(C)荒川祐史

飲み込む力と想像力が、これからの時代をつくる

「これからの建築に求められているのは、飲み込む力なんじゃないかな」 

これは、参加者からの「障がい者席ではなく、障がい者と一緒に観戦できる競技場ができないでしょうか」という質問に対する隈氏の言葉だ。建設中の新国立競技場でも課題だったという。

「障がい者と健常者が一緒に観戦して思い出を残せたら、それは素晴らしいことですよね。ますます多様化していくこれからの社会では、いろいろな価値観や意見が出てくるけど、それを飲み込む建築が必要とされていると感じています」

隈氏のこの発言について、西田氏はこう補足する。対話とヒアリングを徹底する西田氏が手掛ける建築には、まさに「飲み込む力」が内包されているといえるのではないだろうか。

「隈さんがおっしゃっている飲み込む力というのは、消費者の言葉を取り入れるという以外にもさまざまな意味があると思います。建築には“計画”といって、一人の建築家が決めたことを次の役割の人たちに渡していく概念があります。例えば、野球のスタジアムを5回、10回とつくったことがある人は、豊富な知識を持ちます。そうした知識が建築学校で教えられることで系譜になっていくのですが、学校で教えられるものには限界があります」

例えば現在、日本にある建築物の多くは高度経済成長期に建てられたものだ。これをそのまま建てても、バブルが崩壊し成熟社会に突入した今の日本社会に当てはまるとは言いにくいのではないか。西田氏はこう続ける。

「建築とは別の経験則を持った専門家たちと話をすることはすごく大切だと思っています。もちろん、隈さんもやっていることです。建築家が一人で考えた計画だけでは、これからの社会の建築としては少し足りない。『これはこうした方がいいんじゃないか』とか『自分はこういうことが必要だと思うから一緒に設計に盛り込んでもらいたい』という周囲の言葉を飲み込んで、コレクティブに繋ぎ合わされたものが建築になっていくというのが、これからの時代には必要になっていくと感じています」

横浜スタジアムのコミュニティボールパーク化構想も、飲み込む建築へのアプローチといえるだろう。球団経営者としての経験を持つ池田氏の考え方を、建築家である西田氏はどう捉えているのか。

「私はビジネスマンではなく建築家ですが、これからの世の中には、特定のものを深掘りしていく専門性と同じくらい編集する能力が大事だと思っています。例えば、横浜スタジアムの話だと、従来は野球場としての話にしかならなかった。つまり、野球を観戦するための施設としての話です。それをコミュニティボールパークと呼んだ瞬間に、スタジアムの脇にある公園で遊んでいる子どもやそのお母さん、フードなども含まれるようになります。野球を観戦するスタジアムの建築なんだけど、観戦すること以外に目線を広げたときに建築としても発展していくんですよね。それが想像力だと思います」

「想像力」という言葉は、講義中に隈氏の発言の中にもあった。

「僕はその時代を体現した建物というものが大切だと思っていて、それはこれからの時代を考える想像力が必要です。僕は1954年生まれですが、10歳の頃に親父に連れられて、丹下健三さんが建設した国立代々木競技場を初めて目にしたときの衝撃は今でも覚えています。あれは、プランニングが傑作と言われているんですが、僕には大地と繋がっているように見えた。建築は人工物だから、基本的には大地と関係なく建ってしまう。けれど、国立代々木競技場は大地と繋がっていながら天に向かって伸びている。その頃は首都高などがつくられた高度経済成長期でもあって、こうした天高くそびえるような建物が時代にマッチしていました。丹下さんにはそういう時代精神みたいなものを拾い上げる想像力があったんだと思います」

隈氏は、国立代々木競技場を見たときに初めて建築家という職業があることを知った。感動してプールに通うほど、建物に惹かれてしまったという。

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既成概念を超えていく、見習うべき隈研吾のスタンス

講義の中で池田氏が「建築のタブーを超えていくのが隈さんなのかなと思っていました」と切り出す場面があった。これには隈氏も頷く。

「既成概念にとらわれないというのは大事かもしれません。日本で建築をやっているといろいろと言われるんです。神社をつくったら、こんな神社はありえないだろ、と言われるわけですよ。日本だと、木材の選定などもかなり細かい決まりがあります。だけど、建築のバランスを考えると、違う」

