(C)荒川祐史

勝った歴史がないから、自信を持てなかった

「世界でスクラムが最も強いといわれている南アフリカ相手にスクラムを選択した。そして勝てた」

2015年のワールドカップ・イングランド大会 グループリーグ・南アフリカ戦の映像が会場に流れると、岩渕氏は日本代表の変化を語り出す。

「2000年に僕がイングランドのチームに入団したときには、チームメイトから“145点も取られた国のヤツ”と言われたものです」

オールブラックスに145点を奪われたブルームフォンテーンの悲劇から20年。日本代表にかけられた“世界で勝てない”という呪縛が、ついに解き放たれた。20年間、ワールドカップで一勝もすることができなかった日本代表は、南アフリカ相手にリードされて迎えたラスト2分という状況で迎えたあの場面で、なぜスクラムを選択することができたのか。日本代表に起こった変化を岩渕氏はこう語る。

「ブルームフォンテーンの悲劇が象徴するように、これまでの日本代表は世界で勝つことができませんでした。そんな中でワールドカップベスト8という目標を達成するために、私たちがまず突破しなければいけなかったのは、“世界では勝てない”という心の中にある壁でした」

2019年に控えた自国開催のワールドカップが迫る中、2012年にエディー・ジョーンズをヘッドコーチに迎え入れ本格的な代表強化に乗り出した日本ラグビー界だが、彼らは世界で勝ったことがなかった。

「世界での成功事例がないから本当に勝てるのか半信半疑になってしまう。選手たちは100%の自信を持つことができない。これが、日本代表がワールドカップで勝てない一番の要因だと考えていました。4年前の代表は、選手たちのマインドが非常に弱かったのです」

世界では勝てない――。

日本ラグビー界は、ことあるごとにこの既成概念にとらわれてきた。“なぜ、世界で勝てないのか”“世界で勝つためにはどうすればいいのか”。岩渕氏がたどり着いた答えが、「選手たちの弱いマインドを変えるために、厳しいエディーをヘッドコーチに招集すること」だった。

「GMに就任してからは、前提を疑うことを大切にしました。例えば、“パスがうまい”“組織力に優れている”といわれてきた日本代表ですが、過去のワールドカップを分析すると全然そうではありませんでした。パスは成功しないし、組織力を発揮する前に粉砕されてしまっていたのです」

なんとなく定着していた日本らしいイメージを生かす強化戦略を取っていたら、イングランドでの3勝はなかっただろう。岩渕氏の選択は「世界一厳しいトレーニングを課すこと」だった。

「まずは筋トレから始めました。1年間で選手たちの体つきが劇的に変わりました。効果を実感することが選手たちのモチベーションにも繋がり、それが試合にも表れるようになりました。そういう小さな成功体験を積み重ねていくことが、日本代表には必要だったのです」

岩渕氏は次に、強豪国とのマッチメイクを実現していった。強豪国と戦うという非日常を日常に変える試みだ。また、4年間で500日以上の強化合宿にも取り組んだ。

「ワールドカップの舞台で強豪国と対面したとき、選手たちが自信を持ってプレーするために必要なことを一つずつ積み上げていきました。南アフリカを相手に残り2分でスクラムかキックかの選択を迫られたあの場面で、エディーから選手に与えられた指示はキックでした。しかし、選手たちはスクラムを選んだ。それは、“世界では勝てない”という日本ラグビー界に根づいていた弱者のマインドを、選手たちがぶち壊した瞬間でした」

イングランドの快進撃は、“常識を疑うことで前提を壊していく”岩渕氏の哲学の成果ともいえるのではないだろうか。

(C)荒川祐史

スポーツビジネスの現場でも、常識を疑うことが役に立つ

ラグビー日本代表GMとして代表強化で成果を挙げた岩渕氏は、スポーツビジネスにおいても、常識を疑う思考が大切だと言う。

「例えば昨年、来るはずがないと言われていたオールブラックス(ニュージーランド代表の愛称)を日本に呼びました。“日本代表の試合は1万人しか入らない”と言われていましたが、オールブラックスを呼んだらチケットは3分で完売したのです」

