「箱根駅伝といえば早稲田」というイメージはなぜ根強い?

1月2、3日の2日間にわたって行われる「東京箱根間往復大学駅伝競走」、通称・箱根駅伝。陸上ファンのみならず、今や全国民にとって「正月の風物詩」となった日本陸上界最大のレース――。

第1回大会は1920年開催。今大会で94回を数える歴史を誇るが、記念すべき第1回大会から出場している伝統校が、早稲田大学だ。出場87回、総合優勝13回はともに中央大に次いで歴代2位――。なによりも、代名詞となった「臙脂(えんじ)のユニフォーム」の人気はすさまじく、多くのファンが沿道から、テレビの前から「早稲田」に声援を送る。

歴史や伝統、実績で見れば前述のとおり中央大が早稲田大を一歩リードしている。最近では前回大会まで箱根駅伝を3連覇し、多くのメディアにも取り上げられている青山学院大の注目度も非常に高い。

それでも、やはり「箱根駅伝といえば早稲田」というイメージは根強い。

それは、なぜか。

筆者は幸運にも今夏から秋にかけて早稲田大の陸上部・長距離ブロックの監督や選手、OBに取材する機会に恵まれた。そして、取材を続けるうちに「なぜ、早稲田がここまで愛されるのか」という疑問の答えに触れることができた。

早稲田スタイルとなっているエリート「推薦組」と雑草「一般組」の融合

陸上部に限らず、早稲田大のスポーツ部には、それぞれ、推薦で獲得できる人数に「枠」が設けられている。ネームバリューや人気がありながら、全国の有望高校生を軒並み獲得できるという状況ではない。

箱根を走るのは、東京・大手町から箱根・芦ノ湖を往復する全10選手。「推薦枠」が限られているだけに、10区間すべてを高校時代から実績のある選手だけで埋めることは、事実上不可能になる。

そんな時、チームの力になるのが、一般入試で早稲田に入学した選手たちの存在だ。彼らは当然ながら、高校時代の実績では「推薦組」に劣る。それでも「早稲田で、箱根を走りたい」という信念のもと、受験勉強に励み、憧れの臙脂のユニフォームを目指す。

同校駅伝監督の相楽豊氏はこう語る。

「正直、『一般組』の選手たちは下級生のころは戦力として考えていません。そもそも高校時代の実績では他選手に後れを取っているうえ、受験勉強で高校3年の冬から入部時期まで、ほとんど練習もできない。まずは大学レベルの練習についてこられるまで引き上げる。その作業に、最低でも2年間はかかります」

大学生活4年間のうち、2年間はいわゆる「育成期間」に充てる。一見、非効率に思えるが、それこそが早稲田の強さの源になる。

「1年のころから地道に練習を積んだ『一般組』の選手は、走りも粘り強く、安定感もある。足りないのは経験だけです。それでも、上級生になってから大会に出るようになれば、経験不足も徐々に改善されていきます。大学生活最後の箱根駅伝では、しっかりとチームの戦力になってくれる。早稲田が強いときは、『一般組』の選手がしっかりとチームの力になってくれたときなんです」

主要区間と呼ばれる1~3区、さらには山上りの5区などは実力のある「推薦組」を起用し、それ以外の区間を1年時からコツコツと地力をつけた「一般組」に任せる。これが、早稲田の「必勝パターン」だ。

過去の総合優勝を見ても、往路の5区間でエースクラスを投入し、復路は一般組を中心に逃げ切るというのが早稲田のスタイルでもある。

他大学に比べてリクルートで苦労する分、選手層は決して厚くない。しかし、それを逆手に取り、エリートと雑草が融合してはじめて、早稲田の実力は発揮される。

今年の4年生でいえば、前回大会で山下りの6区を任された石田康幸や河合祐哉、谷口耕一郎が「一般組」に該当する。4年生は全6人なので、実にその半分が「一般組」。主要区間での起用も期待される石田は卒業後、一般企業に就職するため「箱根が自分にとって人生最後のレースです。だからこそ、足が折れてもいいくらいの気持ちで全力で走ります」と、箱根駅伝に向けて並々ならぬ決意で挑む。

