。効率的にゴールに辿り着く道のりを導き出す能力と同時に、想定されるリスクをしっかりと考えて解消していける人材を獲得していくことが会社の成長に繋がると考えています」

では、具体的にどうすればそのような人材になれるのだろうか。

「どれだけ経験できるかに尽きると思います。他社や他の事例と比較しながら、その都度、的確な判断をすること。そのための知識を得るために、どれだけ人脈的な力を持つことができるかだと思います」

アシックスは長年にわたって「日本人の足に合う靴」と評価されてきた。しかし、最近の若者は従来の「日本人の足型」から随分変化してきているという。欧米人のように足の甲が高く、アーチがあって非常に細くなっており、「あと15年もすると日本人の足型という概念がなくなるかもしれない」と松下氏は言う。

ビジネスの変化は、日本人の足型の変化よりも早い。その変化の中で、プロジェクトをゴールまで最短距離で導ける存在が、今後の日本のスポーツビジネスには必要だ。

[PROFILE]
松下直樹(まつした・なおき)
株式会社アシックス グローバルスポーツマーケティング統括部長 兼 アシックスジャパン株式会社取締役
1959年生まれ、大阪府出身。同志社大学商学部卒。1982年、株式会社アシックス入社。平成26年、アシックスジャパン株式会社 取締役 兼 マーケティング統括部長。2014年5月、株式会社アシックス グローバルブランドマーケティング統括部 スポーツマーケティング室長 兼 アシックスジャパン株式会社 取締役 兼 マーケティング統括部長。2017年7月から現職。国内外の各種スポーツイベント、選手契約などの責任者を務める。

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VictorySportsNews編集部