そこで既成概念にとらわれてしまったら、それこそ時代を体現した建物はできない。新国立競技場の建築では、建物をどう低くするかを考えたという。

「都心に高層ビルがどんどん建設されようとしていた丹下さんの時代とは違い、今はどれだけ建物を低くするかという時代になってきていると思っています。旧計画が約70mだったので、50m以下に抑えたい。新国立競技場は、スタジアムが森に溶け込んでいるようなイメージを持っています」

この発言を受けて、西田氏は後でこう補足した。

「隈さんは、まさに既成概念を突破するような生き方をされてきたと思います。でも、それは決して壊したいということではない、カウンターではないんです」

例えば、池田氏と西田氏が取り組むコミュニティボールパーク化構想でも、既成概念を突破する必要性があったという。横浜スタジアムに隣接する公園ではキャッチボールができないという決まりがあり、それを緩和した。

「条例では公園でのキャッチボールは禁止されているんですよね。ベイスターズが試合をしている球場の隣の公園でキャッチボールができないんです。本当に?という感じですよね。で、よく法律を読んでみると、公園法では規制されていない。規制しているのは地方行政、つまり横浜スタジアムなら横浜市の規制を緩和してもらう必要があったんです。これからの街のサイクルを考えると、これは必要なことです」

スタジアムに子どもが遊べる環境があって、お母さんが働ける環境がある。夜になると、仕事終わりのお父さんと合流して家族で野球観戦をして帰っていく。そんな街のサイクルを考えると、スタジアムに隣接する公園でキャッチボールができる環境は必要だ。しかし、公園でボールを使ったら危ないという従来の価値観を持つ人たちからすると、それは既成概念を突破しているようにも見える。スタジアムに野球観戦だけでなく、仕事のミーティングができたり子どもが遊べる環境があった方がいいという考え方も、必要だと思うから取り入れているわけで、既成概念を打ち壊したいわけではないのだ。隈氏のスタンスもこれに等しい。

「過去に決めたことの延長線上で、今必要なものがかなわないのだとしたら、そこを変えていった方がいいんじゃないか。それだけなんです」

このスタンスは、ビジネスの世界にも通じるのではないかと西田氏は言う。

「わずか20年前、日本とイギリスのスポーツ産業規模はほとんど一緒でしたが、イギリスはサッカー産業に力を入れて、今は大きく差がついています。けど、それはそのスポーツだけではなく、そこに紐づいているエンターテインメントだったり、技術だったり、さまざまなものの力だと思うんです。建築の世界を揺り動かせる人というのは、建築の世界の人じゃないんですよ。例えば、コミュニティボールパークというのも、池田さんが言い始めて、それをサポートする人がいるからどんどん動いていくもので、それはこれまでアリーナを何個もつくってきた人が言えるものではない。これは、スポーツビジネスにも当てはまると思っていて、今までスポーツに関するサービスをやってきた企業や、メーカーとして関わってきた人たちができることには限界があります。外側の人たちが入ってきてハイブリッドさせたらもっといいものが出来上がる。コミュニティを超えていく、スタジアムがスタジアムの外のことまで考えたときに初めてスタジアムを変えていけるように、スポーツもスポーツというものの外にまで開けていけると、非常に大きなビジネスチャンスがあるんじゃないかなと思っています」

“既成概念を突破していく”というスタンスは、スポーツビジネスの世界に身を置く人にとっても見習うべき点が多いだろう。

(C)荒川祐史

[PROFILE]
隈研吾(くま・けんご)
1954年生。1979年、東京大学大学院建築学科修了。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授を経て、2009年より東京大学教授。1997年「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」で日本建築学会賞、2010年「根津美術館」で毎日芸術賞、その他、国内外からの受賞多数。近作に「サントリー美術館」、「浅草文化観光センター」、「アオーレ長岡」、「歌舞伎座」、「ブザンソン芸術文化センター」、「FRACマルセイユ」等。新国立競技場の設計にも携わる。著書に『自然な建築』(岩波新書)、『小さな建築』(岩波新書)、『建築家、走る』(新潮社)、『僕の場所』(大和書房)、『広場』(淡交社)等。

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VictorySportsNews編集部