臙脂の伝統と重みは口にはせずとも受け継がれる

また、早稲田を語るうえで外せないのが、「臙脂の重み」の存在だ。駅伝監督の相楽氏はもちろん、歴代監督で現役時代には早稲田のエースとして箱根駅伝を走った瀬古利彦氏、渡辺康幸氏といった名だたるメンバーが、口をそろえて「伝統の臙脂を身にまとう責任感」を語ってくれた。

その伝統は、現役選手にも脈々と受け継がれている。10代後半~20代前半の大学生にとって、歴史や伝統といった言葉は下手をすれば重圧になりかねない。それでも、駅伝主将の安井雄一は、「臙脂の重み」をしっかりと受け止め、それを力にしようとしている。

「あのユニフォームを着られるのは限られた選手だけです。だからこそ、4年間で一度も着られなかった仲間や、先輩方の思いも含めて、箱根を走り切りたい」

話を聞く中で意外だったのは、彼ら現役選手が、監督やOBからは一度も「臙脂の伝統、重み」について話をされたことがない、ということだ。ではなぜ、彼らはそれを感じ取ることができるようになったのか。

「監督やOBの方は、たぶんプレッシャーになるからそういうことはあえて言わないんだと思います。むしろ、それを感じたのは先輩たちの姿から。言葉で言われるのではなく、臙脂のユニフォームを着るのであれば恥ずかしい走りはできない、そういう思いは見ているだけでわかるので」

安井主将のこの言葉を聞いて、腑に落ちた。

年齢の離れたOBや指導者から頭ごなしに押し付けられた「伝統」など、現役選手にとっては重圧や邪魔にしかならない。しかし、実際に一緒に練習し、背中を追い続ける先輩たちの姿からそれを感じることができれば、その「伝統」は自然と自らの体に染みついてくる。

前回大会、「スーパールーキー」といわれながら故障で箱根駅伝を回避した新迫志希の言葉も印象深い。

「箱根が近づくと、特に4年生の雰囲気が一気に変わったのが分かりました。僕にとっては初めての箱根だったのですが、練習中の空気からも、臙脂のユニフォームで箱根を走ることの『大きさ』を感じました。けがで走れない時期だったので、『こんな中で自分が一緒に練習していてもいいのか』と思うほどでしたね」

苦戦が続く今季の早稲田

今回の箱根駅伝、早稲田の前評判は決して高くない。今年の駅伝シーズン、出雲駅伝では9位、全日本大学駅伝では7位と、ともに次回大会のシードを逃している。

昨年、総合3位の立役者となった4年生が卒業し、「今年の早稲田は厳しい」という声が聞かれているのも事実だ。

それでも、相楽監督、安井主将をはじめ、選手全員の目標は「箱根駅伝での総合優勝」からぶれることはない。

相楽監督は、「出雲、全日本の結果は受け止めているが、箱根はこの2レースよりも距離が延びる。今年のチームはスピードタイプよりもスタミナに優れ、粘り強い走りを得意とする選手が多いので、十分勝負できる」と、手ごたえを語る。

安井主将は、「4年生が抜けて、周囲からいろいろ言われているのはもちろん知っています。だからこそ、同期の選手たちとも『俺たちの代でもやれるところを見せてやろう』という話はしますし、それだけの準備はしてきたつもりです」と、意気込みを語ってくれた。

厳しい戦いになるのは間違いない。

それでも、エリートと雑草の融合、さらには「伝統の臙脂」を重圧ではなく力に変え、青山学院大、東海大といった優勝候補に真っ向から勝負を挑む。

その戦う姿勢こそ、早稲田が100年近く愛され続け、「箱根の代名詞」であり続けた理由だろう。

前評判を覆し、早稲田は箱根の舞台で躍動できるのか。

2018年1月2日、午前8時。
東京・大手町で、運命の号砲は鳴らされる――。

<了>

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花田雪

1983年生まれ。神奈川県出身。編集プロダクション勤務を経て、2015年に独立。ライター、編集者として年間50人以上のアスリート・著名人にインタビューを行うなど、野球を中心に大相撲、サッカー、バスケットボール、ラグビーなど、さまざまなジャンルのスポーツ媒体で編集・執筆を手がける。