これも常識を覆した結果の成功例といえるだろう。発想力や柔軟性がある人材はたくさんいる。しかし、岩渕氏のようにそれを実現できる人材は稀だ。

「先ほど、私が現役時代にイングランドに渡ったとき、チームメイトから“145点も取られた国のやつ”と呼ばれたと話しましたよね。それが、プレーするうちに“イワブチ”に、最終的には“ケン”と呼ばれるようになりました。何を言いたいのかというと、自分の意見やアイデアを実現するためには、上司や仲間に自分の意見を聞いてもらわないといけません。そのためには時間をかけていろいろなフィルターを取り除いていく作業が必要だということです」

それができて、はじめて発想が現実となる。それができる人材こそ、これからのラグビー界、スポーツ界に求められているのではないだろうか。

「今回講義をさせてもらった『Number Sports Business College』は、スポーツビジネスで活躍できる人材を育てる場だと聞きました。日本のスポーツ業界は、そのスポーツをやっていた人間が幅を利かせる世界です。それは、狭い見識や常識にとらわれてしまうことに繋がります。だからこそ、“ダメだと言われているけど、本当にダメなの?”と常識を疑う思考を持ち、それを実現できる人材が必要だと思います」

本当に考えなくてはいけないのは、東京五輪が過ぎ去った2021年以降のスポーツ界だ。常識を打ち破りスポーツ界を成功に導く、第二、第三の岩渕健輔が現れることを願う。

(C)荒川祐史

[PROFILE]
岩渕健輔(いわぶち・けんすけ)
1975年12月30日、東京都生まれ。小学生でラグビーを始め、青山学院大在学中に日本代表初選出。同大学卒業後、神戸製鋼入社。その後、ケンブリッジ大学に入学し、2000年イングランド・プレミアシップのサラセンズに入団。福岡サニックスブルース(現・宗像サニックスブルース)、フランスのコロミエでもプレーする。2009年日本ラグビーフットボール協会に入り、ハイパフォーマンスマネージャー、15人制日本代表GMを歴任。現在は同協会理事、日本代表男女7人制総監督を務める。

サンウルブズCBOに池田純氏が就任 「2019年以降にどう向かっていくのかが大事」

11月22日(水)、日本を本拠地とするスーパーラグビーチームのヒト・コミュニケーションズサンウルブズを運営する一般社団法人ジャパンエスアールが、都内で会見を開き、4月から日本ラグビー協会の特任理事を務める、プロ野球DeNAベイスターズの前球団社長の池田純氏(41)をチーフ・ブランディング・オフィサー(Chief Branding Officer=CBO)に招聘したことを発表した。(取材・文=斉藤健仁)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
並木裕太×池田純 サンウルブズは、モデルになる可能性を秘めている。あと2年しかないラグビーW杯への危機感 日本開催の成功に必須なのは…?

隈研吾「これからの建築には飲み込む力が必要なんじゃないかな」(NSBCレポート 第13回)

「2020年の先を見据えた、スポーツの未来を考える」をコンセプトに、スポーツをビジネスとして考え、実行に移せる人材を輩出していく学びの場『Number Sports Business College(以下、NSBC)』。第13回となる講義でゲストに迎えられたのは、大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体の一員として新国立競技場の設計に携わる建築家・隈研吾氏だ。今回は、NSBCを主催する池田純氏と共に横浜スタジアムの「コミュニティボールパーク化構想」を進める建築家・西田司氏も登壇した。これまで国内外問わず、さまざまなフィールドで既成概念を突破してきた隈氏が、これからの建築に必要なものとして挙げた「飲み込む力」とは。そこにはビジネスにも応用できる社会の本質が隠されている。(取材・文=出川啓太 写真=荒川祐史)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

「選手がパフォーマンスを上げて、初めてその選手や団体をサポートしていると言える」松下直樹氏(アシックス)

「2020年の先を見据えた、スポーツの未来を考える」をコンセプトに、スポーツをビジネスとして考え、実行に移せる人材を輩出していく学びの場『Number Sports Business College』(NSBC)。第14回となる講義でゲストに迎えられたのは、株式会社アシックス グローバルスポーツマーケティング統括部長 兼 アシックスジャパン株式会社 取締役の松下直樹氏だ。講義ではアシックスのブランド戦略について語った松下氏が感じる、これからのスポーツビジネスに必要な人材とは?(取材・文:出川啓太 写真:荒川祐史)(取材・文=出川啓太 写真=荒川祐史)

VICTORY ALL SPORTS NEWS
VictorySportsNews編集部

著者プロフィール VictorySportsNews編集部